第12話 寂しさは形となりて

「『動くな』!」


 暗闇を切り裂くような、凛とした声が暗闇で響いた。声を聴いたものは命令通りに動きを停める。ただ一人、「愚者」を除いて。


「フッ」


 通常の人間の身体能力からかけ離れた力で目の前で硬直しているゾンビもどきを蹴り払う。二体のゾンビもどきは一切の抵抗なく、2,3mほど吹っ飛んだ。


「お母さん!お父さん!」


「チッ……やはり、異能力者相手だと効き目が薄いか」

 

 少女は命令を無視して吹き飛んだ男女の遺骸に駆け寄っていく。それはまるで本当に両親の事を心配しているような顔だった。その顔を見て吹き飛んだゾンビもどきに対する追撃の手が緩む。


「もういじめないで!」


「み……帝」


 どうすれば良いか分からなくなる。帝を相手にしたときは、相手が本気で殺す気だった上、俺よりもガタイの良い男だった。しかし、今目の前で泣き出しそうな顔をしているのは自分よりも幼い少女だ。それにこの少女は何か直接的な攻撃をしてきたわけじゃない。


「何してる。そいつを取り押さえろ!お前なら異能を無効化できる」


 そうだ。彼女をあのゾンビもどきから引きはがしてとりあえず拘束だけ……。


 

「ヤメテ」

 

 

「「!?」」


 その瞬間、空間が歪んだ。目には見えない。しかし、がそこに顕現した。まるでノイズのような言葉の波を放っている。

 

「何だ」


「分からん。だが、注意しろ。異能力の可能性が高い」


 少女が手をかざす。俺たちの方向ではなく、公園の遊具がある方向だ。何をするでもなくただかざしただけ。しかしその刹那、遊具の一部が


「なっ……」


 驚きの声を上げる間もなく少女はその手をこちらに向けた。


「キエテ」

 

「『避けろ』!」


 帝は命令と同時に反応出来ていない俺の体を思い切り蹴る。俺はそのまま道の端の方に倒れこむ。帝も同様に俺の反対方向のフェンスに体を叩きつけていた。


「ハァ……ハァ……」


「……帝」


 帝は俺に命令したのではない。俺に命令したとしても効果はない。そのため帝は俺を蹴るという一瞬の隙を埋めるために自分自身の体に命令したのだ。


「何を……やっている。ためらうな!死ぬぞ」


「なっ……」


 先ほどまで自分自身の居た場所を見る。そこにあったはずのアスファルトが消えている。爆発などを起こしたわけでは無い。音もなくまるで大きなスプーンで地面を抉り取ったかのような痕。到底人間が真似することなど出来ない。


「イタイ……イタイ?」


 今度は耳元で空気が震えた。まるで泣いている子供が出す鼻声のような、しゃっくりを我慢したかのような声だった。


「零!」


「っ……!?くっそ」


 全身の筋肉をバネにして前に転がるように跳躍する。同時に帝の声が響いた。


「『潰れろ』!」


 姿も見えない相手に対して命令するのは無謀だとは思うが、今はこれしかない。前転をした直後に後方から破砕音が鳴り響いた。大きな石を高圧プレスしたかのような音。


「チッ……やはり、姿が見えないと明確に命令出来ない」


「いや……分かる」


「は?」


「なんとなくだけど……さっきの奴が見える。テレビの砂嵐みたいなのが覆ってるけど……」


「……良し」


 帝は数秒黙り、そして何かを思いついたかのように声を出した。


「おそらくあれは異能力の一部だ。だからお前には効かないはずだ。……多分」


「ホントかよ」

 

「お前がおとりになれ」


「ぇ?」


 いきなり無茶な提案をされて普段出さないような驚愕の声を上げてしまった。奴はさっきの場所から何故か動いていない。

 

「お前がおとりになって奴を引きつけろ。そして奴がどのあたりに居て、どんな状態なのかを俺に伝えろ」


「俺かよ」


「「皇帝」の異能力では目に見えない相手と耳の聞こえない相手は対処できない」


「じゃあ、俺がひきつけても無駄じゃん」


「いや……お前が奴の状態を俺に伝えた後、俺が異能でその空間ごと奴を潰す」


「そんなこと出来んの?」


 初耳だ。そもそも空間ごと潰すってどうするんだ?異能力への理解を深めるとそこまでスケールを広げられるのか。

 

「分からない。だが、やるしかない。お前は奴に触れられるかだけ確かめろ」


「りょーかい」


 こっちがいちいち反発などしていられる状況ではない。相手はほとんど見えず、何やら触れるだけでその場の物質を消してしまう能力付きだ。下手したら音もなく死んでいてもおかしくない。


「零。奴は動いているか?」


「いや、まだ動いていない」


 すでに轟音が鳴りやみ静寂に包まれてから1分ほどたった。しかし、奴はノイズまみれの体をピクリとも動かそうとしない。


「動いたら合図しろ」


「あぁ」


 さぁ……どう動く。道路を挟んで3mほど向かいに居る、奴に意識を集中させる。奴は人間で言ったら顔に当たる部分をゆっくりとこちらに動かしてきた。来……。


「は?」


 消えた。


 奴が消えた。確かに意識を集中させていたのに瞬きという生理現象の隙に消えていた。


「どうした?」


「あいつが……消えた」


「何!?」


 帝は周囲を警戒している。少女の位置は先ほどの二体のゾンビもどきと同じ位置から動いておらず、その場に座り込んでいる。


 ?……なんだ。しかしの端に靄が……何だこれ?それは4……いや、5又に分かれていく。その靄が近づくほど徐々に鮮明に見えてくる。さっきほど視界に居たはずのテレビの砂嵐のようなノイズで覆われた手だ。正確には手のようなもの。


 視線を上げる。


「なっ……」


 奴は逆さまになり俺の頭上に居た。そのまま手を伸ばして俺の顔に奴の手が迫って来る。瞬間移動?……回避!。


「タスケテ」

 

「くっそ……」


 何とか顔を右にのけ反らせて奴の手が触れるのを回避する。奴の手は俺の左耳をわずかに掠めて通り過ぎていく。しかし……。


「がっ……イッッテ!」


 耳にひんやりとした感触。反射的に左耳を手で抑える。液体が垂れる感触。味わっていて心地よいものでは到底ない。おそらく先ほどのアスファルトのように耳が削られた。


「零!」


「俺の頭の上!」


 それだけを叫んで姿勢を低くして距離を取る。


「『潰れろぉ』!」


 さっきとは違う。先ほどの命令は上から大質量で潰すという命令だとするなら、今度のは空間ごと物体を圧縮するようなブラックホールのようなイメージだろう。道の端にあるフェンスと灰色の電柱を巻き込み、バキバキという音を立てながら一点に纏まっていく。


 視界の端で奴がその吸引に巻き込まれ中心へ引きずり込まれていくのを確認する。


「ゴホッ……ゴホッ」


「帝……大丈夫か?」


「あぁ……少し喉を傷めただけだ。普段、大声など出さないからな」


「そうか」


「お前こそ……大丈夫か?耳」


 未だに抑えたままだったのを思い出す。改めて認識すると急に痛みがやって来る。今までに味わったことのない痛みだ。普通ならありえない耳が削れるなど。

 

「あの子は……」

 

 この異能力の原因である少女の方を見る。少女は依然動いていない。少女の様子を確認するために彼女の方に歩いていく。しかし……。


「零!」


 帝の声で振り返る。視界には先ほどの吸引に巻き込まれた灰色の電柱が目に入った。その電柱は先ほど吸引に巻き込まれたため土台部が大きくえぐれている。自重で上部の電線を引き千切り、重さに耐えることが出来ずこちらに倒れてくる。


「やっば」


 このままいくと俺だけではなく、あの少女までもが巻き込まれる。少女の方へと走り出した瞬間に不協和音が俺の耳に届いた。


「……ヤメロォォオオォォォ!!」


「ぐっ……」


 まるでハウリングのひどい大音量のマイクのような声が響いた。先ほどの耳の傷も含めて強く耳を抑える。一点に吸引され瓦礫の一部になったはずの奴がそこから這い出てきて帝に手を伸ばしていた。帝には声も姿も見えていないため、当然気づいていない。


「みか……」


 判断。少女を電柱の崩落から救うか。帝を奴から遠ざけるか。見ず知らずの少女と友達……。


 

「えっ」




             +             +

 




 少女は声を漏らす。先ほどまで意識を失っていて目を覚ますと先ほどの男の人に抱きかかえられていた。


「あっぶねぇ……」


 零が少女に触れた瞬間、奴はまるで幽霊かのように音もなく消えていた。


 少女はただ、男のぬくもりだけを感じていた。

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