第6話 気になる転校生は幼馴染み

 転校生の佐々木歩くん。彼は最初の挨拶で皆の心を掴んで、昼休みになった頃にはすっかりクラスに馴染んでいた。

 というかもう、私より馴染んでないかな。クラスの皆とは今日が初対面なのに、さっきの休み時間には前からの友達みたいに談笑してたし。


 対して私はと言うと教室を離れ、トイレの個室で一人、ネタ帳に彼の事を書いていた。


 佐々木歩くん。バスケをやっていて社交性が高く、誰とでもすぐに打ち解ける。

 あと背が高くてイケメンで、転校してきたばかりだけど、彼を狙ってる女子は少なくなさそう。

 なんと言うか、まるで少女漫画みたいな展開だなあ。

 イケメンの転校生が来てヒロインと仲良くなるのは、学園恋愛もののお話では定番だからねえ。

 そんなお約束展開を現実で見られるなんて、レアケースだ。


 だけど私が佐々木くんの事を気になっているのは、彼がイケメンだからじゃない。

 たぶん佐々木くんは……。


「……考えるのはよそう。私のことなんて、もう覚えてないかもだし」


 一人で結論付けるとネタ帳をポケットにしまい、トイレから出て教室へと向かう。

 私はいつも通り机で、本を読んでおけばいいんだものね。


 だけど教室に入って困った。

 だって私の席には話題の転校生、佐々木歩くんが座っていて、隣の席の渥美くんや他の男子達と話していたんだから。


「へえー、それじゃあ渥美もバスケ部なのか」

「うん。背は高くないから、そうは見えないって言われる事も多いんだけどね」

「何言ってんだ。ちょっとくらい背低くても、どうにかなるだろ。俺も昔は、スゲーチビだったしな」

「そうなんだ。意外だねえ」


 どうやらバスケ部の男子で集まって、トークが弾んでいる様子。

 彼はやっぱり、バスケ部に入るのかな。


 私は席に座りたかったけど、せっかく話をしてるのに、邪魔をしちゃ悪いよね。

 というわけで、声をかけるわけでもなく彼らの話が終わるのを待っていたんだけど……。


「あ、神谷さん。ごめん、席とっちゃってた」


 つっ立っている私に気づいたのは渥美くん。

 すると私の席に座っていた佐々木くんも、こっちを見る。


「ここ、お前の席なのか? 悪い、ちょっと借りてた」

「いいよ。まだ話の途中でしょ。気にせず使って」

「いや、話なんて立ってても出きるし……ん?」


 喋ってる途中で、不意に言葉が途切れた。

 かと思うと佐々木くんはまじまじと、穴が空くんじゃないかってくらい、私の顔をじっと見てくる。


「どうしたの佐々木? あんまりジロジロ見たら、神谷さん困るでしょ」


 渥美くんがそう言ったけど、佐々木くんは見るのをやめない。

 すると、何かに気づいたみたいに目を大きく見開いた。


「莉奈……お前、莉奈だよな!」


 声を上げたかと思うと立ち上がって、グイッと歩み寄ってくる。

 至近距離で目を合わせられて私は圧倒されたけど、佐々木くんは納得したように笑みを浮かべてくる。


「やっぱり莉奈だ。久しぶりだなー!」


 ギュッと手を握られて、息が掛かるんじゃないかってくらい顔を近づけられる。

 わー、近い近い近ーい!


 男の子にこんな至近距離まで顔を近づけられて、ドキドキしないはずがない。

 だけどそんな私とは違って佐々木くんは緊張した様子を全く見せずに。返事ができずにいる私に、首をかしげる。


「なんだよ。ひょっとして、俺のこと忘れちまったのか? 小学校の途中まで。と言うか、幼稚園も一緒だっただろ」

「お、覚えてるよ。さ、佐々木くん……だよね」

「なんだよ『佐々木くん』って。昔みたいに歩でいいって。あ、もちろんくん付けも無しな。ほら、呼んでみろ」 

「あ、歩」


 言われるがまま、昔何度も呼んでいた友達の名前を口にする。

 や、やっぱり、あの歩だよね。


 私達はさっき歩が言ったように、幼稚園の頃に仲良くなった幼馴染み同士。

 小学校の途中で、お父さんの仕事の都合で私が引っ越して、以降会ってなかったんだけど。まさかこんな形で再会するなんてビックリ。

 それに、覚えてくれていたのが凄く嬉しい。歩ってば昔とはずいぶん変わって、私の事なんて忘れられててもおかしくないって思っていたのに。胸の奥から、暖かいものが込み上げてくる。


「何ですぐに声かけてくれなかったんだよ。俺だって分からなかったのか?」

「そんなことない。凄く背が伸びてたから、ちょっと迷ったけど」

「それもそうか。莉奈が転校していったのが小4の時だから、30センチ以上伸びてるかな。そりゃあ仕方ねーか」


 大口を開けて、はははと笑う歩。

 こんな風に気持ち良さそうに笑うの、昔と変わってないんだなあ。


 だけど、感動している場合じゃない。

 大注目の転校生から手を握られて、突然名前で呼び合いびなんてしたんだもの。当然、周りにいた皆が反応しないはずがない。

「なんだ、知り合いなのか?」とか、「下の名前で呼び捨てって、どういう関係?」とかいう声が周りから聞こえてきて、なんだか恥ずかしい~。


 すると隣にいた渥美くんが、心なしかちょっぴり不機嫌そうな顔をしながら言ってくる。


「佐々木、とりあえず手放してあげたら。神谷さん困ってるから」

「あ、悪い」


 ようやく手を放してもらえて助かった。

 決して嫌だったわけじゃないけど、皆が見てる前でいつまでも手を握られてると、視線が痛すぎるもの。

 ありがとう渥美くん。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る