第12話 創立記念日について

「定義としては、それでよろしかろう。では、その論点についてそれぞれ持帰って1週間ほどでまとめて、論ずるということでおいかがか」


 森川氏のオファーを、米河氏はあっさりと受容れた。

 ここで「以上」と言って終わりたいところだが、少し余談が入った。


・・・・・・・ ・・・・・ ・


「さて君、来る12月5日は、よつ葉園の創立記念日である。御存じだろうが」

「はい、存じております。すき焼きを食べる日として定着していますね」

「今の伊島さんというお若い園長さんも、それを踏襲されておいでのようじゃな」

「そのようですね。非常に素晴らしいことであると思料します」

「それを発案したのも、実は、私じゃ。せめてそういう日ぐらい、子どもらにうまいものを食べさせてやりたいとの思いから」

「そうでしたか。時代性を考えれば、実に切実な思いがおありだったかと」

「左様。そこに来て貴君ときたら、よくまあ、毎日カレーを食べるような真似ができたものよ。昨日は市役所の食堂でカレーかね。その程度ならともかく、このところ行かれている店が毎日違うが、それでも一定の傾向がみられるのう」

「いやあ、さすがにほぼ毎日どこかでカレーとなると、少しは休みたくもなるところですけど、あればどうしても、食べてしまうものです。激辛ばかりでも難ですけど、どうしても辛いほうが多くなります。わざわざ甘口なんか食べませんよ」

「じゃろうね。ま、君は日々何を食べても問題ないが、施設の子どもらに、あまりな食生活はさせられんからな。例えば、インスタントラーメンばかりのような」

「お立場上、そうでしょう。もっとも、森川さんの頃にはまだその手の食べ物はなかったか、あってもできたての頃で、むしろ高価だったでしょう」

「確かに。飯とみそ汁と沢庵の朝飯。それでも御馳走じゃった。どうじゃろう、貴君にしても、それがごちそうになるようなときもおありじゃろうが」

「ええ、ありますね」

「飽食の時代とやらになっておるが、それでも、あのすき焼きはその中に入ってもそん色ない御馳走であると思う。貴君の御意見や如何に?」

「同意します。間違いなく御馳走ですよ。食材の良し悪しにもよりましょうけど」

「その御指摘は大いにわかるが、まあ、そこはつつき始めるとキリもあるまい。よつ葉園においての救いは、貴君流に申すところの「スケールメリット」。要するに多人数分の食事を作るがゆえにうまくていいものを提供できることですからな」

「無論、そこをケチって変なところに金を動かす不心得者もその世界にはいないわけではないでしょうが、そこはこの際除外しまして、その点についても同意です。逆に私のような独り身のものにとっては、自炊はかえってぜいたくになりかねませんね。だからこそ、今時は一人分に分けた惣菜も多く売られるようになりました」

「その状況も私はしっかり存じておる。ええ時代になったというべきか、否か」

「その疑念は、私自身も持っております」


・・・・・・・ ・・・・・ ・


 しばらく現代の食事上等、もとい食事情等の話が続いたが、以下省略します。

 次回の対談は、12月10日・日曜日の未明と決定した。

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