第4話 トカゲの捨て子?

 ルーラが声をかけるとトカゲはビクッとし、声の方を向いた。

 深い青の瞳が、こちらを見ている。その目は、完全におびえていた。不安の色が浮かんでいる。

 逃げ出さないのは、単にすぐ走り出せなかったからか。

「……だれ?」

 やはりと言おうか、言葉は通じるようだ。

 恐そうにトカゲの子が聞き、ルーラは恐がらせないようにニッコリと笑って見せた。

 歯を見せると人間以外の動物には威嚇と取られるので、口は閉じて。

 視線を合わすようにしゃがんだ。驚かさないよう、ゆっくりと。

「あたしはルーラ。魔法使いの見習いをしてるの。ねぇ、どうして泣いてるの?」

 この周辺には薄日が差してるにも関わらず、トカゲの子がいる周りだけがひどく湿っている。どうやら、涙で濡れているらしい。それだけ泣き続けた、ということだろうか。

「ぼく……ぼく……」

 また涙がその目にたまってゆく。

「父様と母様に、置いてかれたの」

 そう言うと、また泣き出す。

 捨て子か。動物にもいるのね、そんな育児放棄が。それとも、親離れの時期だから、かしら。

「ほらほら、いつまでも泣いてちゃダメ。泣いてたって、何もいいことはないわよ」

 トカゲの子は、ルーラの顔を見た。

 ルーラはさらに近付くと、持っていた布で涙を拭いてやる。子どもは放っておけない性格なのだ。

 どうやらそれは、人間以外にも適用されるらしい。

「父様が、自分で……おうちへ帰って、来なさいって……言ったの。強い子に……なって、帰って……おいでって」

 しゃくり上げながら、トカゲの子は言う。ルーラが恐い存在ではない、と認識したらしい。

「あら、捨てられた訳じゃないのね。よかったじゃない。ちょっと心配しちゃったわ」

「でも、おうちは……とっても遠いの」

「どれくらい?」

「一日中ずぅっと、歩いて、十日……くらいって」

「どこをどう歩くかにもよるんでしょうけど……とりあえず、すっごく遠いわね。どこにあるの、あなたのおうちは。あなた、銀のトカゲの一種なの?」

 トカゲは何か言おうとして、口をつぐんだ。

「言っちゃいけないの。言わないように、魔法がかかってるみたい」

「魔法? あなたの親は魔法を使うの? ってことは、ただのトカゲじゃないのね」

 しゃべるところからして、ただのトカゲではありえないが。

「ぼく、トカゲに見えるの?」

 妙に間の抜けた質問をしてきた。ルーラは、トカゲにしか見えない、と答える。

「ぼく、トカゲじゃないんだよ。本当は違うの」

 本来の姿とは違うことに、事情がどうであれ、納得してないらしい。

「わかった、わかった。きっと親が他の動物の目をくらませるのに、姿変えの魔法を使ったのよ。それよりも、親は帰って来なさいって言ったんでしょ。じゃ、こんな所でいつまでも泣いてないで、帰れば?」

「だって……恐いもん」

 トカゲ(ではないらしいが)は、つぶやくように言って、うつむいた。

「森が恐いの? まぁ、この森は色々と噂のある森だしね」

 普通の人間にとっては、奥へ向かう程に恐い場所である。魔法が使えるのでこの森へ入って来たが、ルーラなら魔法ができなくてもある程度までなら平気で入っていたかも知れない。

 今までは子ども達の相手や魔法の練習で忙しく、意識を向ける余裕があまりなかったが、実は機会があれば来てみたかった場所なのだ。

「ぼくのおうち、ここから真北にあるって父様が言ってた。それだと、この森を通り抜けないと行けない……」

 情けない声を出して、トカゲはまた泣きそうな顔になる。

「あー、もう、泣かないでってば。わかったわよ。ついてってあげる。あたしもここを抜けるつもりだったしね。とりあえず、北へ向かう予定だから」

「本当?」

 目をうるませながら、トカゲは嬉しそうに言った。

「さぁ、行きましょう。北へ向かって十日か……。そこが森のどの地点になるかはともかく、やっぱりこの森は広いのね。抜けるのが大変だわ」

 ルーラはトカゲの子を立たせると、その手をつないでやり、森の奥へ向かって歩き出した。

☆☆☆

 歩くに従って、辺りは少しずつ暗くなってきた。陽が沈むには、まだ早い。それだけ、木々が光をさえぎっている、ということだ。

「どうして正体を言っちゃいけない、なんて魔法がかかってるのかしらね」

 歩きながら、何気なくルーラは尋ねた。明確な答えをほしい訳ではないが、ちょっと気になったりもする。

「ぼくの本当のことがわかると、命が危なくなることもあるから……みたい。そう言われた訳じゃないけど」

「本能的にわかるって言うのね。あなたの親に会ってみたい気がするけど、子どもに口止めの魔法をかけるくらいだから、秘密にして会っちゃくれないわね」

 ザーディと名乗ったトカゲの子は、木々の密度が濃くなるにつけ不安そうな表情になり、よく木の根につまづきかけ、ルーラの手をしっかりと握った。

「恐いよぉ……ルーラ。暗くなってきた。もう夜になるの?」

「夕暮れには、まだ時間があるわ。葉っぱがお日様の光を通さないから、暗くなるのよ」

 見ると、ザーディの顔は今にも雨が降り出しそうな気配だ。メージェスの村にだって、ここまでの泣き虫はいない。

「ザーディ、あなた、あの場所でいつから泣いてたの」

「お日様が十回、お空を通ってった」

「……よくそれで、脱水症状にならなかったわねぇ」

 感心するやら、あきれるやら。

 それでもまだ、泣きそうな顔をしている。このトカゲの身体には、無尽蔵に涙が詰まっているに違いない。

「その間におうちへ帰れたじゃない……。ザーディ、泣くのは本当につらい時や悲しい時だけにするものよ。ちょっと恐いからって、すぐに泣いてちゃダメ。親に置いてかれたくらいなら、自分だけで何とかしてやるってくらいの気持ちにならなきゃ」

「ぼく、そんなに強くない……」

 そのつぶやきからして、弱い。

「だったら、強くなろうと努力するの。悪い方に考えちゃいけないのよ」

 半分は、自分に言い聞かせてるようなものだった。この前まで自分が言われていたセリフだ。

「そうだな。努力するのはいいことだが、この場所はちょっと不向きじゃねぇか?」

 いきなり男の野太い声が、行く手からした。

 ルーラはギョッとし、ザーディは言わずもがな、である。

 前方の太い木の後ろから、声に見合って顔も身体もいかつい男が出て来た。ルーラが手を上げて背伸びをしても、わさわさな頭のてっぺんに手が届きそうにない。

 顔の下半分を黒いヒゲに覆われているため、若いのか否かが判別できない。だが、こちらを見て、ニタニタしているのはわかった。

 それだけでなく、さらにその後ろから二人の男が現れる。

 一人はルーラとあまり変わらない背の、でも顔は十分中年の男。見事に頭が光っている。ルーラのイメージとしては、こそ泥だ。

 最初に現れた男がいかついので、その体型が小太りにも関わらず、やけに貧相に見えた。

 もう一人は、ファーラスとそう年が変わらないであろう、細身で短い黒髪の青年。彼だけなら長身と思えるが、やはり先に現れた男がいかついためにそう見えない。

 上がり気味の目が鋭く思えるので、ヒゲ男とは別の恐さがある。

「おじさん達、誰?」

 ザーディをかばうように、ルーラは前に出た。

 全員がどう見ても、いい人とは思えない人相だ。細身の青年はともかく、中途半端な巨人と中途半端な小人の組み合わせみたいに思える。

「俺はおじさんと言われるような歳じゃないぜ」

 青年が、ルーラのセリフに反論する。

 見た目通りにファーラスと同年代なら、二十代前半くらいだ。おじさん、と言っては悪いが、気を遣うような相手ではないからルーラは無視した。

「おい、こんな子どもなんかが金持ってるのか? 最近、見境ないな」

 青年の言葉を聞いて、やっぱり盗賊か、とルーラは心の中で思った。

 登場した時から、それらしい雰囲気たっぷり。何てありがちな人相かしら、とまで思う。

 それにしても、森の噂は必ずしも嘘ばかりではないらしい。本当に盗賊が現れた。

「わずかでもいいんだよ。頂いたらこんな所から抜け出して、場所を変えるさ」

 ヒゲ男がそう言った。それから、ルーラの方を向くと、その太い手を差し出す。

「さあ、お嬢ちゃん。ケガしたくなかったら、持っているお金をここに出しな。そうしたら、命までは取りゃしない」

「持ってないよ」

 ルーラはあっさりと答えた。三人がちょっと目を丸くする。

 自分達を全く恐れる風もなく、こんな少女があっさり言ってのけたのに驚いたのだ。普通、ここは怯えて震えるはずである。

「何も持たずに、こんな森へ来たのか? 食い物でも渡しゃ、それで大負けに負けて勘弁してやってもいい」

 チビの男が気を取り直して言ったが、ルーラは首を振った。

「何もないわ」

「じゃ、お前の持ってる布袋は何だ? その中には、何が入ってるんだ」

 ルーラがたすきがけにしている袋を差し、ヒゲ男がドスをきかせた声で言った。

 ルーラはふん、という顔で答える。

「色々と。でもあんた達にあげるものは何もないの。ごめんね」

 ルーラの後ろに隠れてるザーディは、細かく震えている。

 時々、ルーラの後ろからそっと顔を出し、チビ男と目が合うとキャッと叫び、またルーラの背中に隠れた。

「変わったペットを連れてるな。こんなきれいな銀の鱗を持ったトカゲは、初めて見る。金がないって言うなら、そいつを渡せば許してやろう」

 チビのそんな言葉に、ルーラはキッと男を睨んだ。

「この子はペットじゃないわ、友達よ。あたしは友達を売る程、根性なしじゃないからね」

「根性だけで、俺達から逃げられるとでも思っているのかねぇ」

 ヒゲ男が、腰に提げていた剣を抜いた。その刃先を、ルーラに向ける。

「ルーラァ……」

 声は完全に泣いている。ザーディは怯えきっていた。

 こんなのにせまられれば、当然だろう。ルーラが剛胆すぎるのだ。

 剣を向けられ、こんな子どもに大人気ない、と思ってしまうくらいなのだから。

 こんな連中からは、早く逃げ出すに限るわね。

 ルーラは、口の中で呪文を唱えた。

 風を起こし、葉っぱや小石を飛ばして相手がひるんだ隙に逃げよう、という算段である。

 男達はいぶかしげな顔をして、口の中で何かもそもそ言っているルーラを見ていた。

「うわぁ、何だこれはっ」

 ヒゲ男が大声をあげた。

 その声に、チビも青年もはっとして仲間を見る。

 声を出したのがヒゲ男だけだったので、ルーラもあれ? と思いながらそちらを見た。

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