第5話

    十三


 当たり前の日常を送るだけで、何事も起きなかった。こちらの動きをどうやって知るのか解らないが、知られて困る行動をしなければ良い。シンプルに生きることで、身の回りにある小さな幸せは掴めるし、それに感謝することで、人の生活は裕福と感じられるものだった。


 先人たちの想いと、繋いだ彩りは、文明の象徴となっている。ただ歩んだだけでは気付かないものでさえ、思い出として記憶していれば、幸せと気付くことさえできるのだ。華やいだ今は、過去の彩りよりも目映くて当たり前なのである。



 小春日和の微睡まどろみの時に、祷と、夢が図書館にいた。

「当たり前の毎日に慣れ親しんだものが、曰く、なんじゃないかなぁ」

 想いに気付いた心が発した独り語であった。


 図書館という無機質な空気感が漂う場所には、想いも依らぬ静雑踏ことだまが隠れていた。自分本意の考えで、お他人様に伝わるはずのない静雑踏が化学反応を起こし、書籍を物色中の、祷が立ち眩みを起こした。

 遺伝子で繋がる、かなえも引きずられるように、躰が量子によりゆらめく。無意識で立ち上がり、人気のない生物学 コーナーに、覚束ない足取りで向かわされていた。


 二人が揃うのを確認したように、

『未来に繋げる為に、若き血潮おもいを絶やすべからず』と、いう思念に見舞われた。二人の心はそれを刻み付けると、殻にとじ込もって警戒していた。空虚にを感じたのである。

『今生の巡り合わせに従うだけでは、見えるものさえ見えなくします』

 閉ざされた心を開かせるために、うさぎの思念が降り注がれた。

「おじさん?」二人の声色トーンを欠き消すために閉館の音楽が流れていた。引き戻された二人の心を、時が尊重してくれた、ということである。

 二人が我に返ったのは、時間という矯正力に抗えない実体を持つからだった。が悪いのも、矯正力と判断できぬ若ゴマな心は、本当の恐怖をまだ未経験しらない。そればかりか守護霊にさえも、気付いていなかった。


 守護霊が向かわせたのは公園で、椅子ベンチに座り、幽体離脱を経験していた。


『障害は全て、量子が取り除いてくれます。初心者なので電磁籠で護りますが、気にしないで下さいね』

「おじさん?」Ⅹ2

 祷と、夢が声にだした。

『電磁籠が思念に変換しますので、心で会話をしましょう。声にだす習慣のない場所に行きますからね』

『解った、そうするね』Ⅹ2

『それで良いです』

『思念を頼りに、いてきてください』

 祷が確認しようと、夢を見やった。そこに見えたのは、蝋燭ろうそくの炎のような灯火であった。夢がたじろぐ様が、祷の心に映っていた。

 夢が『祷ちゃん、いくよ』と発し、灯火が押さえ込まれるように圧縮しずみ、細く伸び上がり動き始めた。

『まけないからね』と、祷が発し、魂の灯火が同じ行程で動きだした。もつれ合う二つの魂は螺旋状に動き、互いを尊重しあうような距離感で、宇宙てんを目指す。重力下のはずなのに、無重力空間のように宇宙てんに向かって羽ばたくそれは、後方あとに光陰を残し、二重螺旋を描き、赤瞳えものを追う、不死鳥が舞うように映っていた。



    十四


『この辺がいいでしょう』

 その思念に

『乙女座銀河団は? どっち』

『その中です。正面に映る五重連星のα星が、真珠星スピカです』

『地球からは250光年だけど? ここからだとどれくらいなのかなぁ』

『正面なので90℃。地球からこの辺まで200光年くらいですかね? 三角定規の定義で計算できますよね』

『なら、長方形の方だね? うさぎさん』

『親御さんから? 刷り込まれたんですか』

『冊子の中で、宇宙の徘徊をしてるもん。感性様の手の内なんだよね』

『学習能力は、博正さんよりも、あるようですね』

『そうとも云えないよ。でも純心さ、では、絶対に優っていると想う。比べるものじゃないけどね』

『合格です。それでは、終わる意味を解き明かします』

『終わる意味?』

『はい。赤瞳わたしは、魂に終わりがないので、終わらせる理由として綴りました。それは、リセットなので、リセットする理由として考えてください』

『リセット?』

『神々と人間の寿命の違いは、リセットがあるか、ないか? です。人間に殺される意味は、消耗去れるが、『熱』だからです。太陽が光を発するようになった理由は、殻に納まらなくなったからです』

『だから、放射性物質が、くっついたり離れたりするの?』

『この広い宇宙に自由を求めたんでしょうね。そして人も、自由を求めることから、制限を宛がわれました』

『神様は、自由を求めないの』

『平和を求めています。だから本来は、中立を保たなければなりません。しかし、思い入れが芽生えて、制限が課せられました』

『誰に?』

『感性様なんじゃない?』

『そう言うことかぁ』

『本当に解りましたか?』

『親だからでしょ』

『お二人もいずれ親になれば解るでしょうが、愛の結晶が、子供なんです。しかしそれを長続きさせることは、大変です。一時の感情に惑わされるのが、人間だからです』

『その見本が、男神様? なんでしょ』

『どちらかが欠けても、子供は誕生しませんからね』

『その仕組みが、三竦みなのかぁ』

『三竦みは、争う意味をなくすためのものです。決着がつかないことに気付ける者は少ないですがね』

『なんで、少ないの?』

『欲が生まれるからです』

『その欲も、男神様が植え付けたんでしょ』

『そうとばかりは云えません。家督という自尊心プライドは、女性にも生まれています。神武天皇は神ですが、奥方になったのは、人間の女性ですからね』

『もしかして、歴史に刻まれていない女性の子孫たちが、曰くの原点なの?』

『夢さんはどうして、そう想ったんでしょうか?』

『ヤヌスノカガミで、行く末が視れたのは、神武天皇の身内だけでしょ』

『そう言うことかぁ』

『どういうこと、でしょうか? 祷さん』

『女性たちの嫉妬? もあったはずだからさぁ』

『そうですね。男尊女卑があったから、ゼウスは生まれた順番を誤魔化したんですもんね』

『ズルしたわけだね?』

『そういうことです。人に備わった本質は、神の囁きと、悪魔の囁きの、二極性ですからね』

『やっぱり。一たす一は二? だもんね』

『そっちよりも、裏表なんじゃない?』

『どちらにしても、今、目の前に映る宇宙にさえも、終わりがあります。それでもそこまで頑張る理由は、創世主への恩返し、なんです。人にもそれが、継承されていなければ、なりません』

『得手不得手が、あったとしてもだよね』

『可能性がある、というのは、克服できることを指しています』

『なら、幼い理由は?』

『体格にしても、知識にしても、積み重ねているから、今が存在するのです。空気中の酸素量に添って、上に延びているとでも、想っているんですか』

あたしたちにはまだ、難しい話しだよ。うさぎさんの知っていることを理解するのに、時間が必要なんだよ』

『だから、仲間がいれば、補えるんです。独りの限界は、十人の一割になりますからね。それを理解してもらうために、卑弥呼さんたちが、十二人将を説いたし、記述を積み上げることは、時間が教えているんですよ』

『一日にしてならず、だね』

『それを可能にしたのは知恵ですが、そこにがあることを隠しています。隠すことで騙せるつもりなんでしょうね』

『そうやって騙し続けたのが現在って、おかあさんが云ってたよ』

『見えない、という個人の納得が、疑問を欠き消すからでしょう。知恵を持ったと云っても、単細胞から進化した生命体の盲点なんですよ』

わたしおかあさんはそれを、落とし穴と云ってたよ』

『だから、赤瞳わたしは、ブラックホールに管理されている、と考えました』

『無限大の質量に、吸い込まれるように墜ちるからでしょ』

『良くできました』

『祷ちゃんだけでなく、わたしも知らないことを、知らないままにしておけない性分なんだよ』

『双子ですからね』

『それって、特質なんですか?』

『結びつけるものを、特質とは云いませんよ』

『絆、ってことなのかぁ』

『素晴らしい、お二人とも、今回を想定して、予習していたんですね』

『別々の不安があったからね』

『別々ですか? 親御さんの傲慢が、そこだったようですね』

『切り離すことが、傲慢なの?』

『安全を言い訳にして、切り離したことで、切磋琢磨を置き去りにしています。一緒にいる時、お互いを注視するために、視なくてはならないものを、視れなくしています』

『その分はこうやって、一緒に居るよ』

『親の眼をぬすんでいる以上、良いこととは云えないですよね』

『それが矯正力から逃れるためでも、ダメなの?』

あたしは、気分転換のつもりなんだけどなぁ』

『そういうのなら、それは有り、として措きましょう。自分なりに考えたのならば、善し悪しを付ける必要がありませんからね』

『ありがとう、うさぎさん』Ⅹ2

『お礼を云うのは、赤瞳こちらです。お二人の心が、真っ直ぐに育っていることが解りましたからね』

『なら、ご褒美に、『神の眼』をもらえないかなぁ』

赤瞳わたしにはあげることができませんが、先読みできる、乙女の在処ありかを教えてあげます。博海さんに、幼稚園児のときに書いたお父さんの似顔絵はどこ? と訪ねてみて下さい』

『訊いてどうなるの?』

『乙女が一緒に埋まっています。それは掌にのる丸いなんですよ』

『なんで、名称を口にしないの?』

『云うことで、効力を失くします』

『なんで? なの』

『効力は、感性が授けたですから。想いは募らせないと、ただのに成り下がりますからね』

『解った、探してもらえるように、訪ねてみるね』

 うさぎは、二人の不思議を、待ち遠しい、と勘違いして、『今日はこのくらいにして、戻りましょうかね?』と告げて、そろりそろりと移動を始めた。二人はどことなく寂しげに、後についていた。


 電磁籠を使った理由は、この帰りのためであった。幽体離脱は経験できることが少ないうえに、身体の発する電磁極が届く範囲に限られる。それを越えると、繋がりが切れて植物人間になってしまう。一度切れてしまうと、修復できないのだ。それを繋ぎ戻すために、電磁籠と、エネルギー源の主素が必要になる。どちらも完了したあかつきには、呼吸の際に身体から出れる、というわけだった。



    十五


 次の日、祷の願いを聴き入れて、博海が、竹林(鬼竹おにたけはやし)を掘っていた。そこへ、夢を連れて、栞がやってきた。


「また土に帰っているの? 博海おじさん」

「おぅ、夢ちゃん。祷が書いた博海わしの似顔絵を掘り探しているんだよ。思い出を、色褪せさせないため、らしいんだがな」

「そう云いながら、嬉しそうに見えるのは、いいところをみせたいから? なんじゃないの」

「男親って、頼もしい反面、寂しさに耐えているんだ。手を繋いだり、添い寝したりという温もりを、交わせないからな」

「ものは云いようね。でもそうやってく汗は、生きてることの喜びだよね、博海にいさん」

「全く、栞の云う通りよ。小さな幸せというは、意外と身近にあるからね」

 栞と、夢の声を聴き付けた、紬が茶をもって現れた。

博海おとうさん、休憩にしようよ」

「いや、もう一寸ちょっとだから、掘り当ててしまうよ。先に休憩やっていてくれ」

「神様だって休息をとるんだから、人間の博海おじさんだって休息しようよ」

 夢に云われ、博海が渋々了解した。祷のだしたタオルで土を払い落とし「よっこいしょっ!」と、庭石に腰を落とした。

「夢が、雲海家ここに行きたいというから、何事かと考えたけど、穴掘りの見学とは、これっぽっちも考えなかったわ」

「祷が、今のお父さんの似顔絵が描きたいって云い出したの。そういえばって、掘り始めたのよ。最近何かしらにつけて、思い出に縋ることが多いわね」

天命家ごせんぞさまが、何かを教えようと、しているんだろう。博正の生存は、諦めろってことかも知れないな」

 博海は云って、お茶を一気に飲み干した。

「声援があるだけで、力が漲るから、さっさと片付けるとしよう」

 祷は隣に腰かけている、夢に

「汗って、エネルギーの消費で出るけど、どうしてなんだろうね?」と、囁き訊いていた。

「身体中の温度を調整するために出るのよ」

 栞がめざとく聴きかじったことに答えた。

「水が気化するときに、熱を奪うのよ」

 紬がそれに、注釈を入れた。

「よく解らないけど、熱のことは教えてくれたよね、祷ちゃん」

「ということは、大事なってことだね」と、言い終わるか否やに

「おおっ~、あった。この箱だ~!」と、博海が箱の土を払い、スコップでシーソーを造り、箱を取り出した。栞が周りの土を削ぎ落とし、紬が蓋を開けた。お他人様からすればスクラップのような古い品々が顕になる。当人たちにすればそれは、タイムスリップした宝物。思い出という価値観を越える品は、若干色褪せてはいたが、懐かしさが感動を促進して、目映く映っていた。


 祷はいち速く中を改めたかったが、堪えて順番を窺っていた。紬と、博海が思い出話しを語りながら改め終えた。内心で『丸い、丸い』と呟いていた。

「祷ちゃん、

 夢が隅にある、『おちょこ』を指差した。

 祷がそれを取り上げると、

「それは、酒を飲むときに使うから、祷にはまだ早い」と云った、博海が取りあげた。

「それ、あたしにくれないかなぁ? 博海おとうさん」

「いや、まだ早い。些細なことから、非行に走るといけないから、ダメだ」

 博海が頑固親父の貞で、おちょこを懐に仕舞い込んだ。

 夢も慌てて、

「それは、博正おとうさんの形見でもあるから、わたしにちょうだい、博海おじさん」

 夢の観たこともない衝動を間近に見た栞が

「それを貸して、博海にいさん」と、それを再び、日のしたに晒した。日差しを受けたおちょこは色合いを変えていた。

「もしかして?」

 紬は云って、博海からおちょこを取り上げた。そして、よく観察して、

「これは水晶ね。説明しなさい、祷」と、少し強く尋ねた。

 祷は迷いあぐねている。

「夢も知っているところを視ると、これが、乙女なのね?」

 栞が、かまをかけた。

 二人は黙ったまま、かぶりを下げて、俯いていた。

「云えない理由は、うさぎさんに、云うな、と釘を刺されているのでしょう。ならこれを割り、曰くのもとを絶ちましょう」

 紬は云って、おちょこを持った右手を上げた。

「待って、乙女は感性様の意を汲むものなの。云うとその効力が失くなるから云えなかったの。祷ちゃんはそれで、博正おとうさんを生き返らせようと考えているんだと想うの」

「よく教えてくれたわね、かなちゃん。でもね、それで生き返ったとしても、悪党は滅びないわ。違う誰かが困るなら、効力なんてない方が良いのよ」

「そうかもしれない、でもあたしは、あたしには博海おとうさんがいるけど、かなちゃんには、いないままなんだよ。うさぎさんに云わせるとそれは、大人の傲慢らしい。誰も困らない現実なんてあるわけないでしょ」


 祷は云って、大粒の雫を溢していた。

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