Chapter 2-5

 時間はあやかし通りの裏通りで、朝町あさまちを追っていた時までさかのぼる。


 京太きょうたの目の前で、朔羅さくらの身体が前のめりに倒れていく。


「――朔羅!」


 京太は手を伸ばしたが、それより先に朔羅の身体を掴んでいく者の影があった。黒ずくめの装束に身を包んだ彼奴は、京太と距離を取って相対する。


「てめぇ……」


 京太は拳を握り、構える。

 彼奴の頭には、二本の角。片腕には朔羅を抱え、片手で苦無を構える。顔は半分以上を布で覆っており、素顔は見えない。その出で立ちはまさしく忍。


 睨み合う両者が、じり、と距離を詰めようとした、その時だ。


「待つんだ、双刃そうは


 彼奴の背後から声がかかった。暗闇の中からぬっと姿を現したのは、朝町だった。


「この子たちを連れていくのが先決だ。君は先に行っててくれ」


 朝町は、脇に抱えていた女生徒を双刃と呼ばれた忍に渡す。これを受け取った双刃は、頷き闇に紛れるように消えた。


「先生。いや、てめぇは何者だ?」


 京太の問いに、朝町は薄く冷えた笑みを湛えたまま、懐から眼鏡を取り出して掛ける。瞬間、隠されていた角が現れる。


「僕の本当の名前は、天苗千咲あまなえ ちさき。御三家の一つ、『天苗』の家の者だ。君も正体を明かしたらどうだい?」

「……扇空寺せんくうじ組頭領、扇空寺京太だ。てめぇ、やっぱり人間じゃなかったな」

「それはお互い様だろう? しかしまさか、扇空寺の当主自らがご登場とはね。この間の陣牙じんがの件で警戒させてしまったかな。それとも、治療してもらった時に不審に思われたか」


 互いの正体を知らずとも、何かを隠しているに違いないという不信感があった。二人が険悪だったのはそのためだ。


「両方だよ。てめぇが行方不明事件の犯人ってことでいいんだな?」

「その通り。知ってるかもしれないけれど、『天苗』には人の魂を喰らって力にする能力がある。そのために、僕は生徒を攫って当主である父に献上していたんだ。陣牙あれはいい隠れ蓑になるかと思ったんだけど、期待外れだったね」

「ずいぶん親切だな。何を企んでやがる」

「人聞きが悪いなぁ。僕は生徒に答えを教えてあげてるだけさ」


 やれやれ、と朝町――いや、天苗千咲を名乗る鬼は肩を竦めた。

 その態度に、京太は拳を握る力を強める。


「てめぇ、この期に及んでまだ教師を気取るつもりか」

「……だったら、どんなにいいだろうね」

「何?」


 突如笑みを消した千咲に、京太は眉根を寄せる。だが千咲はそれには取り合わず、踵を返した。


「『天苗』の屋敷で待っているよ。早くしないと、君の大事なあの子が犠牲になってしまうよ?」


 千咲の姿が闇に紛れて消える。

 京太は追いすがろうとしたが、彼奴の気配は既に消えてなくなっていた。


 京太は舌打ちをすると、踵を返す。彼もまた、夜の闇に溶け込むようにしてその場から消えた。

 そして次の瞬間には、彼の家である『扇空寺』の屋敷の前に立っていた。


「お帰りなさいませ、若様」

紗悠里さゆり、俺はすぐに出る。朔羅が『天苗』に攫われた。喰われる前に助けに行かなきゃならねぇ」


 出迎えてくれた紗悠里に、京太は矢継ぎ早に告げ、屋敷の奥へと向かっていく。


「お一人では危険です! 全員に伝えますので、今しばらくお待ちを」

「止めろ。今『天苗』と戦争なんざ起こしちまったら、弱ったとこを『鷲澤』のじじいにとがめられるぞ。俺一人で行く」

「……わかりました。ではせめて、わたくしもお連れください。側近頭としての役目を果たしたくございます」

「……いいぜ、付いて来な」


 屋敷の奥には修練場があった。その小上がりに安置されている刀を手にする。それは京太の身の丈をも大きく超える大太刀だった。めいを『龍伽りゅうか』というこれは、扇空寺に代々伝わる宝刀である。


 これを手に、京太は紗悠里と二人、『天苗』の屋敷に乗り込んだのだった。


     ※     ※     ※


「すまねぇ、朔羅。遅くなった」


 京太は朔羅の身体を降ろしながら声を掛ける。


「立てるか?」

「う、うん」


 自分の足で立った朔羅の前に、京太が盾になるように立つ。

 京太の手には抜身の刀があった。その巨大な剣は、あの陣牙と戦った時に手にしていた刀だった。


 見やれば、入口には紗悠里が刀を手に構えていた。

 挟み撃ちの形に追い込まれた『天苗』の鬼たちだったが、壮年の鬼は冷静に口を開く。


「これはお客人。俺は天苗黄泉よみ。この家の主だ。ようこそ、我が家へ。それで、君たちは何者かな?」

「扇空寺京太だ。こいつを返してもらいに来た。通してもらおうか」

「できない、と言ったら?」

「てめぇの首級くび、この場で貰い受ける」


 その瞬間、動き出した足音が二つ。

 一つは双刃だ。彼奴は京太の首を狙って駆け出そうとしていた。しかしそれは、もう一つの足音の主によって阻まれていた。双刃よりも先に動いていた紗悠里が、彼の首元に刃を突きつけていたのだ。

 黄泉が告げる。


「双刃、そのお嬢さんの相手をしてやりなさい」

「あいよ!」


 双刃の身体が消える。次の瞬間には彼は紗悠里の背後へと回り込んでいた。手にした二本の苦無で斬り付けてくるが、紗悠里は素早くそれに反応して振り向きざまに切り結ぶ。


 二人の斬り合いを余所に、黄泉は朔羅たちに視線を向ける。


「さて、なんだったかな。ああ、そうだ。『扇空寺』の当主よ、さっきの言葉、そっくりそのまま返そう」


 彼奴の手に白い光が収束していく。それは剣の形を成し、彼の獲物となった。


「飛んで火にいるなんとやら、だな。君のその首級、この天苗黄泉が貰い受けよう」

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