第6話

    十六


 子供心を思いだそうとしても、擦れてしまったことで、曖昧な記憶になっていた。大人たちは知らず知らずのうちに、天真てんしん爛漫らんまんを失くしていた。


爛漫らんまんこそが、自然科学の原点なのです』

 降り注ぐ日差しに乗り、思念が注がれてきた。


『卑弥呼さんの優しさが、ヤヌスの鏡であり。己れを知りなさい、と教えたものです。それに写っていた群がるものが、悪意を抱く者共ものたち。写るのは人間だけで、神々や悪魔は、実体を持ちませんから写りません。

 それが、類は友を呼ぶの謂れですから、身に積まされているはず。心という器量うつわが天真なのは、入れるナカミが不定物さまざまだから、整理することが試されます。自身だけでなく、お他人様も同様ですから、慈しむことも含んでいます。

 誕生日は、産まれたことを祝うだけではなく、未来ほうこう性の確認も含みます。折に触れ修正する方は、極めて稀ですから、そこで修正しなければ、間違った未来ほうこうへ一年間進んで終うからなんです。

 総体的にみれば、矯正力が存外な被害をもたらす理由に繋がっています。それさえも、感性が電磁波に乗せて教えてくれていることに気付いていません。気付くだけで、被害が少なくなるのですから、誰もが理解するべきなのです。

 今一度見直して下さい。人が人であり続けるためには、どんな形であれど、生き永らえなくてはなりませんから』


「ありがとう、うさぎさん」

 夢が想いを通わせて、うさぎの名を口にしていた。

 そんな夢を横目に、

「それでも可能性を見出だした理由は、支配かんりできるだけの経緯なにがしがあったからでしょ」と、祷が云った。

『神々の降臨が、理由きやすめになったのでしょう。ある時を境に、それも不可能になっています。不可解ではありますがね』

「ある時?」

『地獄で浄化された悪意が、地上に循環され始めた頃からです』

「だからミレニアムを境に、ブラックホールで還元するように変換した理由わけなんだね」

『その意図は、感性だけのものです。結果を知るのは、まだ未来さきになります。いち速く動いたのが、神々と赤瞳わたしということです』

「その先読みを、教えてよ、うさぎさん」

 夢の無茶振りに、親たちが眼を剥いていた。

『その一説が、人類の滅亡です。理想と現実の境界線が曖昧になったのは、地球の滅亡に繋げようとする企みなんでしょうね』

総人類みんなで考えなさい、ってことかも知れないね」

『戦争なんて、している場合ではないのですよ』

「そのうち、台風やハリケーン・竜巻などで、戦争ごと飲み込むんじゃないかな? その前に、命のおもさに気付かないとダメなんだよね」

天秤はかりに乗せられないもの? に気付ければ、手間は省けますよね、祷さん』

「また、図書館で調べて措くね」

『ならば、人を生贄いけにえにした理由を調べてみて下さい』

「生贄?って、命を奉納した、ことだよね」

『神と悪魔が一緒件にされた理由ですからね』

「そこに、二極性の謎が、隠されているんだね」

『想いを履き違えたから、迷信が生まれています。堕天使となった神は多くいますが、傲慢が蔓延した理由に、繋がるはずです』

「解った。心掛けてみるけど、古い書物はないかも知れない。その時はどうすれば良いのかなぁ」

『感性が、導いてくれます。信じる心は、魂と同一いっしょで、永遠に育むなんですよ』

「と、なると、遺伝子きおくに縋るしかない、ってことになるよね」

『肝に銘じることはひとつだけ、です。「最後の最期は、自分で決断して、命をまもって下さい!」 ということですからね』

「解った。今日は、ありがとう。三対二の矯正力に打ち負かされるのを、掬ってくれて」

「救うじゃないの? 夢」

 黙って聴いていた、栞が思わず口を挟んだ。

現世このよの中の、わたしたちふたりを掬ってくれたからだよ、おばさん」

 唖然に捕らわれる親たちも、現実の風に晒されていた。此処に居ない、うさぎと掬われたふたりが心を通わせて、天真爛漫な笑顔を覗かせている。昼間に観ることのできない光景は、レンズ星が一役かって、空気が結晶のようにキラキラ輝いていた。



    十七


 新年を迎えた、ある日のことである。祷は、不穏な空気を感じ取っていた。前に図書館で立ち眩みを起こした時に、心に、女神が降臨していたが、それに気付いていない、ということであった。不穏な空気感は、疎通を交わすことのできる、夢にも伝わっていた。

 離れた場所に居るふたりへ

『期は熟しています。後悔に打ち菱がれたくなければ、疎通の完了を目指して下さい。ご加護を受けるだけの善行は認められています』

 痺れを切らしたのは、余りの歯痒さに業を煮やした女神のほうだった。うさぎを利用する経緯は、ふたりに伝えてないが、幽体離脱した時に、同胞になった謂れを残していた。


 人が因業を背負うのは、優先順位を見間違うからで、未来を容易く確認できないからである。経験の少ない子供たちは、それを糧にできないからだ。人それぞれに違う経験をするのは、好機という巡り合わせに左右される。人生の醍醐味は、ひとりの不安時に、試されることが多い。


 不穏が不安に変わったのは、中学校の制服をあつらえに行った時だった。学区の違う、ふたりが同じ洋裁店で誂えてしまい、勘違いが生じ、同じ制服を新調していた。

 その確認を怠ったために、卒業式に慌ただしくなる。紬と、博海が、式典に遅れて出席することになったのは、矯正力にほかならない。矯正力の発生は、強盗に扮した組織てきにとっての好都合で、襲撃されて帰らぬ人となった。


 そんなことも知らずに式典を終えた栞が、姉夫婦の姿がないことに気付き、夢に寄り添って、祷の同伴で学校を後にし、雲海家にやってきた。

 火事場は収まりを見せていたが、ひとだかりが祭りを連想させる。違いは、規制線が張られていることだった。遠目から、焼けくすぶった家屋をのぞきみて、唯唯ただただ呆然ぼうぜんとしていた。

 祷は、

「予想だにしなかった。今想えば、不可解な影を捉えていたのに」と、後悔を口にしていた。


 博正が帰らぬ人となってから、当たり前の日常に馴れてしまい、日に日に油断が蓄積されていった。

 焼け落ちた宮舎の柱に、黒焦げになり括り附けられた、紬の亡骸を眼に焼き付けても、空想事えそらごととしか思えなかった。

 集まった野次馬たちが、「ご亭主の浮気で、大喧嘩になり、火をつけるに至ったらしい」という陰口にも聴こえる中傷が、喧騒のなかに飛び交っていたが、それすらも戯言として、右から左へ聴き流していた。

 小学生の祷は、想いに分別がつけられなくて、当たり前であった。心が聴き流したことを、脳が無意識に留め、反射神経で逃げるようにして、その場をあとにしていた。

 夢がそれを追い、先に追い着いた、栞に抱き支えられて、天命家に連れて帰らされていた。


 身近に温もりを感じたことで、じしんは意外なほどに冷静だった。


「今想えば、狙われていることを認識していたのに、なんの手立ても講じなかった。油断を招いたのは、流れた時間にほうけていた? からよね」

博正おとうさんの死に目を見届けていないことが、油断の原因だと想うんだよね。敵の狙いを承知していただけに、後悔しちゃうよね? 祷ちゃんは」

「これが結果だから、受け止めることにする」

「罰を受けてもらうために、真相を明らかにする? んだよね」

「今は無理。あたしがなにを云ったって、一般常識のない、『子供』で片付けられちゃうからね」

「なら、泣き寝入りするの?」

「運良く、乙女はここにあるわけだし、炭になった書物の散らかりようをみれば、敵に渡ってないと想うからね」

「あの状況で、確認していたの? 祷は」

「敵の次の一手を予想しなければ、父母りょうしんかたきが打てないもん」

 栞は、祷の気丈な一面を見た。夢は、『産みの親よりも育ての親、だもんね』と、想いを重ねていた。この件に関しての、期は熟していない。今するべきことは、白日の下におびきだすことではない。一網打尽にするための知識と、掬い漏れなく行った犯行を、顕にする裏付けを明確にすることだった。



    十八


 祷と、夢が同じ中学に通うようになり、生活苦を理由に、星産業(株)の弁護士と名乗る、大塚おおつか智昭ともあきが、栞の廻りを彷徨うろついていた。

 急成長を遂げた、リサイクル企業の星産業は、十二神将に入門を望んでいたが、古参の名家からの反対で、つゆと消えたことを逆恨みしている節がある。良からぬ輩と交流があることは、調べ挙げられていた。それだけでなく、祷や、夢を小童こわっぱと甘くみているのは否めなかった。

 根っからの強突張りゆえに、目の前にぶら下がる、名門・名家という自我尊しょうちょうに固執して眼が眩んでいたのだ。それが言動に顕れるから、品のない輩たちが集まるのである。


 栞は、祷と、夢に相談して、星産業の役員になることを決めた。十二神将のかすがい家の口利きで、後継になるための試用期間という口実エサが、星 一徳いっとくにぶら下げられていた。エサを目の前にぶら下げられ、残された者の身の安全を確約させたのだった。


 桔梗家は元来、守護の血筋で、明智光秀を排出している。その傘下に鎹家がある。家紋の桔梗は、橘田家の橘の家紋と並び、守護職を担っていた。非公認の神宮は焼かれてしまったが、家宝である古文書(巻)は橘田家が隠し持ち、由緒を司るは鎹家が隠し持っていたので、何一つ失っていなかった。


 天命家の倣わしが、必要なほど、埋葬してしまえ、であったからだ。それを遠回しに教えるために、『土に帰る』が、暗黙の了解となっていた。人は懲りない生物と教えたのは他ならぬ、卑弥呼であった。ただ、何がどこに埋まっているのかは、誰にも継承されていない。博海が、うさぎに拘ったのは、それを手解きしてもらうためでしかない。口癖と云える、命で相殺できないか? は、規則ルールを破ってしまったことを悔いていたからだった。


 紬は紬で、内心を計り知れなかった若気の至りを悔やみ、一粒種を抹殺している。『どうせ女子しか埋まれないなら、栞の子供を実子と想い定め、一族の戒律を根絶やしにしよう』とさえ考えたのである。その因果は、甘んじて受け入れるつもりでいたから、博海の口癖を咎められないでいた。


 栞は、幾筋もの未来さきを想定するために、紬の本心を聴きだしていて、終わるための道を失くすために努めていた。想い入れで、あみだクジの線を追加できるように、従順に振る舞っていたのだった。その根底には、養女という負い目があった。できることなら、振り出しに戻したい。女子の想いが、まかり通る世がまやかしなら、途絶える道を選択しようとまで考えていた。


 子供の成長を目の当たりにするに連れて、


 人の世に終わりがあるとて

 ときに終わりはなかり


 と記載された冊子に、想いを重ねる始末になっていた。



 第一部 完  第二部につづく

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