第12話

    三十四


 祷の部屋に揃った四名と一匹は、職人たちの一挙手一投足を見逃さないように努めていた。部屋に籠ったのは、その挙動の対策を話し合うためであった。

 夢は、

「赤外線センサーを引く理由は解るけど、米さんが殺されたから、なんだか気持ち悪いよね」と、堰を切った。

「殺人光線なんて代物は、稲妻よりも手に負えないもんね」

 祷は、闇雲な話しをするつもりがなく、一連の筋道に拘っていた。

『先ほど食堂の中を歩いて気付いたのですが、カーペットの下に何か仕込まれたようですね』

 うさぎは、思念で参加していた。

「床暖房が故障しているらしく、取り敢えず、ホットカーペットを敷いて急場を凌ぐ、ということでした。違和感は、弾力? ですか」

『大塚さんの手配じゃないのですか? ささくれだった感触は、電熱線がはだかになっているのかも知れません』

大塚わたしは、指示されたことのみに動きますから、職人がそれらしい行動で、漏電を仕込んだ? のかも知れませんね」

「そういう盲点を突くのが、悪党の役割なんじゃないかしら?」

「明美さんの云う通りよね。だとすると、通電させるためには、水が必要になるわね」

「ミネラルウォーターを買い込んだことが、裏目に出ないと良いわね」

「電気に関しては、一般人が手を出し辛いもんね」

『その引け目が、悪意を増長させます。先ほど写真に残したジョイントにしても、圧力を生み出すためには、電気を必要とします。そう考えると、ジョイントは水の流れを止めるだけのダミーで、蛇口を捻ると、ガスが出ることが予想できますよ』

「そっか!!」

「何を気付いたの? かなちゃん」

「ガスは重量比で、宇宙そらに昇るよね。それが部屋の中なら天井になり、発火装置は蛍光灯、若しくは電球ってなるよね」

「ガス爆発? 山荘ごと吹き飛ばすつもり、ってことになるわね」

「水道は逆流防止のために、圧力がかかっているもんね」

わらっちゃうね」

「女子供と甘く見ているようだね」

『片寄った智識ソフィアは、傲慢を生み出しますからね』

「とんだ要塞だね? この別荘は」

『人が人のことを知らないうちは、文明が玩具に成り下がります。今が存在するのは、過去の礎があるからです』

「そう云えば前に、未来は今の延長線上にある、って云ってた? よね」

「今の文化に、変化いろどりを加えたものが光を取り込み、内部屈折で色を反映させるんだよね? 祷ちゃん」

「命の尊さを教えるしかないようですね」

「では、少し肌寒いですが、窓を全開にしてきますかね」

 大塚明美は云い、いそいそと部屋を出て行った。大塚おとうとも、寡黙に後にいて行った。

 一般的に見回りは、戸締まりを確認するものだが、この行動が死亡現場を目の当たりにしていない者たちの油断を引き締めることになる。

 臨場感はヒリヒリと、誰彼だれかれ構わずに伝わっていた。どちらかと云うと、肉体労働が似合う者たちが、そこに集まっていたからである。


 開かれた窓に、矢文と覚しき飛礫つぶてが投げ込まれた。包まれた紙に記載された内容は、内閣府の仲間たちが、埋伏を済ませたことを知らせ、警察官の突入と同時に、裏口から退避して欲しいとつづられていた。

 警察署は、須藤長官の指揮で、警察庁が抑えるらしい。星一派を捕らえた、佐々木たち警察関係者ごと捕縛する計画と書かれていた。

 姉弟おおつかが部屋を出たのを確認して、飛礫は投げ入れられていた。万が一に備えたのは、祷夢しまいと一匹の命を考慮してのことだろう。面識のない祷夢しまいに信頼感を持たせるためのものであった。


 不意に、電気が遮断された。

 祷夢しまいは内心『きゃっ』とさえずったが、刹那に目線を移し、それぞれに電源を確認していた。

『大塚さんが、ブレーカーを落としたのでしょう。騒ぎに便乗して、食堂のホットカーペットのコンセントを外してきます』

 うさぎは、祷夢しまいに思念を送りながら、たまえを動かしていた。

「ならあたしは、暗闇に乗じて、ミネラルウォーターに、元素なにかを混入させないように見張りに行くね」

わたしは、逃走経路を確認してくるわ。大塚さんを見つけたら、蝋燭ロウソクを準備するように云ってね」

 眼が闇に慣れるために、つむったままの会話であった。瞬きで慣れるのを確認してから、祷夢しまいは行動に移っていた。



    三十五


 大塚は、ロウソクを随所に置きながら、水道の使用禁止を云って廻った。蛇口を捻ることで、別荘内部にガスが流れることは伏せていた。敵味方を無しにして、犠牲者を出さないための考慮からだった。


 身体能力の高い者たちだけに、極度の緊張感から、喫煙することを想定内にき、爆発を避けるための考慮であった。

 たまえのように夜目が利くことのない人間たちには、闇にある種の恐怖を抱くもの。してや命の危険を知らされて連れてこられた内輪かんけい者である。覚悟があると口にすることさえも、虚勢の可能性が高い。咄嗟の時に、我が身可愛さが出ても、なんの不思議もない。星一徳でさえ、冷静さを保てる謂れもないのだろう。随所に錯乱をみせている。

 混乱に乗じて失くすもの? それを命と知らぬ者たちの行動は、想定内に治まる訳もなかった。

 修羅場という状況は、うさぎの云う「最後の最期」となるからで、意図するよりも、想定外のイレギュラーが生み出すもの。所詮人間は、我が身可愛い思考で成り立っている。歴史を歪曲してまで筋を通す謂れは、今生の礎でしかない。正義と云わしめる心に、悪意というかげを誰しもが持っている。だから、生臭なまぐさ坊主ぼうずと云われるし、天国に行けるとは限らない。天国と地獄の両極を決めるのは、神々ではなく、善悪の秤に従うのだ。その秤は、重力や引力の影響を受けず、想いを熱量とする真心に従っていた。


 うさぎは、動揺が行き交う別荘内に措ける危険箇所の総てを、正常化クリアーする為の思案にくれて終った。その結果、要塞になるはずの別荘を捨て、投降することを仄めかした。命を守るために、法の落とし穴を説いて、各人が生き延びることを訴えたのであった。

 法学部で学んだ、星一徳にとって、阿弥陀籤ほうのぬけみちは、自尊心プライドくすぐられたに違いなく、簡単に言い含めることに成功した。

 親玉が靡けば、周りは自然に、同じ方向を向く。虚勢を張っていたことはそれで窺い知ることができた。その他大勢であっても、安心感に溺れるのが一蓮托生だからである。


 大塚姉弟に投降した一蓮托生は、剪定を終えた芝生の上で、佐々木の率いる警察けんりょく関係者を待った。

 祷夢ふたごとペットのたまえは、労せずに、内閣府の仲間たちと合流した。別荘内部は、警察側が引く規制線で、もぬけの殻になり、後日、臨場となるはずだった。その調べは、内閣府に一任されることになる。

 一般市民の祷夢ふたごは、安全確保の体裁重視の観点から、放免されるはずだった。証人喚問を行うための出頭命令に従えば、身柄を拘束することはできない。その結末を知る佐々木は、悪足掻きといえる筋書きを閃く。執拗な欲が、植木うえきに追跡を命令して、内閣府の仲間たちとの逃走劇が勃発した。そのイレギュラーは、過酷を極めたが、追跡を眩ますために、仙人が現れて、内閣府の仲間たちもろとも、煙りのように姿を消した。うさぎが謀ったのは同化のようにみえたが、神々からの思念で、結界が造られたのであった。そんなことを知らない植木等は、投身で命を落としたと思い込み、佐々木にそう云った報告をあげていた。

 まんまとやり過ごしたことで、油断を仄めかした仲間たちの会話は安心感から、見下した発言となっていた。

 うさぎはそこにうごめくものが悪意と悟り

『謂れなき行いは、人のサガですが、その行いによる結果は、現代人の心を蝕みました』

「どうしたの? 赤瞳さん」

「間違いが起こるのは、思い込みがもたらす『曰く』ですものね」

『神武天皇に足りたなかったものは、人のサガに気付けなかったこと、ですからね』

「何か、引っ掛かるの? 赤瞳さん」

「たぶんだけど、赤瞳さんが云いたいのは、欲深い人間の悪意のことだと思うよ」

「谺は義理とは云え、兄弟のように育ったのよ」

「義兄弟? ですか」

『谺の、お父様に施されたものが、義侠心となりました。学のない赤瞳わたしに、物事に纏わる道筋を教えてもらいました』

「昭和の時代は、人類みな兄弟、と口を揃えるような思考があったもんね」

「内閣府の特殊捜査班を束ねた、中里さんと、伊集院さんは、谺のお父様から、学問それを教わったらしいからね」

「その解釈は、日本人の総てが、神武天皇の子孫と導くための一節フレーズだった。だから、お年寄りに優しく、と続くんだよ、結衣」

『馴れ合いや、思い込みを正当化するための「謂れ」です。正否がそこにないことを教えています』

「なんで、ないの? 赤瞳さん」

「物語に結果は『憑きもの』だけど、人生の結果とは、終わる時に気付くから? だと想うよ」

『似ていますが、想いと思いの違いです。正否と云うものは、自身の観点でしかないですから』

「ということは、今回の結末に、犠牲者を出さないための配慮した、理由なんだよね」

『山荘に残って終った曰くに、どろの上塗りをしないためです』

「それで、文明をおもちゃ扱いした? わけなんだね」

『人の噂は七十五日と云いますが、隠された意味は、いつしかです。その忘れた時に発生する怨念が、怪談となります』

「よねさんの供養をして、御霊みたままつりましょう」

「諸外国の方々は、その魂を奉る儀式や倣わしを知りません。戦争に限らず、災害で亡くなった方々の志を、善しとするための儀式が、仏教にあるから、日本に定着したんだからね」

「だから、過去の礎の上に今があり、その延長線上に、未来がある。ってなるのよね」

「人だけでないから、『彩り』って、例えてなかった? かい」

「人それぞれの個性を『感性』と視るから、創世主を、感性様と設定する理由でしょっ」

「それは、困った時の神様恃みを卑下したからだよ。だから最後の最期は、自らで決めるのさ」

赤瞳わたしが居なくても、何も変わらない日常が訪れます。信じるものは自身ですが、それが正義と想う傲慢を、蔑んで欲しいからです』

「赤瞳さん、居なくなる? つもりなの」

赤瞳わたしが、愛猫たまえに宿ったのは、祷さんと、夢さんに託された希望ことのはが、神武天皇の誓願おもいだったからです。その誓願に靡く、乙女さんたちや元武将たちの意趣返しは、赤瞳わたしにしかできませんから』

 うさぎはそう云って、たまえ朱眼あかめの色を元にかえした。心地好い神風が吹き、一件落着のしきいを超えて行く。そこに居る者たちの心はそれで、洗われていた。



    三十六


 祷は報告を兼ねて、栞の元を訪れていた。良からぬ輩たちは、法の裁きを受ける。それは規則ルール遵守まもれる、大人の嗜みだったが、本心では、今後を相談するつもりだった。亡くなった肉親の志は、栞の方が理解しているからである。うさぎのいう時代背景は、経験値として刻んだ者の心が、ことわりとして刻みつけているからだ。

「思い詰めた顔色ですが、愛猫たまえを連れているところを診ると、決断した? のかしら」

「お見通し? ってことなんだね」

姉妹あたしたちが懇願しても現れなかったうさぎさんが、現れた理由が別にあることは、想像おもい範疇できたからね」

「? ねぇおばさん、わたしの命名って、どんな理由けいい? だったの」

「?! なんで」

「祷・夢・賜。いのり、かなえ、たまえ。紬姉妹おかあさんと重ねた想いって、あったんでしょう」

あたしたちは、重ねたものに気付かせるための名。あなたたちは、踏み出すための名よ」

「それ? で」

「何? があったの」

「姿を眩ませられたのね」

「神々様の恩恵を授かった? のね」

「もしかしたら、うさぎさんへの恩恵だった? のかも知れないけれど」

「うさぎさんが、そういった? のかしら」

「違うけれど、乙女さんや、元武将さんたち、御先祖様の想いを、怨念に変えないために行動して欲しいみたい」

「ならば、結界に参じて、真相をはっきりさせないと? ダメよね」

「一緒に行ってくれる? よね」

かな? はどうするのよ」

「今回は、お留守番。海の物とも山の物? ともつかないからね」

「其を云うならば、鬼が出るか蛇が出るか? でしょう」

「そうなの? たまえ

『足りないものを補うためには最適な場所です』

「足りないの? わたし

あたしにも足りないのならば、それは経験? なんじゃないかしら」

希望おもいは、膨らむもの。宇宙げんせには限りがありませんからね』

 たまえの眼から発する光線が虹色に変化して、橋桁はしげたのようになった。その橋桁の間隔は、人それぞれに違う。確実に踏みしめながら進む、この世の倫理なのだろう?






  第二章 完


            第三章に続く、かも?


 

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