第13話 シニガミ ハ タダ ワラウ

「楽しかった~」


「そうだな」


 1台の自動車が山道を走行している。時刻は午後8時13分。辺りは街灯も無い。そのため前方は自動車のハイビームの光のおかげで見ることは出来るが、側面や後方には暗闇しか見えない。


「やべっ……電池切れそう」


「お兄ちゃん。遊園地でもゲームしてたじゃん」


「別に良いだろ」


 車には男女それぞれ2名ずつが乗車している。後部座席の左側に座っている少女は隣に座っている少年を注意している。


「せっかくみんなでジェットコースター乗ろうって言っても一人だけ嫌がってたし」


「意味わかんねぇんだもん。なんで金払って怖い思いしなくちゃいけないんだよ」


「お金払ったのお兄ちゃんじゃないじゃん」


「……」


 正論を言われたためか少年はバツが悪そうに黙り込んでしまった。そのままゲームの液晶画面に目を向けた。


「あんまりゲームしすぎたら駄目よ。葵生あおい、目が悪くなっちゃうからね」


「うん」


 少年は母親にも注意されたがそのことを一切気にする様子もなく気の抜けた返事をするだけだった。ハンドルを握りながら車を運転している男性は前を見たまま後部座席に座っている子供たちに話しかける。


「帰ったらケーキあるからな」


「やった~」


「僕、チョコの奴がいい」

 

 今日は少女の13歳の誕生日だ。そのため家族全員で少し遠くにある遊園地へ出かけていた。今はそこから自宅へ帰る道の途中といったところ。


「じゃあ、私はイチゴのケーキ食べる」


「帰るまでいい子にしてたらな」


「は~い」


 息子の方は今にも寝てしまいそうな感じでゲーム機を握っているが、娘の方はまだまだ元気なようだ。両親もそれは理解しているようで少女が飽きないように時々話しかけている。


「大丈夫?次のSAサービスエリアで運転変わる?」


「いや、大丈夫だよ。子供たちも早く家に帰りたがってるし、このまま寄らずに僕が運転するよ」


「無理しないでね」


「ハハ、明日が休みの日で助かったよ」


 運転席に座っている父親とその隣の助手席に座っている母親は仲良く談笑している。その姿を見ながら少女は大人しく窓の外の景色を見ている。暗闇にはただ暗い靄に包まれた人間の頭蓋骨が浮かんでいる。


「え?」


 周りの家族にすら聞こえないような、微かに漏れた驚きの声。絶対にありえないはずだ。そもそも頭蓋骨が浮いていること自体あり得ない。しかし、それは浮かびつつ車の窓から見え続けている。つまり車と同じスピードで動いていることになる。

 

「ママ。外に骸骨が浮いてるよ」


「えぇ……ママそういう話、苦手なんだけど~」


 恐怖はない。何故だろう。今日行った遊園地のお化け屋敷にも骸骨は置いてあったが雰囲気も相まってものすごく怖かった。でもこの骸骨は怖くない。まるで鏡で自分の顔を見ているような、当たり前のものを見ている感覚に近い。


 頭蓋骨の口の関節が動く。何か話しているような。しかし唇も舌さえも無い相手の言葉など分かるはずもない、そのはずだが少女には伝わってくる。

 

「なんか言ってる」


「え?」


 兄が反応を示すが、少女は窓の外を見続ける。


「なんで?」


「どうした?」


 両親も心配そうにこちらを気にかけている。バックミラーをチラチラと確認している。


「ダメだよ!」


「おい、何と話してるんだよ」


 兄が心配そうにゲーム機から手を放してこちらを向く。



 

 その瞬間、車が急に右にカーブする。その反動で少女は窓ガラスに頭をぶつける。母は悲鳴を上げて、父親はぐったりとしている。兄は何か大声を上げている。状況が飲み込めない。


「パパ?」


 父親は体を前に倒している。そのせいでアクセルを大きく踏み込んでしまっていて、尚且つハンドルは右に大きる傾いている。


 衝撃。車が何かにぶつかる。しかし止まらない。そのまま道路の右側に進んでいく。そして、白いガードレールを突き破る。一瞬、体が宙に浮き車内が静止したような気がした。


 運転席でぐったりと倒れている父親、それを必死に起こそうと体を揺すっている母親、そしてこちらに手を伸ばしている兄の姿。何もかもが鮮明に覚えている。


 そしてその中に居た骸骨の姿も。



 

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 次に目を覚ました場所は病院だった。


「大丈夫?」


 起きた時、近くに看護師が居たのですぐにお医者さんが来た。


「いいですか。シノミヤさん」


 いろいろ検査したが、特に後遺症などは無かった。それよりも家族の事を知りたかった。でも……。


「今は治療中ですので……」


 そういうだけだった。普段、空気が読めないって言われる私でも察しがついた。おそらく両親は私よりもひどい怪我をしているのだろう。最悪の場合……。



 

             +             +


 

 

 両親と兄は死んだ。交通事故だった。お父さんが運転していた車は右に大きく曲がりそのまま崖へ突っ込んだらしい。落下した時、車の右前から落ちたため左後ろに居た私は何とか助かったと説明された。


 私は退院した後、お母さんの両親つまり母方の祖父母に引き取られた。


 

「イタイ」


 おじいちゃんは階段から落ちて死んだ。


 

 

「クルシイ」


 おばあちゃんはその二週間後に肺炎で死んだ。



 

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 私は児童養護施設というところに預けられた。


 父の祖父母はすでに無くなっていたが、父には姉が居た。しかし、自分以外の家族が交通事故で死亡し、引き取られた先の老夫婦が急死したと聞かされた叔母は私を引き取ろうとはしなかった。


「よろしくね」


「うん」


 施設での初めての友達は香奈かなちゃんという子だった。歳は私の1つ下でとても可愛らしい子だった。真面目で時間をきっちり守るような子だった。それなのに……。



「イタイ……ツメタイ……クルシイ……」



 門限の時間になっても香奈ちゃんは帰って来なかった。その日は大雨で台風も接近していたから、風も強かった。施設の人たちは万が一を想定していた。


 その万が一は大当たりだった。


 香奈ちゃんは帰る途中、足を滑らせて用水路に落ちてそのまま流されてしまった。そして、用水路に繋がっている大きなパイプの中に詰まって出られなくなり死んだらしい。


「おい、近寄んなよ」


「キャー」


「うわ、死神だ」


 みんな私を嫌います。何故でしょうか。私はただ生きているだけなのに。


「シ……子音……詩値……死ね……」


 私は死神らしいです。いるだけで周りの人を殺してしまう。


「シネ?」


 事故から一だけ変わったことがあります。時々、黒い布のようなものにくるまった骸骨が私の前に現れるようになりました。これは決まって人が死ぬときに現れます。


「うわぁぁぁぁぁ」


「タカ君が……タカ君が……」


 私を死神と言ったその少年は謎の変死を遂げた。何故か喉に大量の紙を詰め込んで死んでいるところを彼の友達が発見した。



 

              +             +



 


「はぁ……はぁ……」


 怖くなって施設から逃げだした。確かに私は冗談のつもりで言っただけだ本気じゃなかった。それなのに……。


「私のせいじゃない」


「セイ?」


「うるさい!」


「ウルサイ」


 こいつはいつの間にか常に現れるようになった。所かまわず現れては私の言葉を復唱してくる。


「……お父さん、お母さん、お兄ちゃん」


 漏れるように呟いてしまった。驚き、恐怖、困惑、その他もろもろの感情の圧に押しつぶされて体から涙が押と声が押し出されるように出てきてしまった。


「オトウサン……オカアサン……オニイチャン……」


 こんな独り言まで真似てくるこの死神に「黙れ!」と言い返してやろうと顔を上げる。


「だま……え?」


 その死神は私から少し距離を取って手のようなものを動かしている。それはまるで「こっちにおいで」と手招きをしているようだった。


「フフフ……私まで殺すんだね。いいよ。生きてても死んでも変わらないし」


 ほとんど自暴自棄になりながら、腫れている目を擦って立ち上がり一呼吸おいてから一歩一歩まだ生きていることを確認しながら歩み出す。



 

             +             +

 

 

 

 

「…………え?」


 死神に招かれるまま歩いて行った先にはお母さんが居た。道路の脇の空き地の地面にうつ伏せで倒れている。


「オカアサン……オカサン……カ゚アササン」


「ママ、起きて」


「ん……あれ?ここどこ?」


「ママ……良かった」


 何故かは分からない。だが、見た目や声、触っている感覚も間違いなくお母さんだ。この死神は不思議な力で人を殺す。ならば、逆に不思議な力でお母さんを蘇らせることが出来るのかもしれない。


「どうしたの……そんなに泣いて……」


「だって……だって……」


「…………」

 

 死神は顎の骨を震わせながらただ笑う。自身の主が喜んでくれたのがうれしいのか、それともをお母さんだと言って喜んでいる人間を見て滑稽に思っているのか。


 


             +             +


 


 

 オトウサンは陸橋の下に居た。おかあさんと同じようにうつ伏せで倒れていたけど私が触れるとすぐに起き上がった。お父さんもオカアサンと変わらず私の知っているお父さんだった。


 あとは、オニイチャンだけ。


 そして、そのお兄ちゃんも今見つけた。お兄ちゃんは普通に歩いていた。私はただ後ろから話しかける。

 

「お兄ちゃん?」

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