Chapter 2-4

 夢を視ていた。


「ああ、なるほど。何もないはずなのにそこにある。それがお前の存在の意味だ。大丈夫、私には視えてるよ。けれどその存在の意味を他人に押し付けてはいけないな。そんなことだから、『神隠しの踊り子・・・・・・・』なんて呼ばれて怪談話にされてしまうんだ。え、なんで私がここに来たのかって? そりゃあ決まっているだろう。この独りよがりな寂しい花畑から、お前を連れて帰るためさ」


 そんな、厳しくて優しい魔法使いの言葉で。


 私は、救われたんだ。


     ※     ※     ※


 目を覚ますと、そこは薄暗い物置部屋のような場所だった。

 古い木と湿った土の匂いが鼻に付く。そんな場所に、朔羅さくらは横になっていた。


 頭部に鈍痛が残っているが、朔羅は身体を起こそうとする。しかし、腕も足も上手く動かせなかった。それもそのはずで、彼女の両手両足は縄できつく縛られていたのだ。


「ここって……」


 何が起きているのか。

 記憶を手繰り寄せる。覚えているのは、朝町あさまちと女生徒が裏通りの闇の中へ消えていくところまでだ。

 そこから先は思い出せないのか、それともそこで意識を失ったのか。

 確かなのは、尾行の途中で何者かに捕まったということだけだ。どうして意識を失ったのか、何者の犯行なのか、朝町は、京太きょうたはどうなったのか。


 疑問は尽きないが、朔羅は状況把握を優先する。

 改めて周囲を見回す。家具の類はなにも見当たらない。誰かが住んでいる場所というわけではなく、やはり物置部屋かなにかだろう。入口の引き戸は一つだけ。窓はない。大声で助けを呼んでみるかと考えたが、ここが犯人の根城なら目が覚めたことを知らせてしまうだけだ。


 奥の方を見やると、暗がりの中になにかがあるように見えた。よく目を凝らす。


「――っ!」


 息を呑んだ。伸びているのは人間の足だった。その先をよく見てみれば、そこにはアヴァロンの制服を着た生徒たちが並べられて・・・・・いた。


「死んでる、の……?」


 死んだように動かない生徒たちは、まるで人形のようにきれいな姿勢で並べられていた。彼らからはまるで生気を感じない。生きているようには見えないが、本当に死んでいるのか――? そもそも、彼らは一体。まさか、行方不明になった被害者たちなのか。


 と、そこで引き戸がゆっくりと開く音がした。外の灯りが入ってきて、思わず目を細める。逆光の中で見えたのは、朝町の姿だった。


「先生……!?」

「しっ。朔羅さん、無事でよかった。助けに来たよ」


 朝町はそっと中へ入り、朔羅を縛っている縄を魔力で形成した刃で切った。

 そして朔羅へ伸ばされた手を掴む。一瞬、女生徒の手を引く朝町の姿を思い出したが、朔羅はかぶりを振った。

 きっとあれは、見間違いだったのだ。それか、記憶違いか。今こうして助けに来てくれた、目の前にいる朝町のことを信じたい。ここがわかったのはきっと、朔羅の魔力がわかりやすい・・・・・・からだ。朝町なら探知は簡単だっただろう。


「ありがとうございます。先生、この人たちも」


 朔羅は部屋の奥の生徒たちを指したが、朝町は首を横に振る。


「いや、今は彼らを救出している余裕がない。まずは君だけでも逃げるんだ」

「えっ? で、でも……!!」

「いいから早く! ヤツらに見つかったら、君も僕も無事では済まない……!! ここにいるのは――」


「――きゃあああああああああああっ!!」


「今のは――っ!!」

「朔羅さん!」


 部屋の外から叫び声が聞こえて、朔羅は朝町の制止の声も振り切り外へ飛び出していた。

 長い廊下を駆け抜け、声のした方へ向かう。大鎌を精製し、突き当たりの引き戸を斬り裂いて突入する。


 そこは、囲炉裏のある広々とした部屋だった。揺らめく炎が照らす中、部屋の中央には壮年の男性が一人。朔羅と同じくらいの年の少年が一人。そして壮年の男性に首を掴まれ、気を失っているアヴァロンの女生徒がいた。


「その子を放して!」


 朔羅は大鎌を振りかぶり、壮年の男性へ斬りかかる。このとき、朔羅は大事なものを見落としていた。


双刃そうは

「あいよっ!」

「朔羅さん!」


 次の瞬間には、少年の姿が朔羅の目の前にあった。たった一瞬で懐に飛び込んできた少年の蹴りが、朔羅の腹部に炸裂する。これにより吹き飛ばされた朔羅の身体は、遅れて駆け付けた朝町によって抱き留められる。


「大丈夫かい……?」

「は、はい……!」


 朝町に支えられ、朔羅は立ち上がる。そこでようやく気付く。男性二人の頭部に、角が生えていることを。


「何をしているんだ」


 壮年の男性――鬼が口を開く。それはそばにいる、双刃と呼ばれていた少年の鬼に投げかけられたものではなかった。鬼の鋭い眼光は朔羅の方へ向けられていた。


「何をしているんだと聞いている。千咲ちさき


 壮年の鬼はもう一度口を開く。彼が誰に話しかけているのかわからない。朝町を見やる。

 すると彼は、懐から眼鏡を取り出して掛けると、朔羅の身体を掴んだ。


「先生……っ!?」


 ものすごい力だった。抵抗しようとしても、全く身動きが取れない。


「……やだなぁ、父さん。持ってきてあげたんじゃないか。次の食事をね」


 朔羅は目を見開いて絶句した。朝町の頭部には、先ほどまではなかったはずの角があったのだ。


「ならいいさ。じゃあ、それをこっちに持ってきてもらおうか」

「もちろん」


 朝町は朔羅の身体を抱きかかえようとする。

 しかしその時だ。囲炉裏の炎が轟と揺れる音がした。


 一陣の風が、鬼たちの間を吹き抜ける。朝町の捕えていたはずの朔羅の身体が消えた。


「悪いな先生。あんたにはもう、こいつに手ぇ触れさせねぇよ」

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