第11話

    三十一


「赤瞳さんの提案は、これ以上犠牲者を出さないためのもの? だったはずよね」

「どうしたの? 急に」

 警察署に向かうタクシーの中で、夢が疑問に気付いた。

「松本さんは死なないけれど、佐々木の手の内の者が、殺されるような気がしてならないのよ」

「佐々木のエスが殺害されてしまった以上、星一徳側の人間が狙われるのが、筋道セオリーよね」

「たぶんその筋道のために、博正おとうさんが、一徳あのひとエスとなり殺害されていることから、始まっているんじゃないかな」

博正おとうさんを殺したのが、佐々木一派ってことなんだろうね。もしもそういう話しを仕込む? としたならば」

「大塚さんには無理だよね。わたしがいっちょう、たぶらかしてみるか」

「赤瞳さんの仲間たちが出てきやすいように、元素殺人事件の予告が良いんじゃないかな」

「そういえば、米さんが、水道管の不具合を愚痴っていたよ」

「そういう方面の愚痴は、金持ちの自尊心プライドが許さないだろうしね」

「よし、セレブにうつつを抜かしている汚名を灌ぐために、頑張るとしますか」

 祷は、そういう意味で云ったつもりはなかったが、本人のやる気を削がないために、沈黙していた。場合によっては、大塚と分担すれば、学閥である須藤の立場も保てる、とは考えていた。


「今日は、お迎えはなかったようですね」

 明美の発言で、先走っていることに、祷夢ふたりが気付いた。内心で『はっ』としたのだろう、顔を見合せていた。

大塚おとうとには、弁護士としての仕事がありますからね」

 明美は場を繕ったつもりだったが、

「今日の警察署内は、やけに静かなようですね」という、祷の疑問で、

「警察庁に遺体を搬送するようにと、御達しがあったようで、皆さん慌てていましたけれども?」と、捜査員が出て行った経緯を口にした。

「ならば、此処に居る謂れがないので、外でお茶でもしながら、仲間ちわ話しでもしましょうよ」

 夢が云い、連れなって、警察署を出た。


 警察署の前の道が幹線道路になっていて、都合よくはす向かいに、ファミレスがあった。幹線道路に並ぶお土産店の従業員たちの、憩いの場となって居るのだろう。前掛けを掛けたままの従業員らしき人達が、中に入って行く姿が見受けられていた。


 都会のファミレスとの違いは、回転の速さだろうと想えるほど、利用客の表情は、明るく和やかに、時間が流れていた。かくゆう三名も、保身に走る捜査員とは違い、時間に無頓着なほうであった。

「此処なら周りに遠慮せずに、歯にきぬせぬ話しができるわね」

 夢の天然が、本心をさらけ出した。

「今捜査員たちが慌てているのは、祷夢わたしたちが、須藤さんや内閣府の特殊任務捜査室を動かしたからなんです」

「ということは、事件の解明が、粗方あらかたできたから? ですよね」

「一応、というだけ? なんだけどね」

「それを、お聞かせ頂けますか?」

「始めにお断りして措きますが、今回の被害者は、佐々木一派の手の内の者です。佐々木が裏切りを警戒して送り込んでいたエスのようです」

「本部長と云えど、組織の中では、獅子身中の虫に気を配らなければ、立場が危うくなるでしょうからね」

「須藤さんから、何か教えられているのですか?」

「キャリア組というのは、脚の引っ張りあいで、浮き沈みしますから、犬を飼うことなどは、悪びれていないようです。ちなみに明美わたしは、飼ったことがありません! けれども」

「良からぬ噂が、絶えなかったみたいだもんね」

 夢が取り繕い、エスの話しを切り上げた。

 祷は概要を、

「犯行は、建築関係の方が使うレーザー光線で、殺人光線にするために、コンセントから電気を引き込んで、金物の反射を利用して兵器にしたようです」と、説明した。

「金物での反射、ですか」

「科学者じゃないから、よくは解らないけど、金物の熱伝導を利用たらしいよ。足元をはう横線が遮断されると、上へ切り替わるようで、その光線が反射する際に、熱を乗せたんだって」

「バーベキューで使用する金網を固定具にしています。熱量を乗せれば、放射性物質も便乗するらしいので、光線が微妙にずれてしまうみたいです。それ等の跡形を消したのが、松本さんだったということです」

「設置したのは、別人なんですか?」

「昨年の夏に、夢たちが訪れた時には、脚の踏み場がないほど散乱していた内部が、整理されていたことと、反射角度の計算を、松本さんには無理でしょうから」

「バーベキューでの使用済みが処分されて、新品に変わっていたからね」

「口封じのために、松本さんが殺される恐れがあったので急遽、というのが、捜査員たちの慌ただしさの原因なんです」

「息をつく暇を与えないために、祷夢わたしたちが別荘に戻ることにしたんだけど、過去からの因縁を含む連中を引きずり出すために、大急ぎで企まないといけないことが、できちゃったんだ」

「策を講じる訳ですね」

「かなちゃんが、星一徳をおびきだしますので、明美さんが、佐々木に陣頭指揮をとるように、持っていってもらえませんかね?」

「それは、明美わたしよりも、須藤の方が良いのでは?」

「須藤さんは、内閣府を暗躍させるために動くんだよ。できれば、明美さんひとりで、なんとかしてもらいたいんだ」

「なんとか、できますかね?」

一徳あのひとが、良からぬ輩を引き連れて、別荘に立て籠ったという、似せ情報を流してもらえば、保身のために出てくるとは、なりませんかね?」

「似せ情報、ですか?」

「裏社会から手に入れた、元素兵器を持って立て籠った、なんてのはどう? かな」

「元素兵器、ですか。佐々木は、その恐ろしさを知っているのかしら? 殺人兵器に精通しているとは考えにくいので」

「国防レベルらしいから、佐々木クラスなら知っているはずなんだけどなぁ?」

「出世した方が、実在しています。国家機密ですから、出世のためのエサになるはずです」

「解りました。やってみます」

わたしは、一徳あのひとをたらし込むから、別荘で合流ということで、宜しくね」

 夢は云うと席を立ち、星一徳に電話を掛け、老朽化した水道管の交換作業をそそのかすために、歩きスマホをしながら店を出ていった。

「それでは、明美わたしも準備に取り掛かりますので、失礼致します」と云い、大塚明美も、夢に続き出て行った。

『似た者同士なのかしら? あのふたりは』

 祷は想い、注文してしまった三人分の飲み物を飲んでから、別荘へ向かうことになって終った。



    三十二 


 閑静な別荘が、嵐を受けているように賑わっていた。

「ねぇ大塚さん。防犯カメラの手配はしてあるよね」

「はい。一徳しゃちょうが云うには、人里離れた場所だけに、自家発電を一緒に装備するらしいので、連れて行くと、云われました」

「金持ちの道楽、なんて云うくらいだから、要塞みたいにするつもりなのかなぁ?」

祷夢こっちにとっては好都合じゃない。高みの見物を決め込んで、タマエの散歩、山の散策に行かない? 夢」

「こんな埃っぽいところは、うんざりしちゃうもんね。大塚さんも、都会の喧騒のような此方ここにいるよりも、酸素濃度の高い山の恵みにあやかろうよ」

「そうですね。祷夢おふたりの想いでも訊いて、現実逃避したいほどのですものね」

 大塚自身が寡黙の愛好家なのか? 役割分担を決めていないことが、それぞれが操られているように感じている。見えないものに操られることも確かにあるが、ではないことを知った。安心するために、観ている未来さきを、訊いて措きたかったようだった。

「そうそう、留守の間に、明美おねえさんが来るといけないから、電波の届く下界ここで連絡してくれると助かるんだけどな?」

 夢に云われ、『あのお嬢様が、これ程と機転を利かすとは、できなかった』と、自身の視る目のなさが、癪に障っている。老若男女を問わず、活躍する場所は、意外なほど色鮮やかに、煌めいてえるのであった。


「かなり近くに居るようです」

 大塚はスマホをまう前に、祷夢ふたりに告げていた。

「取り敢えず外にでて待とうよ」

 夢は云うと、気忙きぜわに脚の踏み場を確保するように、螺旋階段に向かっていた。追従するふたりも、手をマスク代わりにしながら、家屋外にでていた。水道の支管が顕になった溝に足場が掛けられていて、おっかなびっくりに渡り、明美を待つあいだ、工事を観察していた。

 夢は、「施工写真ではなく、記念撮影だからね」とのたまって、祷と大塚を写真に納めた。

「お待たせ致しました」

 明美が罰が悪そうに小走りで近づいていた。

 四名が揃ったので、祷は小脇に抱えたタマエを地に措き、リードの端を握り締めて山に入って行った。人間の方向感覚よりも確かな、タマエの嗅覚? を先頭に、山の神所有の泉に向かっていた。

 普段から運動不足を否めない大塚を気に掛けながら、四名が獣道を進み、その神聖な場所にたどり着いた。

 明美は、泉から溢れる水で、ハンカチを湿らせた。眺めている三名を余所よそに、大塚に無言で差し出した。

「ありがとう、明美ねえさん」

智昭あなたから礼を云われるなんて、何年ぶりかしら?」

「それが、神様からのご褒美なんだよ、明美さん」

「そうなのよね。厳格に佇む山に宿る、山の神様は、父の印象に想われがちですが、数多の生命体を生み出した癒しの女神様らしい? ですよ」

『人になる前の、御先祖様を産み出した、神聖な場所ですから』

「これは、木霊に化けた、なんちゃって科学者の思念なんだよ。大塚さんにとっては、懐かしい『御仁』でもあるよね」

「うさぎ赤瞳さん、ですね」

「赤瞳さん曰く、純真な心根に帰らないと、霊魂ごせんぞ様との疎通ができないらしい、です」

「天国か地獄か解らないけれど、生前の悪意を浄化された霊魂は、記憶さえ、なくして終うらしいからね。でね、これは明美さんを待つあいだに撮影したものなんだけど」

 夢は云って、スマホの写メを、三名に見せた。

「これは?」

 大塚は云って、溝の中で二本の支管をつなぐ、ジョイントを指差した。

「これが誰の差し金か解らないんだけれど、佐々木か、星一徳のどちらかが、別荘に居る全ての者を、亡き者にしたいみたいなんだよね」

「元素殺人事件を仄めかしましたが、満更、嘘ではないのです。この支管の一本がガス管で、連結されたジョイントが圧縮機になっているのでしょう」

「液化して混合させるつもりみたいだね。わたしたちは、機械ロボットじゃない、って云いたいよね」

「K大学にその写メを送り、直ぐに調べてもらいます」

「生物学の教授に、機械の仕組みを訊くの? こっちには、内閣府の仲間が居るんだよ。誰かが死んでからじゃ遅いんだよ、大塚さん」

「も、申し訳ありません」

「かなちゃんは別に、怒っていませんよ。あたしの両親は、呆けが生み出した油断で、亡くして終いました。最後の最期は自分で決断して、生き永らえて下さい」

「その覚悟が、タマエからの贈り物なんだよ」

 夢は云って、祷を視やった。

「蟠りを飲み干すために、これを使って下さい」

 祷は云って、乙女おちょこを差し出した。

 明美と大塚は、何も知らずにそれで、泉の水を掬い飲んでいた。

 返してもらうと、

「これが、悪役みんなが狙っている、神武天皇の子孫に受け継がれる、秘宝なんだよ」と、夢が説明を入れた。

「努力した証の汗と、それを無碍むげにされた証の涙を、この水に混ぜて飲めば、ひとつだけ願いを叶えてくれるらしい、です」

「それが、乙女、なんですか?」

「そういうこと」

「御託を云う前に、その効力が働く理由を考えて下さい」

「佐々木にしても、星一徳にしても、なりふり構わずに努力した経験なんてないはずだから、ご褒美なんて貰える資格がないんだよ」

「命は天秤に掛けられないですし、誰かが死んでからでは、取り返しがつかないのです」

「知っているんでしょう、大塚さん。佐々木一派に潜む、星一徳のエスを?」

「駆け出しのキャリア組、ということしか、教えられていません」

「なら、大塚さんがする事ってなに」

「ホームセンターに行って、飲料水を買ってきます」

「じゃあ、誰か死ぬ前に、行動に移さないとね」

 夢に云われ、大塚が、童心に帰ったように、ひとりで下山して行った。

智昭おとうとが、ご迷惑を、お掛けしました」

「迷惑なんて、とんでもない。祷夢わたしたちは、大事なを亡くした経験があるだけです」

「明美さんには、そんな想いをさせたくないだけなの。さっきの写メを、内閣府に送りたいんだけど、須藤さんのアドレスを、教えて貰えないかなぁ?」

 夢に云われ、明美が夢のスマホから、写メを送信した。

「序でに、連絡先も登録して措きます」

「ありがとう、恩に着ます」

「それじゃあ、あたしたちも下山しようよ」

 三名と一匹が、木漏れ日に照らされて、仲睦まじく、下山していった。



    三十三


 下山した女子三名を、星一徳が待ち構えていた。下山中に、それを確認できた時点で、「女子三人が集まれば、かしましい、作戦でいこう」と、口裏を併せていた。


「ご無沙汰しています」

「おぅ、祷ちゃん。しばらく見ない間に、綺麗になったな」

「毎日見ないから、珍しいだけでしょ? まな娘が殺されなくて、残念で仕方ないって、顔に書いてあるわよ」

「憎まれ口を叩けるようだから、心細くはなかったみたいだな」

「祷ちゃんが傍についていてくれたからね」

「残念でした、一徳おじさま。血統書付きの猫を贈ってまで、居場所を確認した訳は、あたしたちの位置情報を確認して措きたかったからですものね」

 祷は、遠回しに皮肉を込めていた。悪戯な妖精たちに羽根を与えた理由は、希望という自由が隠されているからである。

 そんな笑みを含むんでいたのは、乙女の感性をうらやむ宇宙の星たちの放つ、届いた時に淡く映る光線が理由であり、欲を萎ませることのひとつであることを意味した。祷が模索したのは、姦しいではなくの意味合いであった。ただうるさいだけの三名ではなく、言葉という文藝を目指した理由でもあった。それは法律家を目指した頃の、『若気の心根を思い出せ』という、押し問答を試みていた。

 そのような、高度な言葉遊びをしたことがない一徳は、類は友を呼ぶ、の論語通りの輩に落ちて終った。ルールを守れない大人という、意味あいが込められていたのであった。


「防犯カメラの配線と一緒に、死角を無くすための、赤外線センサーも取り付けるので、工事は終了していないが、足元が冷えるから、中へ入ろう」

 一徳は云って、後を気にせずに、別荘に入って行った。祷のような講釈を垂れる仲間は、殺されて終った、天命博正だけだったのだろう。逃がした魚は大きいと吹聴するだけの仲間しかいないと暴露している。もしくは、傲慢が故に、能ある鷹は爪を隠す、という賢人が寄り付かないことを証明してもいた。

『先手必勝だもんね』とあいコンタクトをする祷夢ふたりは、してやったりの笑みを造り、声を抑えながら高揚感に浸っていた。

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