時を止める

 魔術とは、しばしば手段に過ぎないところがある。古くは魔術の極限化はすなわち、世界の法則を再発見し各々が信じる神に接見する──などといった大義名分があり、それは今でも建前として存在してはいるのだが──魔術の存在意義は今ではもっとシンプルなものへと変化している。秘匿はもはや形骸化し、魔術は一般人の直接的な脅威となり、何かしらの不正の温床となったり、犯罪に関与して治安を脅かすものとなった。御三家などの一流の魔術師にとっては、魔術師同士のパワーバランスを維持する、いわば抑止力のようなものである。

 もはや現在では、魔術師と一般人は共存するフェーズに入っているのかもしれない──少なくない魔術師がそう考えていたところに、冷泉院が不穏な動きを見せ始めた。若宮牡丹と明智京介がそれをいち早く察知したものの、互いにまだ具体的な行動には至っていない──今の情勢。

 しかし、若宮はそのような理由で緑髪の魔術師を一ノ瀬と斎加から引き剥がしたのではない。魔術師狩りとして一般人に危害を加えた男に、あるいは──一ノ瀬の友達として、彼女に危害を加えた下衆野郎に、正義の鉄槌を下そうとしていたのである。

「ファミレスの中だけ時間を止める。その代わり、秒数を長くする──やっぱり厄介なもんやな」

 事件現場のファミレスから少し離れた。こぢんまりとした公園。そこに二人の魔術師はいた。

 若宮はあの時、ファミレスに入るなり緑髪の男の首根っこを掴んでみぞおちに膝蹴りを入れると、そのまま近くの公園まで連れて行き、刺客を一ノ瀬たちから遠ざけたのだ。

「──おかしいね」

 想定外の事態に、緑髪の魔術師も驚きを隠せない。

「魔術師がたまたまあそこを通りかかって、たまたまあの子たちと知り合いで、あの時間停止空間に侵入することのできる実力の持ち主だった、ってことか──」

 フフフ、と魔術師は笑った。胸の奥から突き上げるような事のおかしさが、今は面白くって仕方ない。

「魔術師狩りね……いいね。こんなところでお目にかかれるなんて光栄だね。でも、残念。あいにく今は、君に用はないんだよ──」

「うちはある」

 得意の饒舌で若宮をかわそうとしたのもつかの間、若宮は男の言葉を遮った。

「あんたはうちの大切な人を襲った。なんか目的があるのか知らんけど、まったく感心しな──」

「ぼくの話を聞いてもらってもいいかな。うん、ぼくの話を遮るなんて世界の誰にも許されてないんだからね」

「どんなわがままやねん! せやからうちは──」

「ぼーくーの目的はただ一つ、斎加喜晴の死体を持ち帰ることだけだね! そのために、彼を殺す必要が「せやから、うちは腹立ってん「そのためには、彼を殺すしかないんだよね! いわば仕方のないこととも言えるね「話聞け! うちは一ノ瀬さん襲撃されて腹立ってん「ということなんだね。まぁ、ぼくにも君にも思うところはあ「魔術師とか関係なくムカつくねん! 絶対ここから逃がさ「いや、あの「やからあんたを「黙れ‼」

 互いに譲らぬ言い合いの末、緑髪の魔術師が大声を出して若宮を一瞬黙らせた。

「まぁ落ち着いて聞いてよ。ぼくは四宮しのみやづきだね。特に生き方にこだわりはなくて、けれども目的のためなら手段を選ばない男だね。……まぁ今回は、斎加喜晴の死体が目的だったから、殺して持ち帰るしかなかったんだけどねー」

 四宮と名乗る魔術師は、けらけらと笑っていた。自分のペースへの乗せ方が半ば強引だが、それも一種の様式美ともいえる。相当な策士だ。

 若宮は一連の流れに圧倒されていたが、なおも食い下がろうとしていた。ここで引き下がるような自分ではない。関西人の図々しさは相当なものだぞ。

「別にあんたの名前なんてどうでもいいけど、なんで男の子を殺さなあかん──」

「うるさいね!」

 刹那。四宮はそう吐き捨てると、身長の割に長い腕を横に伸ばした。世界の音が、一瞬だけ消え失せたような。若宮にとって茜色の夕日も、それに照らされるブランコも、風に揺れている木々も、すべてが意味を失ったような気がした。

「黙れ、って言ったよね」

 四宮はエメラルドの瞳で若宮を捉えて、決して逸らさない。蔑みの表情というよりは、少しだけ誘惑的な、性的な笑みにも見える。世界が止まっている。正確には辺り一帯、若宮の前に舞い落ちる一枚の葉を残して、流れる時間そのものを止めたのだ。

「あまりぼくを舐めない方が良いね。ぼくは冷泉院の血を引いているからね──って、聞いてないか」

 若宮は目を見開いたまま、止まっている。四宮が腕を伸ばした瞬間、若宮を中心とした半径五十メートル以内の時間を止められたのだから、無理もない。外部からの侵入はよほどの魔力量を持っている者でなければかなわず、一般人は外から異変を認知することすらできない。

「若宮牡丹みたいな化け物を止めるのはひどく魔力を消費するからね、手短に行かせてもらうね──」

 四宮は妖艶な笑みを浮かべると、鉈のように黒光りした腕を振り上げた。

 そのまま一切の迷いもなく、若宮に向かってその凶器を振り下げる。斎加喜晴の死体を持ち帰るためには、作戦の邪魔をしてくるこの女を抹殺することが先決だ。人間、ましてや莫大な魔力を持った魔術師を止めるのは体に大きな負担がかかるが、今はなりふり構っていられない──それに、斎加喜晴は簡単に殺せる。彼は自分が世界中の魔術師を凌駕するほど膨大な魔力を宿していることに気づいていない。だから、若宮牡丹にすべての魔力を注いだって何の問題もないわけだ。むしろそうでなければ──足元をすくわれる心配がある。

 あの時、魔力のゆがみが原因で斎加喜晴と女の子を止めることができなかったのは想定外だったが、今こうして自分たちの脅威である若宮牡丹を殺せるのだから結果オーライだ。

 まぁ、あの女の子に自分の彼氏の死ぬ瞬間を見ていてほしいと思ったのは、さすがに性格が悪すぎて自分でも引いたけれど。

「自然治癒能力はないはずだから……できるだけ、斬り続ければいいね」

 四宮は鉈のような腕を何度も振りかざして、動きの止まっている若宮に対して無数の攻撃を浴びせ続けた。時間停止が終わった瞬間、こいつは出血多量で死ぬ。あとは今もまだファミレス近辺にいるであろう斎加喜晴を追いかけて殺すだけだ。ついでに邪魔をしてきた女の子も。

「うーん……完璧すぎて、逆に怖くなっちゃうね」

 四宮は一通り攻撃し終えると、ひょうひょうとした様子でそう言った。今まで何度も時間を止めて魔術師を殺してきたが、それにしても今回はあまりにも出来すぎている気がする。それもまぁいいか、と言って四宮は右腕を伸ばして──時間停止終了の合図を出した。

「終わりだね♡」

 御三家の血の味はさぞまずかろうと、少しばかり不快な気持ちになりながらも、かの高名な「魔術師狩り」を殺せる快感に比べたらそれも些細なものか、と四宮は身勝手に納得したのである。

「ああああああああっ」

 時間停止が解かれた瞬間、若宮は甲高い叫び声をあげて、地面に倒れた。土や緑に鮮血が飛び散る。それもちょっとやそっとではない。魔力の付随した刃物による連撃だ。いくら若宮と言えど、ノーガードの状態から切りつけられては対策のしようがない。出血多量。

 今まさに死のうとしている魔術師を前に、篠宮は特に声をかけようとはしなかった。所詮はただの邪魔者。適当に片づけたら、本来の標的を再び狙いに行くだけだ。

「……」

 ──本来の、標的を狙いに行くだけ。

 そのはずだった。しかし、死体になったはずの若宮が消えた。ついさっきまで、砂の上で血だらけになり突っ伏していたはずなのに。

「ほんまに──危なかったわ」

 四宮の背後から、妙に他人の神経を逆撫でする声がした。「……もう魔力、スッカスカみたいやな」

「若宮──」

 刹那。四宮は自分の胸の方から、手が伸びてくるのが見えた。それは炎をまとっていた。貫通していた。一瞬、体からすべての力が抜け落ちていく気がした。

 そして、それは文字通り、身を焼き尽くすほどの熱さだった。

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼」

 心臓を貫いた拳を若宮がひっこめた瞬間、炎が四宮の全身を覆う。そして、胸から真っ赤な血が噴き出す。地面にうずくまり、全身が燃える胸に穴が開いている。臓器が焼かれる。気を失わないでいるのがやっとだった。というか、もう死ぬ寸前。

「どう………………し…………て……」

「うちだって、限界や──」

 若宮はかすれた声でそう言うと、血のタンを草むらに吐き出した。ぜぇぜぇと、荒い呼吸をしている。胸の辺りは傷だらけで、ワイシャツの下に着ていたインナーがあらわになっている。

「どんな痛みも気合で耐えられると思ってたけど……これは無茶やわ、ほんまに」

 若宮はこのままだと出血多量で死ぬと見るや否や、火傷にして傷口を無理やり塞いだのだ。これ以上出血していたら、間違いなく死んでいた。

 そして、若宮はそうこうしているうちに、四宮の方から声がしなくなったことに気づいた。燃え盛っていた炎は消え、体の原形こそとどめていたが、砂の上に焦げ付くした美少年が転がっていた。

 もちろん、自分にだって、多少の良心の呵責はある。人を殺したのは初めてではないけれど、胸が痛まないわけではない。この魔術師にも大切な家族や友人がいたかもしれない。悲しむ人だって、きっといる。

 しかし、気を失いそうになるほどの激痛に耐え、何とか背後に回り、がら空きの生身に渾身の一撃をぶつけていなければ──自分が死んでいた。それだけは間違いない。

 そも、足元に落ちている枯れ葉と、目の前に転がる死体とに、何の違いがあるだろうか。それ自体に意思が宿っているかどうかという話で、きっと何ら変わりはない。

「初めまして」

 きっと、何の違いもないのだ──

「……初めまして!」

「おっ⁉ って、……誰?」

 若宮は朧気な視界のまま何とか立っていると、四宮の死体をどかし、こちらを見つめる金髪男の姿を確認した。なんとなく多大な魔力を感じたが、今の自分はひどく消耗しきっていて、まともに相手の力量を図りきれる状態にない。

「ふむ……四宮佑月を倒したか。ぽっと出の正義感拗らせ女子高生だと思っていたが、どうやら『魔術師狩り』という二つ名に恥じない実力の持ち主のようだな」

「だから、えっと……どちら様?」

 若宮はなおも肩で息をしながら、怪訝そうにそう問うた。金髪の男は表情一つ変えずに、口を開こうとした。

おれは、────」

「待って」

 若宮はそう言うと、ストップをかけた。

「もしもあんたが冷泉院の味方やったら、名乗りとか要らへん。今この場で殺す」

 若宮はそう断言する。強い殺気を感じたのか、男は少しだけ眉を動かした。しかし、すぐに答える。

「違う。それに、もしおれがそうだったとして──お前に戦う余力が残されているとは、到底思えん」

「わからんやろ! 一体、あんたにうちの何が」

「わかる。お前が魔術師狩りであるということ。そして、おれに絶対勝てないということだけは」

 満身創痍の若宮とは対照的に、男は灰色スウェットを身にまとっていて、緊張感の欠片もない。尊大な態度とサイズの大きさ、ポーカーフェイスで尊厳のバランスを保ってこそいたが。

「……」

「まぁ聞け。おれ織本おりもと大河たいが。一応魔術師をしているが、先祖は御三家でも魔術師でも何でもない。一般人の出だ」

 織本と名乗る男はそう言うと、近くにあったベンチに腰掛けた。……織本大河。名前は聞いたことがある。しかし、先祖が一般人だと? 嘘だ。そんな魔術師がいるわけがない。文句の一つでも言ってやろうと、織本のところに近づいて行った──その時だ。

「……!」

 その時、目を疑う光景が広がった。織本がひょいと手を虚空にかざすと、突如空間に歪んだ断面ができたのだ。断面のその先には、自分の知っている景色ではない何かが広がっていた。何とも形容しがたい、まさに宇宙空間のような──少なくとも、今自分が住んでいるこの世界のものではない。

 男はひょいと紫の球体を掌に浮かべると、そのままその辺に転がっていた四宮の死体に向かって発射。まともに受けた四宮は衝撃を受けると、織本が生成した世界の断面まで飛んでいき、その中に吸い込まれていった。

「……うん?」

 朦朧としていた意識が一気に覚めていくのを感じた。理解できない。いや、体が理解を拒む。あまりに未知の領域。魔術、という一言で済ますにはあまりにも大層で、多次元的。

「なんや……うちは夢でも見てるんか」

「たしかに、先祖は一般人だがな。おれ自体は斎加喜晴と同じ──たまたま爆発的な魔力を抱えて生まれてしまった、突然変異体だ」

「ええと……戦い疲れた頭には情報量が多くて入ってこん」

「そうか」

 織本はかすかに口角を上げると、ベンチの上で足を組んだ。

「まぁ座れ。安心しろ、敵意はない」

「……口でならなんとでも」

 若宮は織本を睨んだ。当然だ。意味の分からない魔術を行使した異様な雰囲気の男を、言葉こそ柔和だが、警戒せずにはいられない。

「そうか、では明智京介の名前を出せば、少しは心を開いてくれるだろうか」

「……京介?」

 織本は頷くと、ポケットからスマホを取り出した。そして、写真を開いて若宮に見せる。

「どうだ」

「……!」

 若宮はすぐにスマホをぶん取ると、液晶を覗き込むように見た。そこにはなんと、明智の部屋らしきところで、小学生の明智京介と制服姿の織本らしき人物が、下手くそな自撮りをしている写真があった!

「なんで⁉ どういう関係⁉ BL⁉」

「違う。たまたま実家が隣でな。今回は偶然、斎加喜晴を保護するために動き回っていたところでお前を見つけたが──おれのことは、利害の一致した味方だと思ってもらえればいい。お前が日常的に魔術師を大量に狩っている点についてはこの際関知しない」

 しかし、おれの名前を出しても驚かない奴は珍しいな、と言って織本は苦笑した。

「なに? 織本さんって有名なんか?」

「界隈ではそうかもしれない。およそ十年に一度しか起きないと言われている一般人の突然変異で誕生した魔術師だからな。今は斎加喜晴──生まれてから一切魔術師に目をつけられず生きている男の件があったからピンとこないかもしれないが、通常は魔力を持っていることと魔術が使えることはイコールではない。斎加喜晴は魔力を持っているが別に魔術は使えない」

「えっ? なら、織本さんはどうやって魔術使えるようになったん。ほら、さっきのやつ」

 あぁ、と曖昧に頷いてから織本は答えた。

「冷泉院に拉致され、そこで教え込まれたのだ」

「──」

 若宮は息をのんだ。

 やはり、こいつは冷泉院の人間か……? しかし、織本はそれを否定する。

「十七の時だ。たしかに、おれは力を手にした。だが……絶対に奴らを許すつもりはない。生まれるはずのなかった魔力に感情を蝕まれている今でもなお、復讐の炎だけは消えてはいない。……今はただ、皆殺しにされた家族の復讐のためだけに生きていると言ってもいい」

 凄みのある言葉に、若宮はただ俯くことしかできなかった。

「しかし、いかんせん情報が足りん。冷泉院の情報遮断能力は大したものだ。わずか二年で脱走した今となっても、奴らの足取りはまったくつかめん」

「そうか──危なかった。うち、あんたに『冷泉院の人間か』……なんて質問して。殺されてもおかしくなかったわ」

「そこまで激情家ではないから、そこは安心してくれ。しかし……今回は、冷泉院はおれの時と同じ方法で、いや、たしかに斎加喜晴を標的にしてはいるが、今度は突然変異の人間を殺して持って帰ろうとしているようだ──突然変異のメカニズムでも解明しようとしているのか知らんが、いずれにせよ、おれは絶対に斎加喜晴を守りたい。一瞬にして築き上げてきた世界が外部の者によって崩壊させられるあの絶望を、もう誰にも味わってほしくないんだ」

 少々口を開きすぎたかな、と言って織本は小さく微笑んだ。しかし、若宮は対照的に口を堅く結んでいた。これは、すごい魔術師に出会ったぞ。奇想天外な魔術を用いるというのも確かにそうだが、自分とは異なり元々は一般人として暮らしていた男の苦しみを、家族を失った痛みを、自分は本当の意味で理解することはできないのかもしれない。

「若宮牡丹……だったか」

「う、うん。なんでもええよ」

「じゃあボタン」

「服に付いてるやつちゃうで。まぁ別にええねんけど」

「ボタン。お前も魔術師狩りというからには、一般人に手を出す魔術師にはうんざりしているところだろう」

「おう。うんざりというか、ブチギレとるで。大切な友達に手出されとるんやから」

 織本の次の言葉を待っているところに、突如スマホの着信が鳴り響く。若宮は良いところに邪魔をされたなと、少しむっとしながらもスマホを取り出した。先ほど四宮に斬られて倒れた際の衝撃のせいか、画面がバッキバキに割れていた。

「京介か。なんかあったんやろか」

 すまんな織本さん、と言ってから若宮は電話に出た。

「おう、京介。これまたあんたから連絡してくるとは珍し」

『牡丹、ごめん。救えなかった』

 スマホから聞こえる明智の音声は、いつもの調子づいた声ではなくて、何かに押しつぶされそうな、それでいて申し訳ないと、肩をすくめているような、そんな意味を含有した声であった。

「なんや、そんなかしこまって……」

『今、駅前で高校生カップルの殺人が起こった。しかも、お前んとこの制服と同じだ』

「──」

 若宮は目を見開いて、『最悪のパターン』を想起した──けれどもその可能性を信じたくはなくて、言葉を失う。すると、横から異変を察知した織本が電話を奪って、若宮の代わりに明智に質問を投げた。

「もしもし。今変わった、織本だ」

『⁉ 大河さん、いったいどうして──』

「説明は後だ。男の子は連れ去られたか? 場所は?」

『場所は──駅前の改札内です。俺が通りかかったときにはもう殺人は起きていて、魔術師を追いかけたかったんですが、すでに逃げ出していました。男子の死体は持っていかれましたが、女の子の死体は心臓を貫かれ、えぐり取られているみたいです。せめて、その子のだけでも回収して──』

『殺された高校生はどちらも一般人か?』

『男はわかりませんが、女の子は──』

 二人が緊迫したやり取りをかわす中、若宮は張り詰めたように、ベンチにもたれかかっていた。何かに体重を預けていなければ、自分が崩れていく気がしたのだ。

 だんだんと太陽が沈み、夕焼けが月色に変わってくる頃。二人の魔術師がいるだけなのに、少しだけ焦げた草たちの匂いが鼻を衝く、そんな夏の夜が転がっているだけなのに。

 若宮は、大切な友達を失った。

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