第11話 Bound for death

「どうすっかな~」


 一人暮らしを始めて数日、いきなり危機に直面した。一日のほとんどを学校で過ごすため夕食などに必要な食材が一切ない。近所のスーパーマーケットの場所は一応調べておいたが、まだ1回も行っていない。そのため冷蔵庫はほぼ空っぽ。


「めんどくさいな」


 時刻はもうすぐ8時になる。外はすでに暗い。今からスーパーへ買い出しに行くのもめんどくさい。自転車等も持っていないので徒歩で行くしかない。しかし徒歩だと20分近くかかる。


「コンビニでいっか……」


 スーパーに比べてかなり近い距離にコンビニはある。歩いても10分もかからない。そっちの方が断然楽だ。そう思い財布とスマホだけを持って近くのコンビニに向かった。



 

             +             +




「誰?」

 

 今、俺の目の前にいる女の子が誰なのか分からない。しかし、今確かに「お兄ちゃん」と言われた気がした。俺には姉しかいないはずだが、もしかして生き別れの妹が居たりするのだろうか。


「……」


 振り返って彼女の顔を見て見るが一切の身に覚えがない。俺が彼女の顔を凝視している間、彼女もまた無言で俺の顔をまじまじと見て来た。近くに街灯もなく、陸橋の真下というのもあり見ずらいが完全に見えないという訳ではない。


「お兄ちゃん?」


「いや、たぶん違うと思うよ」


「……」

 

 まただ。また無言になってしまった。身長や声音などもろもろを含めて考えると中学生くらいだろうか。どう対応しようか思考を巡らせていると……。


「お兄ちゃん、来て。お母さんとお父さんも待ってるよ」


「はぁ?いや……だから……」


 言葉を中断する。いきなり目の前の少女が手を握って来た。少女の体温はかなり冷たく冷え切っていた。足音。


「?」


 足音がした。少女の背後。陸橋の向こう側。誰かがこちらに向かってくる足音。しかし、リズムが歪だ。一定の足音ではなく、大きく一歩前進する音が聞こえたと思ったら足を引きずるような音が聞こえてくる。


「あっ。お父さん、お母さん」


「?…………なっ!?」


 前方から向かってくる人影が視界に入る。片方は何故か前傾姿勢で足を引きずりながら歩いている。もう一人は普通に歩いている。しかし、おかしな点が1つだけあった。


「首が……」


 そう首が大きく右に捻じれている。当然、普通の人間では歩くことはおろか立つことすら……いや、生きていることすら不自然な形だ。


「っ……!?」


 後ろに後退しようと一歩下がろうとするが、少女に手を握られているためそれが出来ない。少女の握る力がどんどん強くなる。最初はスルッと抜けそうなくらいの弱い力だったのに対して今では万力のような力で握られている。


「フフフ……これで家族みんな揃ったね」


 少女は笑う。微かに口から笑い声を漏らしながら口角を釣り上げている。それと同時に握る力も強くなっている。


「くっそ」


 思い切り手を引っ張り、何とか滑り抜けるようにして少女の手から自身の手を抜く。そのままの勢いで陸橋の真下から抜け出し、月明りと陸橋の両脇にある街灯の明かりのある場所まで引き去がる。


「何なんだ?」


「なんで逃げるの?お兄ちゃん」


「だからお兄ちゃんって誰の事だよ?勘違いしてんじゃねぇのか?」


「勘違いじゃないよ」


 少女の言葉も気になるがそれよりも驚くべきものを目にする。少女の背後に立っている二人の人物?が明かりのある場所に出て来た。


「は?」


 出て来た人影は血まみれだった。目は虚ろで焦点が合っておらず、口からはよだれと血の混合物が垂れているのが分かる。とてもじゃないが生きているとは思えない。しかし、確かに目の前で動いている。


「どういうことだ?」


 訳が分からない。まるで洋画に出てくるようなゾンビという表現が一番しっくりくる。体をうねうねと動かしながら確かに一歩ずつこちらに近づいてくる姿は不気味としか言いようがない。


「も~、お兄ちゃん。なんで逃げるの?逃げないでよ」


「くっ」


 持っていたスマホのロックを速攻で解除して電話のアイコンをタップする。そして、見慣れた家族の名前ではない名前をタップする。すぐにコール音が鳴り、2回ほど鳴った後で通話が開始された。


 ≪どうした?≫


 ≪数字不明。異能力者。俺ん家の近くの陸橋≫


 それだけを大声で叫ぶように伝えて、通話を一方的に切る。すぐにスマホから目線を外して目の前を見ると……。

 

「なっ!?」


 先ほど少女の背後にいたはずのゾンビのような奴らがこちらに全速力で迫って来ていた。両手を前に着きだしてこちらに掴みかかって来る。俺から見て左側の男性の脇の下をすり抜けるようにしてそれを躱す。


 姿勢を低くしながら先ほどの少女の方を見る。少女は相変わらず笑みを浮かべながらこちらを見ているだけだ。


「お父さん、お母さん。早くお兄ちゃん捕まえて、家に帰ろうよ」


 まるで公園で犬と戯れているかのような声音に疑問が尽きない。あの少女が言っている「お父さん」と「お母さん」というのはあの二人の男女のゾンビもどきの事だろう。


「となると……」


 そう考えると、この二人のゾンビもどきは彼女の異能力という事だろう。そして俺の予測が当たれば、対処は簡単だ。


「あヴぁのwfじお」

 

「何言ってるか分かんねぇよ!」


 俺を捕らえるため振り返った男のゾンビもどきの顔面を左の拳で思い切り……殴った。ゴキッという鈍い音を立てながら俺の拳は男の頬に突き刺さっていき、拳を振りぬくころには男の下顎の一部を吹き飛ばしていた。


「うっわ」


 殴った瞬間に男の血や汗などの体液が拳に付着して、拳というか左腕全体がとてつもない不快感と嫌悪感で包まれる。


 男のゾンビもどきはふらつきながらそのまま尻を地面につけた。女の方は男が倒れたことを気にも留めずこちらに掴みかかって来る。殴った直後だったため一瞬反応が遅れた。


「じゃjアmふォ」

 

「くっそ……」


 首が捻じれた女のゾンビもどきの腕を両手で掴み何とか止める。しかし今度は手ではなく何故か噛みついて来ようとしてくる。何度も口を大きく開けてこちらに顔を押し出してくる。さながらバイオハザードのようだ。

 

「dfmうぃ」

 

「ジャマだ!腐れババァ!」


 口から漏れ出ている下水のようなにおいと掴んでいる腕から伝わってくる皮膚の感触の不快感がどうしても我慢できず、右足で思い切りみぞおちの辺りを蹴る。女のゾンビもどきはよろけながら後ろに倒れた。


「これで動かないか」


 俺の異能力は触れるだけで無効化できるので、もしこの二人……二体のゾンビもどきがあの少女の異能力で動いていた場合これで動くことはないはずだ。


「あ……あぁぁぁぁ。お父さん、お母さん……」


「君は……一体……」


 急に体を動かしたため若干息切れする。少女は下を俯いて体を震わせている。彼女の方へ歩いていく。


 疑問。


 あの女の方のゾンビもどき……俺が触れたのに動いてなかったか?俺が両手を掴んで腹を蹴った。本当に異能力で動いているなら両手を掴んだ時に動きが止まるはずじゃ……。


 少女は顔を上げる。目を大きく見開いて大粒の涙を流しながら口を開く。


「家族に暴力を振るうお兄ちゃんなんて……もういらない」


「「wんjかvじゃうg」」

 

 後ろを振り向く。先ほど倒れていた二人のゾンビもどきがまるで共鳴するかのように今度は同時に襲いかかって来た。


「どういう事だ?」

 

 異能力で動いているならさっき触れた時に動かなくなるはずだ。となると異能力で動いているわけではないのか?でも、異能力以外でこんな非現実的な現象を引き起こせるのだろうか?


「くっそ……」


 いろいろ考えていて反応が遅れる。ゾンビもどき二体の手が顔に近づく。まずい……。


「『動くな』」

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