第5話 転校生はスポーツ男子

「へえー、それじゃあ神谷さん。小説だけじゃなくて漫画や絵本も読むんだ」

「う、うん。元々物語が好きで、おばあちゃんに貰った絵本にハマッたのが原点だったから」

「そうなんだ。どんな絵本?」

「女の子と、ハチミツって言う名前のゴールデンレトリバーのお話。とっても仲良しな二人のほのぼのとした日常を描いた絵本なの」

「そんな絵本があるんだ、可愛いね」


 ニコニコした笑顔で、私の話に耳を傾けてくれる渥美くん。

 だけど嬉しい反面、同時に別の事が気になって仕方なかった。それは……。


「ねえ、どうして渥美くんと神谷さんが仲良くしてるの?」

「しかも絵本の話って」


 朝のホームルーム前の教室。

 女子達が信じられないものを見るような目で、私達を見てる。


 どうしてこうなっちゃったんだろう。

 渥美くんは昨日、またお話したいって言ってくれたけど、てっきり社交辞令だと思っていたのに。

 登校したら向こうから話しかけてきて、気づけばこの有り様。人気者の渥美くんといつも一人でいる私がお話ししているのは、さぞ異様な光景に映っているんだろうなあ。


 好きな本の話ができるのは良いけど、慣れない視線がチクチク突き刺さる。

 すると、話をしてる私達……じゃない、渥美くんだけが気になったのか、何人かの女子が声をかけてきた。


「ねえ、どうして渥美くんと神谷さんが話してるの?」

「ん? 僕が神谷さんと話してたらおかしい?」

「おかしくはないけど、ちょっと意外な気がして。ひょっとして神谷さん、無理に付き合わせてたりしないよね?」


 女子達がギロリと鋭い目を向けてくる。

 ひぃ~、そんなことしてないのに~。

 すると、私を庇うように渥美くんが言う。


「何でそんな風に思ったのか知らないけど、誤解だから。僕の方から声をかけたんだよ。実は僕も本が好きで、前から神谷さんとは話したいって思ってたんだ」

「そうなの? 渥美くん、本が好きだったんだ。なんか意外」

「だけど文学少年って、格好よくない」


 真相が分かった途端に、キャーキャー騒ぎ出す。

 私が小説を読んでいても暗いって言われてたのに、渥美くんだと格好いい。これが人徳の差か。

 まあ私も、納得なんだけどね。


「ねえねえ、渥美くんはどんな本読んでるの?」

「何かお勧めの本ある? 渥美くんが読んでるなら、私も読むー」

「それじゃあ、さっき神谷さんから勧められたやつなんだけど……」

「えー。神谷さんのお勧めじゃなくて、渥美くんのお勧めの本を知りたいんだよー」


 次々とやってくる女子達が渥美くんを囲んでいって。私はすっかり蚊帳の外だ。


 渥美くんは飛び交う質問に答えながらチラチラとこっちを見てるけど、ごめん。

 私ごときの力じゃ、もうどうしようもありませーん。


 渥美くんとのお話タイムは強制終了してしまったけど、これが本来あるべき姿なんだもの。仕方ないよね。


 ちょっと寂しい気もするけど、渥美くんと一緒にいたら注目を浴びちゃうし、これで良かったんだよ。

 なんて思っていたら。


「おーいみんなー、大ニュースだー!」


 大きな声を出して教室に入ってきたのは、川上くん。

 何だか興奮してるみたいだけど、渥美くんが本好きだった以上のニュースなんて無いと思うけどなあ。

 だけど……。


「何と今日うちのクラスに、転校生が来るらしいぜ」

「え、マジかよ?」

「男? 女?」


 予想に反して、渥美くんから川村くんへ、教室の視線が移る。

 転校生って、珍しい時期に来るんだねえ。


「まあまあ落ち着け。さっき職員室の前通った時、先生が話してるのを聞いたんだけど、男みたいだ」

「へぇー、格好いいのかなあ?」

「さあな。まあ俺には敵わないだろうけど」

「えー、川上より格好悪かったら、メッチャ不細工ってことじゃん」

「何だとー」


 話題があっという間に、渥美くんから転校生へとシフトしていって。転校生はイケメンかそうでないかって話でもり上がったけど。

 それから少しして、その答えがハッキリした。


 先生に連れられて、やってきた転校生を見た時のクラスの反応は。


「ちょっと、アレのどこが不細工なのよ」

「ヤバ、イケメンじゃん」


 川上くんが言っていたように、転校生は男の子だったんだけど。長身で整った顔立ちの彼に、女子達が騒ぎ出す。

 そんな中教壇の前に立った転校生はキリッとした顔で、自己紹介をする。


佐々木ささきあゆむです。前の学校では、バスケ部に入ってた。中途半端なタイミングでの転校だけど、よろしくー!」


 初めての教室での緊張なんて感じさせない、堂々とした挨拶。掴みはバッチリで、あっという間に皆の心を掴んじゃった。


「格好いいじゃん」

「つーか背高けえ。絶対170センチは超えてるよな」


 周りから聞こえてくる声。

 確かに彼は長身。もしかしたら、クラスの誰よりも高いかも。

 渥美くんと同じバスケ部だったって言ってたけど、小柄で線の細い渥美くんとは対照的に体格もがっちりしていて、いかにもスポーツマンって雰囲気だ。

 そんな中、隣の席に座っている渥美くんがポツリと漏らす。


「バスケ部なのか。身長、羨ましい……」


 渥美くんひょっとして、背がそんなに高くないこと気にしてるのかなあ?

 バスケだと身長が高い方が有利だからねえ。渥美くんの場合、それを補えるくらい動けるんだけど、それはそれとしてやっぱり身長は欲しいのかも。


 だけど私はそれよりも気になることが。

 転校生を一目見た瞬間、どこか懐かしい気持ちになったのだけど、彼の名前を聞いて、その理由がハッキリしたの。


 佐々木歩……佐々木歩……。

 歩って……もしかして、あの歩なの!?





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