第11話 仕事と「私」生活

 まず、場所を特定することで話を進めねばなるまい。あいまいな特定では、その部分の話で無駄な時間を作ってしまいかねない。そのあたりをシャキッとせずにだらだらと与太話をするようなことではいけない。そのあたりにおいてよつ葉園の職員の一部、それも貴君が存じておった職員らにその傾向が見られたのは残念であったが、まあ、そこは今さら述べても始まるまい。

 場所であるが、よつ葉園という養護施設とする。

 いつの時期の誰それまでは特定し過ぎるとかえってやりにくくなるから、そこは状況に応じて変数として代入した上で論ずればよろしい。


~ 異論はありません。それがよろしいかと。~米河氏


 次に。仕事の定義について。

 当該職員の、あるいは複数にわたっても構わないが、対象人物における「仕事」とは、労働時間に参入するとしないにかかわらず、よつ葉園としての業務に関与する行為と定義します。

 なぜ私が労働時間の範囲内外の要件を外したか。

 ここが重要である。その理由は、以下のとおりである。どうしても労働時間内外で切分けが不可能な事態はつきものであることに加え、その要件を労働時間外を抗弁理由に済し崩すような話になることを防ぐためであります。

 それこそ、わしもこのような弁を今生の折には使えばよかったかなと思っておるのだが、よつ葉園の仕事というのは、単に労働時間を務めあげればそれでいいという単純労働なのかと、そういう話になりましょうがな。

 無論これは、給料の対価として無定量の労働をせよという意味ではない。


 これに対する概念としての、私生活とは何か。

 こちらは、先に述べた「仕事」と定義した行為以外のすべてのもの。

 基本的にはそれでよいかもしれぬ。

 だが、よつ葉園という枠組以外の、あえて君を児童指導員として例えるなら、貴君にも家族がおられ、いやそこは貴君が天涯孤独だと申されたとしても、休暇中の、それこそ青春18きっぷでどこかへ行って酒でも飲んでいるのやら、あるいは、奮発して近く廃止となる列車に「取材」と称して乗りに行くのやら、そこまででなくとも、貴君の御先祖様の墓参りや法事などに行っている状況のような、よつ葉園たる職場をそもそも引合いに出す必要性のないものは、含まないこととします。

 言うまでもなかろう。キリがないからな。

 よってここでの生活は、児童指導員米河清治における、よつ葉園に住込みであればその敷地内での個人としての生活、言うなら休日に君が職員宿舎で酒を飲むようなものとか、せいぜい市内でぶらっとしてくる程度のものまでを含みます。

 なお、通勤での勤務であれば、当然、その自宅において何をしようと、それはここで言う「私生活」には含みません。

 今の私の定義において重要なのは、あくまでも、職員宿舎での私生活、通勤勤務においては、時間外の個人としての生活の範囲内においてよつ葉園と何らかの接触を持つことになる状況についてのみ、ここでは「私生活」の範囲とみなします。


 どうでしょうか。何かこの定義に疑義があれば、御指摘願いたい。


・・・・・・・ ・・・・・ ・


 森川氏の定義の説明に対し、米河氏は感心しながら聞いていた。

 彼は、言う。


 特に異論はありません。これは何もだるいからそれでぼちぼち参りましょうという趣旨で述べておるのでは決してありません。

 まさに今森川さんがご指摘になった範囲においてこそ、この問題が発生する、言葉は悪いでしょうが「温床」となるところですから。

 そこまできちんと定義した上で、この論点を論じて参りたいと思います。微妙なケースについては、都度、この論議にそぐうか否かを検討すればよいかと。


 さて、ここでひとつ私よりご指摘申上げる点があります。

 このケースでありますれば、もはや通勤する職員は本論点における対象から除外されたらいかがでしょう。とりわけこの問題点が大きく作用するのは、職員宿舎に住込む単身の若い職員たちでありましょう。

 彼もしくは彼女、当時の状況とすれば後者が多いのはあまりに明白でしたが、その個々の職員と、それに対峙している入所児童らということで、各々の「仕事」と「私生活」について論じていけばよろしいかと。

 なお、入所児童については、基本的にこの地で過ごすことは「私生活」と定義されるべきでしょうが、いわゆる一般家庭における生活とは似て非なる部分もあるため、ここは、状況に応じて適宜場合分けをする必要があろうかと思われます。

 特に軸とすべきはやはり、児童ではなく、職員側ですね。

 そちらを軸に、この論点を分析して参るがよろしいかと存じます。

 おいかがでしょうか?


・・・・・・・ ・・・・・ ・

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