第10話

    二十八


 大塚が、松本を連れて、祷夢ふたごを迎えに、部屋までやって来た。積年の蟠りを解消した祷夢ふたりと一匹は、用意を済ませて、待ちわびていた。連れなって向かった先は、警察署であった。


 大塚が、「警察は、祷夢おふたりのうちのどちらかを、犯人に仕立てあげたいようですが、そうは問屋が卸しません。別々に調書をとり、食い違いはなかったのですから、応接室で一緒に、事件をかえりみませんか」と、最初はじめから、意向を伝えていた。

 急遽、用意された部屋は武道場で、取り調べ室ではなかったが、祷夢ふたりが寛いで座れることを主張したために、茶部ちゃぶ台を置かれていた。革靴を履く刑事に申し訳なく想い、婦警が対応することになった。


 松本は、昨夜帰宅の際に、自宅室内まで家宅捜索されていて、雨宮米との因縁を疑われ、取調べ室に連れて行かれた。殺されたのが米なので、殺害方法が解らないまでも、容疑が掛けられて要るようだ。そのための逮捕状は用意されていて、この後は留置場に移ることを説明して、刑事が婦警と代わっていた。


「大塚 明美あけみです」と、名乗った婦警は、祷夢ふたりに愛想笑いを振り撒いていた。祷夢ふたりは自己紹介を受けて、『仕組んだな』と想っていた。

 昨夜、うさぎの説明で、警察関係の総てが、敵という印象が拭えない今、信用できる身内を用意したのだろう。大塚明美は、神奈川県警所属の婦警だと、大塚が耳打ちしていたからだった。


「須藤長官は、神奈川県警出身ですから、明美わたし移動まわされるのは致し方ありませんが、大塚おとうとが絡んでいるとは、考えていませんでした」と、明美が語った。

 祷は、タマエをみせるために、明美に手招きをした。自然に近付いた、明美の耳に、

「別件の容疑者が、須藤長官の学閥らしいからです。筒抜けに注意して下さい」と、耳打ちした。覗き込む仕草の夢が、利き手の人差し指を口に当て、盗聴器が仕込まれていることを教えていた。

 それを理解させるために、

「事件に遭遇した、祷夢おふたりが、自らの潔白のために推理します。大塚わたしたちふたりが、それを客観的に吟味して、早期解決に繋げて欲しい旨を、昨夜相談されました」と、説明した。

「その為に、管轄外の明美わたしが、矢面に立たされた訳なのですね」

「警視の身分を持つ婦人警察官は、そう居ないですからね」

「明美さんは、キャリアだったんですね。無礼はお詫びして措きます。ご免なさい」

「星産業の養女になった、夢さん、ですよね」

「高慢ちきな女性と、明美さんは想っていたようですね」

「そう云われる、あなたは非公認の神宮の後継者ですよね」

大塚わたしが拘わる方は、それなりの尽力をしている方ばかりですからね」

「解りました。不正が働かないように、明美わたしも尽力致します」

 明美は云って、闘志を燃やすことを、瞳で語っていた。


 これといって、目ぼしい成果を残さずに初日を終えた。女子会にも似た女の園にいたたまれなくなった大塚は、植木が流すデマ情報を聴きに、捜査本部の近くを彷徨うろついていた。

 配電盤のブレーカーが落ちていたのを、三名を別荘に連れて行った警官の一人が上げた、という事実が判明したことと、米が絶命したのは、出血性ショック死で、死亡時刻が、午後一時頃と推定されたことだった。松本は、黙秘権を貫いているらしい。


 ホテルの部屋までついてきた時に、

「足場がないくらい散らかっていた納屋を、潔さんが一人で片付けた理由は、几帳面な性格だったからなんだろうね」と、夢が思い出したように口にした。

「確かに仕事は几帳面でしたが、借金で首がまわらなくなり、日払いだったのですよ。完成した時には、整理されていませんでした」

「網に鉄板、フライパンまであったわよ」

「それは、わたしが、バーベキューをした時に買ったものよ」

一徳しゃちょうが小遣いを渡すのを、大塚わたしが冷やかしましたよね」

「ちょっと待って、納屋に立て掛けてあったものはどれも、新品だったわ」

「そんなはずはないよ。使わなかった道具はなかったよね? 大塚さん」

「洗って片付ける、といったのは、米さんでした」

「まさか? 米さんが洗わずに捨てて、新品を買って措いた、なんてことはないはずだもんね」

「もしも、もしもだけど、誰かが新品を用意していたならば、米さんは納屋に入った瞬間に、違和感を覚えて立ち止まったはず? よね」

「立ち止まったら、どうにかなるの? 確かに殺害しやすくなるけど、吹き矢を放つには、正面から放つ方が射ぬく確率は高いよね」

おじょう様、松本さんは職人ですから、しるしを的として、殺人をするはずです? ならば袈裟にすれば、右上から狙えませんかね」

「狙えるよね?」

「ちょっと待って下さい。上から斜め下に、しるしを付けるなんて、確率が下がるだけで、無謀すぎます」

「殺人に、建築家は関係なく、なるよね? 大塚さん」

「松本さんが、米さんを殺害する理由があるとすれば、溜め込んだへそくりに目が眩んだ? とかですからね」

「松本さんが命令下で殺害したならば、借金は帳消しになっていても可笑しくないわよ。桔梗家という銘菓があるわよね? 山梨県には」

「松本さんが、命令下で殺害するなら、建築家の道具を使った方が実行しやすいよね。そういえばレーザー光線を張って仕事をしていたような気がする。縦と横を交差することが出きるから、って光線を発する機械を自慢してたわ」

「建築道具なら、人体に被害がないことが、基準になっています」

「電気って、帯電させることで、熱として貯められるわよ。IHなんて宣伝しているからね。レーザー光線を反射させる際に、貯めた熱を乗せたなら、人工稲妻にならないかな?」

「明日、明美あねに云って、科捜研に調べさせましょう」

「盗聴されているかも知れないから、ここに呼んで連絡してもらった方が良いんじゃない」

「そんな遠回しをしなくても、今ここに、なんちゃって科学者が居るんだけど?」

 祷の意見で、タマエが注目の的になった。素知らぬ姿を晒す、タマエはベッドの上で毛繕いに励んでいた。



    二十九


「ねぇ、タマエ。科学の知識を借りたいんだけど?」夢は、へつらうように、たずねていた。

 タマエは居住いを正す? かのように座姿勢になり

『推理を話して下さい』と、思念を拡散した。

 夢は自信なさそうにして、眼を逸らしていた。

 祷も自信は無かったが、レーザー光線で殺人できるのか? という曖昧な部分を聴き出すために腹を括って、仮説の推理を語り始めた。


「松本さんが犯人とするならば、今のところ動機が曖昧です。それでも、右上腕から左脇腹へ貫通させたがレーザー光線なら、凶器が重なります。それで考えた動機は、米さんが敵の手の内の者という可能性です。松本さんが借金で首が廻らなかった、というデマを拡散した張本人なら、動機には充分なはずですから」

『それで、赤瞳わたしに、科学的根拠を証明させたいのですね』

「光で、眼がつぶれる、という都市伝説を聴いたことがあるために、曖昧なんです」

『人が死んだ時の火葬は1600℃ですが、火事で死ぬ方は、1600℃以下です。それは、死という条件が火であって、熱ではないからです。もちろん、高温の熱も人を殺すことはできます。しかし今回は、直径一ミリ程度の線上のものですから、光線というのが正解です。

 ガスコンロの火が、色で温度を証明していますが、殺人光線にするための温度は推定、五百℃以上というところでしょう。貫通時の温度は、疵痕きずあとで計測できますが、速度で威力が変わりますから、反射を利用して、威力を増したのでしょう。そのあたりは、内閣府の仲間たちに調べてもらえば、敵に悟られずに証明されるはずです』

「可能、ということなんですね。ありがとうございました」

 祷は勝手に終わらせたが、夢と、大塚は口を挟む余地もなかった。

「大塚さん」

「了解です」

「簡単に了解して、大丈夫なの? 大塚さん」

「前に話しましたが、K大学教授の顧問弁護士ですから、敵に悟られずに連絡できます」

「宜しくお願いいたします」Ⅹ2

「後は、米さんの遺体が、荼毘に伏さないうちに、ことを進めなくては、意味がなくなります」

 大塚は云って、部屋を出て行った。帳が放つ睡魔に抗えなくなった、祷夢ふたりがベッドに倒れ込むように眠りについていた。


 一睡眠ほどなくして目覚めた夢は、いそいそと、コンビニに買い出しに出掛けた。深夜に食事を取ることで、騒ぎにならないために、であった。戻った時に、祷も目覚めていて、タマエにエサを与えていた。

「お帰り」

「ただいま。って、起こさないように出て行ったつもりなのに、起こしちゃったかな?」

「タマエに起こされたの。あたしの習慣は、タマエに通じないからね」

「良かった。腹ごしらえして、今後の想定だけはしておかないとね」と、いった夢がベッドの上に、購入したおにぎりやサンドイッチを、無造作に散りばめた。

「そっちの袋は?」

「脳を酷使するからね!」

 夢は意味深に云い、ベッドの頭方向に腰かける。タマエはそれで、一目散にそばへ移動した。祷がそれで、脚側あしがわに腰かける。サンドイッチを手にすると、タマエは、祷の方に移動して、体を擦り付けて、『わたしにもご褒美?』と云わんばかりに懐いていた。



    三十


 祷夢ふたり咀嚼そしゃくをしながらそれぞれに、考えを整理していた。

 切り出したのは、夢であった。

「米さんは、佐々木が、一徳あのひとの裏切りを想定して仕込んだ、諜報部員だったってことなんだね」

「そうなるわね。あたしはよく知らないけれど、別荘の購入時から居たのかな?」

「それは、大塚さんに確認する案件だね」

「そうだとすると、松本さんは留置場で、殺害されるかも知れないね」

「自殺? の名目しか考えられないよね。でも赤瞳さんは、別荘に戻った時に殺害されるって云ってたよね」

「矯正力には、イレギュラーもあるはずよ」

「桔梗家は味方なんだから、松本さんが殺されない方法を考えてないのかな」

「亡き義父ちちの口癖みたいだけど、祷夢わたしたちが矢面に立ってみようか」

「犠牲者を出さないためなら、それもありだよね」

「ねぇ、タマエ。人が死なない世の中にするための手段は、必ずあるはずだよね」

 祷は不意に、タマエに言葉を投げ掛けた。

 タマエはそれで、スフィンクスのようにうつ伏せになった。体内での葛藤は眼に見えないが、祷夢ふたりには、暗黙の了解がある。

 束の間ののち

『役者が揃わないと、幕は開きません』

「足りないのは、一徳あのひとだよね?」

「他に居ないもんね」

『明日。揃えるために、別荘に戻ると告げてはどうでしょうか?』

「ただ告げるだけじゃ、揃わないんじゃないかなぁ」

「第二の殺害の予告状を作っちゃおうか?」

『それもありですね。予告状に従い、防犯カメラを設置させれば、動き次第で、主犯格を晒せますからね』

「晒さなくても、解っているよ。その本意はなに?」

『佐々木と、星一徳の仲間割れを起こさせます』

「仲間割れ?」

「それで、桔梗家の存在が消えるの?」

『刑事もしくは、警察官が殺されれば、国家権力の「力づく」が生まれます。そこに正義が存在しない以上、須藤さんが内閣府なかまたちを動かしやすくなります』

「内閣府が動くだけで、警察組織を潰せるの?」

『潰すのは、佐々木一派だけです』

「須藤さんの学閥が、生き残れなかった場合は?」

『その為の、内閣府なんです。内閣調査庁や公安調査庁も手を出せませんからね』

「省庁の垣根ごと、黙らせるつもりなんですね」

「そんなことできるの?」

「冊子では、総理大臣や、官房長官ごと、仲間に引き込んでいましたよね」

『権力者と謂うものは、騙し合いが常套手段なんです。理想を語る上では、手を染めないと、ダメなものも、あるようですからね』

「だから派閥を組むらしい、ですものね」

「でた出た、雲海家の継承語句ならわし。祷ちゃんは、正当な後継者だけあるよね」

『培った絆は、容易く切れませんからね』

 その言葉に、祷が照れくさそうに、笑って誤魔化していた。祷夢ふたりの瞳の奥には、復讐の炎が燃え盛っているが、うさぎがそれをはぐらかすために、絵を描いていることは、まだ知らない。予知したはずの第二の殺人も、的が代わるイレギュラーを起こし、矯正力に抗えなくなるのかも知れなかった。

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