12.まさかここからが

「巧くいって何よりだよ」


 小道の突き当たり、ヴァイオリンの練習中に現れたデニス様に言われて、頬が緩んだ。


「お蔭様で」

「仲睦まじくて、本当、何より」


 喜び半分呆れ半分――呆れが3分の2くらいかな。そんな顔でデニス様は、椅子に腰を下ろした。

 木製の椅子は、ここでデニス様と二人きりで話した最初の時に持ってきてくださった物。あれ以来、ずっとここに置いてあったりする。

 雨に濡れないよう、返る時には木蔭に避けているんですけどね。私たち以外にもここにやってくる人がいるのか、時折椅子の位置が変わっている。みんな、便利に使っているのよ。そんな椅子ですが。


「椅子の座り心地が悪いって、アルに文句を言われたんだ」

「それで、なんて返したんですか?」

「気に入らないなら自分で用意しろって言ってやったさ」


 デニス様は頬を膨らませる。


「自分がデートに使ってるのにねえ」

「お蔭様で」


 だめだ。ニヤニヤが止まらない。

 デニス様が肩を落とす。


「きみもアルもこんなに浮かれた奴だったかなって思うよ」

「すみませんってば」

「謝らなくていいよ…… 仲良くしてくれれば、ね」


 くくっと喉を鳴らして。デニス様は声を低くした。


「白銀騎士団の敵にはなってくれるなよ」


 ぐっと笑みを呑み込んで、頷く。


 それからもうすこしお喋りして。


「それじゃあ、もう一仕事といきますか」


 デニス様が立ち上がる。

 私も今日は夕食のサーブがある。ヴァイオリンの練習もおしまいだ。


「そうそう。この後の陛下の護衛は俺とアルブレヒトだから」

「情報ありがとうございます!」


 顔が緩まないように気を付けて、と笑われた。おっしゃるとおりです。


 ざあ、と風が吹いた。落ち葉が舞う道をヴァイオリンのケースを抱えて進む。

 この後は寒い冬がやって来るというのに、私の顔は火照っている。

 アルの顔を見られるだろうという期待でワクワクしているのだから、本当に恋って素晴らしい。



 あれ以来、アルと私は付き合っていることになっている。

 だってほら、はっきりとそうしましょうってお話ししたわけじゃないですし? でも、外から見たらどうやったってそう見える。デニス様にはこのとおりご公認いただきましたし。カタリーナにも散々弄られた。


 ビックリしたのは、まったく話したことがない人からもそう言われたことだ。


「あんたがアルのい人だってぇ?」

 ドスの効いた声で言ってきたのは、厨房の料理人。

 食事の関係で顔を出した時、頭のてっぺんからつまさきまでガン見されて、ちょっと怖かったのだけど。

「まぁ、根は素直で真面目な坊ちゃんだからよぉ。仲良くしてやってくれよぉ」

 ニカッと親指を立てられて、とりあえず笑っておいた。


 庭師のおじいちゃんには。

「役目の垣根を超えて結ばれるとは素晴らしい縁。応援するのである」

 と言われた。


 件の楽器職人さんもちゃんと紹介してくれたんだけど。

「喧嘩しちゃっても、ちゃんとごめんなさいすればいいからね。アルブレヒトくんは案外短気だけど、頭がいいから。反省はできるから。話せば分かるってことだよ」

 アドバイスされた。


 こんな調子で、アルはとにかく顔が広かった。一緒に歩いていて、話しかけられなかったことがないくらい。


「俺があんただけを見ていないなぁ」


 彼は苦笑いしているけれど、私はヤキモチを焼く暇なんかない。

 アルのいろいろな面を知られるのが嬉しかったし、私の知っている範囲も広がった気がする。


 それになにより、惚気てよろしいでしょうか、よろしいですよね。

 彼はものすごく優しいんですよ。

 庭園を並んで歩いていても、ペースを合わせてくれるのは当然ながら。ちょっとした段差とか、伸びてきてる枝とか、そういうのを避けられるようさりげなくエスコートしてくれるのだ。

 誰かに声を掛けられた時も、私を一人ぼっちにしないよう会話に混ぜてくれるし。


 前世から通して考えても、こんな恋したことないよ。

 家族や友達以外にも大事な人ができるって幸せだね。


 そういうわけなので。

 今の私の前には、国外逃亡を考えていた時には見えなかった景色が広がっている。



 仕事も気合が入る。我ながら単純だ。

 できるだけ背筋を伸ばして、食事の場に当たる。


 本当はね、何も見ないで済むようにしたいんですけどね。

 だって今夜はエドゥアルト陛下とアンネマリー様がご一緒に食事されているんだもの。だからアルもいるんだけどね。


 私が付いている側とは逆の壁際に、陛下の護衛についてきたアルとデニス様。

 二人とも恐ろしいまでの無表情だ。

 それだけ、白銀騎士団がアンネマリー様を警戒しているということ。


 無言で進む食事。

 私の胃はキリキリ言い始めた。


 浮かれている場合じゃなかった。

 今の私にとってはゲームじゃなくて現実だけど、それでもカゲナミのストーリーに――ヒロインが攻略対象を不幸に落とし込んでいこうとしていることに変わりはないの?

 まさかここからがアルブレヒト闇落ちルートとかじゃないよね?

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