第3話 決意するルーラ

「ルーラッ! どこへ行ってたんだ。また何かしでかしたかと思うじゃないか」

 ちょっと様子を見に行くと、いるはずの妹がいない。また落ちて気絶でもしているのかと思ったが、そうでもないようだ。

 また抜け出したな、とファーラスにはすぐにわかったものの、万が一よそで落ちていた場合を思って心配していたのである。

 いつもなら、叱るとルーラは何かと言い訳をしたりするのだが、今日に限って一つも言葉が返ってこない。沈んでいて、肩を落としている。

「どうした。よそのニワトリ小屋でも壊して、怒られたのか」

 もしそうでも、いつもより神妙な表情だ。ルーラは黙って、首を横に振る。

「……具合でも悪いのか?」

 ルーラはまた、黙って首を振る。

「飛行術の失敗で、この先のことを憂えている……というのでもなさそうだな。言ってごらん」

 ファーラスの口調が、優しくなった。魔法使いの先輩ではなく、兄の口調だ。

「兄さん、正直に答えてくれる?」

「ん? 何をだ」

「あたしって才能ないの? 魔法使いの娘のくせに、魔法ができない。突然変異なのかな」

「ちょっと上達が遅いだけだよ」

 兄は口元に微苦笑を浮かべる。その言葉に、うつむき加減だったルーラが顔を上げる。

「それだけ? でもそれって……やっぱり才能がないってことよね」

「ルーラ、自分を追い詰めて楽しいか? 人には個人差ってものがある。今の時代、早く魔法を習得したからと言って、すぐに役立つというものでもない。急がなくてもいいんだよ」

 ファーラスはその大きな手で、妹の頭をポンと軽くたたく。

「お前は伸びる。これからだ。世の中、魔法を使いたくても使えない人の方が多いんだぞ。ルーラのやらかす失敗すら、できない人がほとんどだ。魔法使いの血が濃い人しかできないんだから。そういう言い方でなら、ルーラは魔法の才能を持ってる。使い方をマスターしきれてないだけだ」

 ルーラは、おとなしく兄の言葉を聞いていた。でも、まだその目には、疑いの光が残っている。

「俺の言うことが嘘だと思うなら、父さんに聞いてみろ。納得するまで話して聞いて、自分で結論を出せばいい。才能がないと決め付けて習うのをやめるなら、それでもいい。俺は止めたりしないから」

 考え込んだルーラの肩を抱き、ファーラスは家の中へ入るようにうながした。

☆☆☆

「ロシーンに笑われたわ。お前は死ぬまで見習いのままだって。いくら魔法使いの血をもらっても、魔法が使えなきゃどうしようもないもの」

 明るいルーラが、時間が経っても珍しく落ち込んだままである。

 母がルーラの好物のイチゴのタルトを作ってくれていたが、元気にならない。

 ロシーンの前で使った魔法で子ども達が並んだのは、豚が並ばないので子ども達が気遣った結果だったのだ。

 せいぜい五、六歳のあんな小さな子ども達に気を遣わせた自分が情けない。

「ルーラは、魔法をやめたいのか?」

 ラーグが率直に尋ねた。

「……」

 ルーラは答えない。まだ、自分の中で答えを出していないから。

 やりたくない訳じゃない。ただ、やり続けていて意味があるのかどうか。

「やめたくないのなら、続けた方がいい。ファーラスも言ったらしいが、お前は伸びる可能性を秘めているよ。きっかけ一つで変われる」

「じゃ、そのきっかけがなかったら……今のまま?」

 どうも思考が、暗い方へと流れてしまう。

「お前がこのままかも知れない、と強く思い続けていたら、そのままだろうな。そうなるように、自分を仕向けているのなら」

 ルーラはしばらく考えていたが、やがて顔を上げて父を見た。

「父さん、あたし……少しの間、家を……村を出たい」

 ラーグは顔色一つ変えない。突然そんなことを言い出した、ルーラの意図を尋ねる。

「何のためにだ」

「旅をしようと思うの。あたし、どんなに父さんや兄さんに厳しく教えてもらっても、どこかで家族だからっていう甘えが出てるんだと思う。だから、誰にも頼れない所に行けば……自分の魔法だけしか頼れるものがない状況になってしまえば、使えるようになる気がするの。そうすれば、父さんの言うきっかけも、どこかで掴めるかも知れない」

「……なるほど。いいだろう。やってみなさい」

 ルーラの突然の思い付きだったが、父はあっさりと許してくれた。

「あなた、まだ十四の娘に一人旅なんてさせますの?」

 そばで聞いていたキャルの方が反対する。

「ルーラは、一人の魔法使いだ。悪徳魔法使いに戦いを挑まれでもしない限り、危険はないさ」

「ありがとう、父さん。あたし、竜の世界を見て来る。世界をへだてる霧の向こうを見て来るわ」

 娘の恐れを知らないセリフに、ラーグは笑う。横ではファーラスも笑っていた。顔をしかめているのは、キャルだけだ。

「急に大胆になったな。まぁ、急ぐことはない。駄目だったら戻って来て、また行けばいい」

 こうして母はしぶしぶと、父と兄は笑って見送ってくれることになった。

☆☆☆

 誰が言ったか、行ったのか。

 竜の世界は、北にあるという。

 なので、ルーラは迷わず、北へ向かって進むことにした。

 北、と一口に言っても、どの辺りまで行けばいいか、なんてことまでルーラは知らない。

 とりあえず、進めば着くだろう……という、慎重な人が聞いたらどん引きしかねない楽観さだ。

 しかし、竜の世界までの地図なんてものはないのだから、難しく考えたって着く訳ではない。北にある(らしい)と言われているのだから、向かうだけだ。

 ルーラの住むメージェスの村を出ると、北には深い森が広がっている。

 誰が付けたのか「ビローダの森」と呼ばれるその森は、昼間でもあまり陽が差さない。うっそうとした、樹海のような所だ。

 材木を得るために人々は森の木を切るが、それはあくまでも森の端の一部であり、奥深くは誰も知らない。この森を通り抜けた人間は、まだ誰もいないのだ。

 入っても再び出て来て、あの森はこんな所だ、と説明できる人間は、いまだかつて現れていない。

 入れば、迷って出られない。盗賊が待ち伏せ、身ぐるみをはがして殺してしまう。

 そんな噂がいつからか流れ、真実かどうかもわからないうちに、人々の中に危険な森だと定着してしまった。

 この「ビローダの森」は、一応地図には載っているが、全体図は実にあいまいな形だ。広いらしい、ということくらいしかわからない。

 どこまで広がっているのか。森を出て、さらにその北には何が、どんな国があるかさえ、あいまいなのである。

 もしかしたら、森は思いの外小さくて、森の北側にはメージェスの村とそう変わらない村や国がある……かも知れない。

 だが、現在のところ、誰もそれらを確認していなかった。

 魔法使いが地図作成に乗り出したが失敗に終わった、と噂で聞いたことがあるが、どこまでが本当なのやら。

 単に森が広すぎて、面倒になってしまっただけなのでは、なんてことを考えるルーラ。関係者が聞いたら、怒るかも知れない。

 それはともかく。

 いい噂とは程遠い、そんな森を抜けることを、ルーラは深く考えずに決めた。

 竜の世界は北にあり、森の北側はどうなっているか不明。

 この、いかにも、な感じが気に入った。

 あれこれと噂はあるが、魔法で切り抜けられるだろう、とルーラは確信して(思い込んで)いるのだ。

 あんなに落ち込んでいたのは、いつのことやら、誰のことやら。

 平坦な道では、旅に出た意味がない。魔法を使う状況に身を置き、死ぬ気でやればどうにかなる、と恐れ多くもこの森へ入ることにしたのである。

 ちなみに、本当に死ぬ気はない。

 村を出ると、木こり達の足で踏み固められた森へと向かう道が続いている。もっとも、その道も森のほんの入口まででしかないが、ないよりずっといい。

 ルーラはのんきに鼻歌を歌いながら、その道を歩いて行く。

 だいたい、重い気持ちで行く旅じゃない。

 北へ向かってはいるものの、まさかいきなり竜の世界へ行こうなんて、思ってはいるけれど実現は無理だろう、というのはさすがにわかっている。

 少しでも自分の魔法力の開発ができれば、と思っている程度だ。

 竜の世界を一応の目標にしてはいるが、最終的な目的地、というのは決めていない。

 竜の世界が本当にあればラッキーだし、なければないで構わなかった。

 本当に、いきあたりばったりである。自分に下手なプレッシャーをかけるのをやめたからだ。

 ファーラスに言われた通り、自分を追い詰めても楽しくない。だから、自由にする方針で行くことにした。

 帰りは飛ぶつもりだ。

 木が切られてまばらになっているせいもあって、辺りは明るい。森に入ったとは言っても切り株があったりするから、この辺りはまだ人の手が入っているエリアだ。

 時々、うさぎやリスなどの小動物を見掛ける。小鳥の声もする。こういうところは普通の森だ。ちょっと散歩がてらに歩くのにもいい場所である。

「ん……そらみみ……かな?」

 ルーラは足を止め、耳をすました。鳥の声に混じって、別の何かが泣いているような声がしたのだ。

 狼なんかの声ではなかった。いくら何でも、そんな動物の声と聞き間違えたりしない。

 人っぽい気もしたが、場所が場所だけにまさかここで迷子がいる、とは考えにくかった。子どもなら、こんな森には近付かないはずだ。

 いや、ルーラのように、向こう見ずな子がいるかも知れない。

「何が出てくるのかなー」

 ルーラは、その泣き声のする方へと進んで行った。

 用心しなきゃ、と思いながら、実はあまりしてない。周りがまだ明るいから、警戒心が起きないのだ。

「うわぁぁーん」

 やがて、ルーラは声を張り上げて泣いている動物を見付けた。

「……何かしら、あれ」

 とりあえず、人間の迷子ではないらしいが、それを見たルーラは首をかしげる。

 見たことのない動物だ。青みがかった銀の鱗が身体全体を覆った、見た目は大きいトカゲのような動物。

 大きい……四、五歳の人間くらいはあるだろうか。でも、着ぐるみなどではない。着ぐるみだとしたら、精巧すぎる。

 手足は細く、短い尻尾も見えた。トカゲとしては大きいが、子どもみたいな雰囲気がする。今は座って泣いているが、直立歩行ができそうな体型だ。

 一見しただけでは正体がわからないものの、人間みたいな泣き方をしているし、あの様子なら言葉が通じるかも知れない。

 ルーラは、大泣きしているトカゲもどきのそばへ近寄った。

「ねぇ、どうして泣いてるの?」

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