Chapter 2-6

 戦いは熾烈を極めた。

 幾度もの鍔迫り合いを繰り返し、切り結ぶ。激突のたびに火花が散り、甲高い金属音が鳴り響く。


 その最中さなか黄泉よみが口を開く。


「その刀……! そうか、それが『扇空寺せんくうじ』に伝わるという宝刀、『龍伽りゅうか』」

「だったらどうした!」

「その輝き、なるほど数多の鬼が欲しがるというものだね! 『天苗あまなえ』の能力と『扇空寺』の宝刀、そして『鷲澤わしざわ』の持つ軍団!」

「そいつらを全部手に入れて、てめぇが『異界・・』のテッペン張るってか!」

「その通り!!」


 ガン、と大きな音を鳴らし、互いの剣が弾かれる。

 そこで両者は大きく後退。距離を取る。


 それを見つめていた朔羅さくらは、大鎌こそ手にしていたが全く動くことができなかった。

 どこにも隙がない。

 京太きょうたの援護をしようとしても、二人の間に入り込める隙は一切見当たらなかったのだ。


「朔羅、大丈夫だ。お前は大人しくしてろ」

「でも、私だって……!」


 戦えると言いたかった。

 見習いとは言え、自分も魔払いなのだ。師から教えを受けた魔法使いとして、彼の役に立ちたい。


「無理すんな。限界が来てんだろ。見りゃわかる」

「――!」


 京太の言う通りだった。朔羅の身体は既に悲鳴を上げている。これ以上動けばバラバラになってしまいそうなくらい全身が痛い。


「何をしている、千咲ちさき

「父、さん」


 動けずにいたのは、黄泉の後ろに控える朝町あさまちも同じだった。

 黄泉に呼ばれ、朝町はびくりと身体を震わせる。


「あの娘を捕らえなさい。できるな?」


 黄泉の言葉に、朝町は頷く。

 金属音。京太は刀の切っ先を黄泉と朝町、交互に向けて警戒する。


「てめぇら、なんでこいつを狙う」

「知らないのか? その娘はかつて、『神隠しの踊り子・・・・・・・』と呼ばれた魔力の持ち主だ。その強大な魔力を喰えば、君を倒すことなど造作もないことだよ」


 黄泉の言葉に朔羅は歯噛みする。最初から自分が狙われていたということなのか。


「先生……!!」


 朔羅の声に答える様子はない。

 朝町は手の甲を覆うような刃を作ると、ゆっくりと歩み寄ってくる。


 まだ信じられなかった。朝町が鬼だったなんて。生徒としても魔払いとしても世話になってきたその彼が、ヒトと相容れない存在だったなんて信じられない。いや、鬼だとしても京太たちのような存在もいる。朝町だって、きっと――。


「同時に行くぞ、千咲」

「――うぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 並び立ち、構える黄泉の隣で朝町が咆哮を上げて腕を振り上げた。


 衝撃音。鮮血が飛び散る。


「……何をしているんだい、千咲」

「ぐ……はっ――!!」


 黄泉の腕の中で、朝町は吐血とともに脱力した。


 何が起きたのか、理解が追い付かなかった。

 朝町は腕を振り上げると、黄泉に向かって斬りかかったのだ。しかし黄泉はそれを剣で受け止めると、反対の手を尖らせ、朝町の腹部を貫いた。

 これにより朝町の身体から血が噴き出して動きを止めたのだった。


 黄泉が手を引き抜くと、朝町はそのまま床の上に倒れ伏した。


「先生!!」

「朔羅! 動くな!!」


 朔羅は朝町の元に駆け寄ろうとしたが、京太に腕を掴まれ阻まれる。

 どうして。何が起こっているのかわからない。朝町の取った行動の意味が全くわからなかった。だがそれでも、彼は今助けなければきっと助からないだろう。


「放して!」

「朔羅! ちっ――!!」


 朔羅は京太の手を振り払い、朝町の元へ駆けた。身体の痛みは気にならなかった。

 黄泉が立ちはだかるが、彼の前には京太が躍り出て、その剣を受け止める。


 朔羅はその脇を通り抜け、倒れている朝町の元へ駆け寄った。


「先生! 先生!!」

「……朔羅、さん」


 朝町の上体を抱き起し、呼びかけると彼はゆっくりと目を開けた。


「先生! 治癒魔法を……」

「いいんだ……それより、君は……逃げるんだ。早く……!」

「で、でも……!!」

「いいから……!」


「朔羅、後ろだ!」


 京太の声に、ハッと後ろを振り返る。黄泉が振り上げる剣が眼前にまで迫っていた。朔羅は反射的に目を瞑る。振り下ろされる凶刃。


「ぐああああああああああっ!!」


 しかし、それを受けたのは朔羅ではなかった。


 断末魔を上げたのは、朔羅の前に立ちふさがった朝町だった。

 肩口から脇腹までを袈裟懸けに斬られた朝町を前に、朔羅と黄泉は目を見開く。


 そしてその瞬間に、黄泉の背後に肉薄していた京太が振るった刃により、黄泉の首が両断される。

 黄泉を斬り捨て、京太は倒れ行く朝町の身体を受け止めてゆっくりと横たえる。


「先生!」


 朔羅は朝町に駆け寄る。


「……少しは、先生らしいことが……できた、かな」

「もういい、喋んな」

「……そう言わずにさ、今わの際の言葉くらい、聞いてくれ……。ずっと、父親に逆らえない自分が嫌いだった……。人間に化けて向こう・・・に行って、少し自由になれた……。先生としての人生も、悪くないって、思ってた……」


 朝町は天井を見つめながら訥々と話す。おそらく、もう目は見えていないだろう。


「……そう。悪くないって、思ってたんだ」

「先生……」


 朝町は力なく笑みを浮かべた。そして目を閉じ、そのまま動かなくなった。

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