御馳走の真意

第10話 いよいよ、再開。

 2023年12月1日・金曜日の夕方。時刻は、19時前。

 米河清治氏宅に、老紳士が訪れた。


「御無沙汰しております。米河君。そろそろ、少し論争を進めませんか」

 酒を飲みつつ仕事に手を出す米河氏は、酒の入ったグラスを机上に戻す。

「望むところです。お受けいたしましょう。しかしながら、今日は酒を飲んでおりますゆえ、この状態での論争はいかがなものかと」

 老紳士は、そんなことには頓着しない模様である。


 酒か? ああどうぞ、好きなだけ飲まれたい。貴君が何をどう飲もうが、違法ではない以上、私は無論とやかく申さぬ。加えて、この度は私が貴君の仕事しながらの一杯を邪魔した次第でもあろう。こちらから酒やめろとは言えまい。ですから君においては、何なり酒を飲まれながら話をせぬかとの提案じゃ。要は、貴君の本音の中の本音を、私も、探りたいのでな。こんな言葉を御存じであろう。


茶は10年、酒は1年。


 わしも、酒は嫌いじゃない。こちらでもぼちぼち飲んでおる。わしも飲みながら、貴君も飲みながらでもよかろう。受けてお立ちになられるか?


「承知いたしました。お受けいたしましょう。私もぼちぼち、飲みながらやらせていただきます」

 米河氏は、老紳士の申入れを案外すんなりと受けて立った。

「それはありがたい。では早速参ろう。さて、何から話したものかな」

「そこまでおっしゃるなら、話の題材をお持ちくださいよ」

「ああすまん。わしも気が利かなんだようじゃな。貴君にはちょっと、いわゆるシンクロというのかね、昨日散髪に行った折にひと悶着あったそうではないか」

「ひと悶着とのお言葉ですが、特にもめたわけではありませんよ」

「そんなことはわかっておる。貴君の数年前の作品が、今時の若い人に伝わったそうではないか。その作品の問題となる部分がどうかについてはちょっといかがなものかと思われる内容ではあるようじゃが」

「ええ、あの作品ですね。これを機会に、今時の「自己出版」に回してみようと思っておる次第です」

「それは結構な話である。大いにやられたい」

「ありがとうございます」


 ここで、森川氏は持参した一升瓶から液体らしきものを湯呑茶碗に入れ、幾分飲んでから述べた。

「私が貴君に問いたいのは、他でもない。貴君はこのところ趣味と仕事の兼ね合いの話を扱っておるようであるが、我々の接点間において、かくも本質的な話をこれまでお互いに、真剣に論じたことが果たしてあったかなと」

「趣味と仕事の話であるとするなら、確かに私や大学のサークル関連の方々においては本質的な話とやらにつながらんこともないでしょうが、森川さんと私の接点における本質的な話とのお言葉となれば、まさか」

 お互い酒を飲みながら、少し間を置いた。

 次の言葉を述べたのは、老紳士のほうだった。

「そうじゃ。そのまさかである。養護施設にいる子どもらも去ることながら、職員たる者らの生活というもの。ここでは、私生活と仕事という対立事項において、わしらはもっと真剣に論じなければならぬと思うが、貴君の御意見や如何に?」

 米河氏は、さらにウイスキーのロックを口元に流し込み、述べる。

「それは全くおっしゃる通りです。部屋割云々、中舎制の寮のタテ割り横割り云々もそうですが、根本的な日常生活。子どもだけでなく、そこに働く若い職員各位の日々の「暮らし」ですね。まさに、中学校の地理の教科書の中見出しでありますが、そこをこれまで、論じていませんでした。それは直ちに、論点として論ずべきものであります」

 森川氏も、一升瓶の液体を口にしつつ、述べる。

「では、早速、その点について今日は簡単に議論の枠組みを作ってみましょう」

「それがよろしいかと」

「そのうえでまず論ずる比較対象であるが、おいかがか?」

「最初に私が提示しました、典型的な核家族家庭を念頭に置きつつ、ここは論ずるのが妥当かと思われます」

「そうじゃな。くれぐれもこの度は法令の云々という話ではなく、あくまでもよつ葉園という養護施設に縁あっておる子どもと、その子らの世話をする大人らの普段の生活を論点として論じていこうではありませんか」

「異論ありません。それでは・・・」

「この度は、私から述べさせていただきたい。貴君はどうしても法令云々の話に持込みがちであるから、ここは私がたたき台をお示しする。愚見に対しその当否を思料された上で、米河君の御卓見をお述べ戴ければ幸いである」

「わかりました。では森川さんより、お願いいたします」


 お互い酒を飲みながらの、対談再開である。

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