第8話 森の精霊

 はっきり言われ、ルーラは反論一つできない。こんな森の奥にいる蛇にまで、自分のレベルを知られている。

 それも、腕が悪い、というところまでしっかりと。

 人から言われるのもつらいが、こういう存在から魔法の下手さをはっきり言われると、結構へこむ。

「なぜここにいる。こんな森深くまで、何をしに来た」

「あの、えっと……」

 腕の悪さまで知られては、隠す気も失せた。嘘をついても、見破られてしまいそうだ。

 正直に名乗っておいてよかった、と思いながら、ルーラはザーディとここへ来るに至った話をした。

「そうか……あの方々もなかなか面白いことをなさる」

「面白くないもん」

 拗ねた口調で、当のザーディが反論する。それを聞いて、蛇はクックッと笑った。

 ルーラは蛇が笑うのを初めて見たが、喜んでいいのかわからない。ここは珍しいものを見た、と思っておいていいのだろうか。

「そういった事情を知らなかったとは言え、悪かったな」

 この言葉と同時に、ルーラの足は元通り軽くなった。

 気が付くと霧はすっかり消え、蛇の身体があらわになっている。そのとてつもなく長い身体は、森の奥まで続いているようだ。長すぎて尻尾など全く見えない。

 だが、その身体は美しく、黒い大理石みたいだ。

「あの……あなたが誰か、尋ねてもいいかしら」

 喰われるかも、という不安はなくなったようなので、控え目に聞いてみる。蛇はあっさり答えてくれた。

「わしはビクテ。この森の一角を預かる、森の精霊だ」

「預かるって、誰から?」

「竜のおさにだ。この森は、魔法力にあふれている。それを制御するために森をいくつかのエリアに分け、それぞれ精霊が預かっているのだ。魔法を使う者や魔法を求める者が、その力を乱用せんように見張っている」

「だから、さっきあたしが魔法を使って怒ったのね」

「そうだ。たとえわずかな魔法でも、それを見逃すと後でどんな取り返しのつかない事態に発展するか、わからんからな。人間がここへ来ることはほとんどないし、人間とそうでない存在の魔法は違う。使う者によって魔法の効果は良くも悪くもなるので、人間の魔法については意識するようにしている」

「そうだったの……。ごめんなさい」

 ルーラは頭を下げたので知らなかったが、ビクテはルーラの素直さに少し驚いていた。

 これまでここを訪れた人間は、その姿ゆえに彼を見るとすぐ攻撃の魔法を用いたり、もしくは素早く逃げてしまったりしていた。

 攻撃してきた人間に対しては、ビクテも適当に応戦する。

 精霊であるビクテに人間はまず勝てないので、彼はその人間を森の外へ放り出し、ついでにこの森での記憶も抜いておく。逃げた人間もしかり。

 この森には魔法力があふれているから、それを凝縮する物がある……と勝手に思い込んだ人間がここへやって来ることがある。

 だが、実際のところは具体的な物など存在しない。言うなれば、この森全てが魔法のようなものだ。

 とにかく、人間は自分の都合のいいように解釈し、奥深くまで入って来ることがある。

 この森の奥まで入った人間はいない。

 外ではそう噂されているが実際にはちゃんといて、しかし記憶を抜かれているから、他の人にはわからないだけなのである。

 そんな自分勝手な魔法を乱用する人間ばかりを見て来たビクテには、ルーラの行為はとても好感の持てるものだった。

 正体もわからない、もしかしたら魔物の子かも知れないザーディを連れて森の奥へ向かおうと言うのだから、今まで見てきた人間とルーラが違うのは当然だ。

「あのぉ、許可なしで魔法を使ったら、何かおしおきがあるの?」

 恐る恐る、ルーラは尋ねた。

「ん? ……ああ」

 おしおきと言うなら、記憶を抜いて森から放り出す、というものだが……さて、どうしたものか、とビクテは考える。

 今まで来た人間はロクでもない者ばかりだったし、自分の力を不当に強くしようという、自分本位な理由ばかりだった。

 だから、森の外へ放り出したのだが……。

 ルーラの場合、そう簡単にはいかないだろう。

 ビクテには、ザーディが竜の子とわかっている。まさか自分の一存でザーディを放り出す、という訳にもいかないだろう。

 竜の世界へは現在地から北へ向かうのが一番近道だし、両親もここを通るのを見越しているはずだ。

 かと言って、今までここで魔法を使う者はビクテの許可を得た者のみ、と限られていた。これはここを預かる時に、自分で決めた法だ。

 ビクテも、脅すようにいきなり姿を見せたりはしていない。さっきルーラにしたように、声を響かせてから現れるようにしていた。

 誰だ、とこちらは問うているのだから、名乗ればまだ許可する余地があるのに。問答無用で攻撃したり、逃げたりするから先へ進ませなかったのだ。

「あの……あたし、ちゃんと戻って来ます。その前に、この子を送って来ちゃダメかしら。あ、別に逃げるつもりで言ってるんじゃなくて……でも逃げようとしている、としか思えないわよね。だけど、魔法を使ったのはあたしだし、あたしが罰を受けるのは仕方ないとしても、この子は関係ないの。だから……何とかならない? 森の精霊なら、魔法力は十分あるでしょ? あたしが用事を済ませたらここへ戻って来るよう、術をかけたって構わない。それならあたしは逃げられないし、その術を自分で解く程、あたしに力がないのは知られてるんだし」

 ビクテは黙って聞いていた。

 自分が不利になる条件を自分から言う人間も、きっと珍しい部類のはずだ、と思いながら

「ルーラァ、ダメだよー。ルーラが魔法を使ったのって、ぼくを連れてってくれるためじゃない。だったらぼくも関係あるよぉ。ぼく、このまま帰っても、心配で泣いちゃう」

 すでに泣きそうな顔のザーディ。ルーラはしゃがむと、ザーディに視線を合わす。

「あら、ザーディがいなくってもあたし、きっと魔法は使ったわ。だってやみくもに歩いてたら、この広い森からはたぶん出られないもの。ね? それに、ザーディが魔法を使ったんじゃないから、ザーディはおとがめなしなの」

「だって……」

 ザーディがグスッと鼻をすする。

「ぼくも使ったよ。この姿になったの、ぼくが魔法を使ったからだもん」

「でも、ここでじゃないよ。あの盗賊が来る前なら、あたし一杯使った。食べる物を出そうとして失敗して、余計にたくさん」

 ルーラが話していると、ビクテが口を挟んだ。

「それはわしの領域ではない。ゆえにわしとは関係ない。お前達が使った場所は、まだ魔法力の薄い、人間の領域だろう」

「ほらね」

 ルーラはビクテの言葉を聞いて、ザーディに納得させる。

 さっき空を飛んだことで、ビクテの領域に入ったのだろう。それより以前なら、構わないのだ。

「問題はこの場所で使ったかどうかよ。ザーディはここでは使ってないでしょ」

 それからルーラは、改めてビクテの方に向き直った。

「あの、あたしのさっき出した提案、ダメかしら。どれくらいの時間がかかるかはわからないけど、戻るようにしておいてくれれば」

「もうよい」

「え?」

 ここへ来た人間を放り出す際、抜き出した記憶を読むと分不相応な力を手にしようというものばかりだった。放り出して正解だったのだ。

 でも、目の前にいる少女は違う。竜の子を送るため、自分の魔法力を自分で向上させるためだ。この森で、何かを奪おうというのではない。

 こうして目的を聞けば、放り出す理由などないではないか。

 これまで例外がなければ、今つくればいい。いや、これは例外ですらない。

 ここは自分の領域で、自分がおさだ。ここで決断を下すのは、自分。誰も反対しない。

「行っていい。束縛の魔法もかけはせん」

「だけど……あたしは掟を破ったんでしょ。それを許しちゃっていいの?」

「許してほしくないのか? なら、いくらでも戒めの魔法をかけてやるぞ」

 ルーラは慌てて首と手を振る。

「あ、いえ、そんな、いいですっ。遠慮します」

 ルーラは自分がなぜ許されたのかわかってないが、とにかく無罪放免になったのだから突っ込むのはやめた。

 ザーディが嬉しそうに、ルーラにくっついてくる。

「あの……他の場所でも、魔法が使われないか、あなた以外の森の精霊が監視してるの?」

「いくつかの領域に分かれて、それぞれがな。なぜだ?」

「魔法を使うたびにこんな感じでとがめられるのなら、この森では魔法が使えないなって思って。だけど、魔法に頼らないと困る時が絶対にあるだろうし……どうすれば許可をもらえるの?」

 この先、何日旅を続けるかわからない。

 食事をしたり眠る時、少し魔法のお世話になる時がある。ルーラの持つ布袋の中は、ちょっとした魔法の道具とパンだけだ。そのパンもじきなくなる。

 そうなれば、魔法で食物を出すことになるが、その時どうすればいいのか。

 森の獣に襲われたりした時。腕力も武器もないルーラやザーディは、やはり魔法に頼らざるを得ないだろう。

 他にもどんなことで魔法を使う時があるか、わからないのだ。この森で魔法なしにすごすのは、まず不可能。

「ふむ……確かに面倒ではあるな。よかろう。他の精霊達には、わしが話をつけておいてやる。食事と自分を守るための魔法なら、お前達に関知しないように。ただし、自然のいとなみを壊す行為をすれば、すぐにこの森を出て行ってもらうぞ」

「本当? ありがとう。助かります。ほら、ザーディもお礼を言いなさい」

 ルーラは自分も頭を下げながら、ザーディの頭を下げさせる。

「おいおい……」

 お前、竜の子に何をさせる。

 そう言いかけて、ビクテはやめた。

 せっかく竜が子どもに口止めさせてまで、竜であることを隠そうとしているのだ。自分が話すことではない。

 それに、ザーディが竜とわかった時、ルーラの態度が変わってしまうことを危惧して。

 人間にとって竜は、魔法力においても生命体としても大きな存在。

 ルーラも竜のことは多少なりとも知っているだろう。その竜の子と一緒にいたとわかって、どう対応を変えてしまうか。

 ビクテは、ザーディがルーラと一緒にいて、少しずつながら変わってきているらしい、と感じ取っていた。このいい兆候を、わざわざ壊すこともあるまい。

「では、心して進むがいい。先はまだ長いからな」

 黒蛇はそう言い残すと、現れた方へと消えていった。這う音を全くさせず、森の奥へ。

 不思議な感覚を覚えながら、ルーラはその後ろ姿を見送った。

 初めて森の精霊というものに会って、今頃になって興奮しているみたいだ。今は蛇の姿だったが、本当は別の姿なのだろうか。

 人間になればラーグくらいか、もう少し年長の姿になるのかも知れない。

 一瞬、恐い思いもしたが、結局は無事にすんだ。

 これはザーディがいたおかげなのか、森の精霊の気紛れなのかはわからないが、深く考えるのはやめておいた。

 とにかく、前へ進める。魔法も使って構わない。

「ルーラ、よかったね」

 ザーディが無邪気に笑う。その笑顔につられて、ルーラも笑った。

「うん。さ、精霊のお許しも出たことだし、行こうか」

 歩き出しかけて、その足が止まる。

「……と、さっき北を示した枝、どこに行った?」

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