11.想いが直接

 3曲目が終わり、一度弓を下ろす。

 すると、陛下が飛び上がって、手を叩き始めた。


「素晴らしいな!」


 頬が赤い。喜んでらっしゃるんだなと感じて、頭を下げる。

 演奏、頑張って良かった。喜んでもらえると嬉しいよね、やっぱり。


「皆はどう思った?」


 弾んだ声で、陛下は後ろを振り返る。

 ソファの真後ろに直立不動していたランドルフ隊長は、右手を胸に当てて、頷いた。


「陛下のおっしゃるとおりです」


 それに笑って、陛下はさらに後ろへ視線を向ける。壁際に並んだ三人へ、だ。

 最初に視線を受けたらしいスヴェン様が、隊長と同じ仕草をする。


「素晴らしいと思います」


 うんうん、と陛下が笑う。


「どんなところが?」


 それ、聞いちゃいます?

 スヴェン様も予想外だったようで、パチパチ瞬きを繰り返していた。


「さあ、スヴェン。素晴らしいと思った理由を教えておくれ」

「いえ…… 申し訳ございません、言葉にできず」


 俯いた動きで、銀髪がさらりと流れる。どこの乙女ゲーのスチルですか。ここか。

 キラキラしい仕草のスヴェン様の横で、デニス様が吹き出す。

 陛下の視線が向き直ると、ゆっくり頭を下げた。


「技術的なことは分からないですけど、こう、グッときますよね」

「デニス! おまえはそう感じたんだな!」

「はい。たぶん、胸を打つ、っていうんですよ、こういうの」

「そうか、そうかもな」


 しきりに首を振って、陛下は最後の一人に目を向けた。


「アルブレヒトは?」


 陛下が問う。私の心臓が跳ねる。

 いや、落ち着け。落ち着け、私の鼓動。


「専門に近い話はきみの得意分野だろう?」


 専門に近い話ができるの!? 言われてみれば、前回も技術的にはって評されてましたね私!?

 血の気が引いている自覚を持って、視線を向ける。

 すると、彼は組んでいた腕を下ろして。


「申し訳ございません」

 と言った。


「考えがまとまらなくて」

「なんだ、今の間に考えてたんじゃないのか」

「うるさい」


 横から脇腹を突いたデニス様に肘を入れ返して、アルブレヒト様はぶすっとしている。


「さすがのアルブレヒトも胸を打たれて、言葉がないのかな?」

「そういうことにしてください、陛下」


 明るい笑い声を立てて、エドゥアルト王はアンネマリー様を向いた。


「王妃はどうだっただろうか」

「……別に」


 部屋の中は一気に氷点下に。

 ええ…… 王妃様、これくらいは、せめて、その。ご意見を。


 すがるような視線をつい向ける。私だけじゃない、女官長まで向けている。ランドルフ隊長はガンを飛ばしている。

 3人の騎士は、ひたすら冷静な視線だ。

 そんな部屋中の視線を浴びたまま。


「陛下にお伝えすることはございませんわ」


 アンネマリー王妃は嫣然と微笑んだ。

 椅子に深く沈めていた体を起こし、まっすぐ座り直される。私の背筋も伸びる。


「御苦労様」


 視線が合うと、目じりを下げておっしゃった。


 これは終了の合図。

 頭を下げて、部屋を出た。



「緊張した~!」

 廊下の壁を背に、ずるずるとへたり込む。みっともないとか、シャキッとしろとか、今は勘弁してほしい。

 緊張が抜けて、疲労がどっときて、体が重い。

 おしりをぺたっと床に付けて、膝を抱えて、顔を伏せる。

「緊張した」

 原因は分かっている。

「なんでいるの」

 呟くと。

「呼ばれたからだな」

 真正面から声がした。


 勢いよく顔を上げると、目の前にアルブレヒト様。

 ニコっと笑われた。


「デニスに時間外だが出ろと引きずられてきたんだよ」


 時間外? 時間外ということは仕事じゃない?

 いや、ばっちり制服着ていますよね。白い上着。

 なんて思っているのが伝わったのかどうか。


「今の時間の警護は、隊長とスヴェンが担当だ」


 アルブレヒト様は溜め息交じりに言った。


「つまりあなたは」

「暇人だな」


 仕事じゃないのに来たの、と目が丸くなった。アルブレヒト様は笑いなおす。


「あんたもこの後は暇だろう」


 断定的な言い方に、むっと頬を膨らませる。たしかに休憩時間に入りますけど、と答えれば。


「じゃあ、俺に時間をいただけるかな?」


 さらに言葉が重なる。

 気まずい、と思いつつ足は動き出してしまった。良い声って怖い。


 尖塔の影が伸びる道。通るたびにカゲナミだなと思わされる道を抜けて。

 いつもの庭園とは違う、東側の、この敷地の中での特殊な一角。国王お抱えの職人の住まいと工房が並んでいる一角だ。


「そこの奥だ」


 黄色いレンガの道を進み、アルブレヒト様は指差した。


「いつもカーテンが閉まってないんだ。だから、そら。見えるだろう?」


 促されるまま、窓から中を覗き込んで。


「ヴァイオリン!」


 思わず声が出た。

 部屋内、大きな作業テーブルには、木片とやすりが置かれている。


「ヴァイオリン職人も住んでいたんだ」

「そうさ。驚いたかい?」


 窓に張り付くようにして、中をのぞく。

 おおおお、ヴァイオリンが中心っぽいけど、壁際には他の弦楽器もある。あの大きいのはコントラバスだ。

 どんな音が出るんだろうと、ワクワクしてくる。


「良ければ紹介するよ」

「お知り合いなの!?」


 勢いよく振り返ると、腰に手を当てて、アルブレヒト様は頷いた。


「今は留守にしているだろうから、また改めてになるが」

「紹介していただきたいです、是非! 新しい楽器も欲しいけど、ふるいのの保全メンテナンスとかもしてくださる方ですか!?」


 頬を緩ませたまま、早口で答える。

 すると、彼は吹き出して、そのまま肩を震わせ始めた。……笑われている。


「ナンデショウカ」

「いや…… 好い顔を見られたなぁと感慨に耽っているのさ」


 くっくっと喉を鳴らしながら言われた。

 子供っぽいところを見られてしまった、と頬は熱くなって。


「この間は元気が無さそうだったところを置いてきてしまったから」


 背中を冷たい汗がつたった。


 あの日は、私の気分が落ち込み期だったことよりも、アルブレヒト様本人を見ていなかったようなことを言ったことのほうが問題なんですけど。


「怒ってませんでした?」

「ああ、怒ってたさ」


 聞いたことに予想どおりの答え。でも。


「馬鹿な話だと聞いてくれ」


 続いた言葉に、背筋を伸ばす。


「あんたが俺を見ていないと思って、腹が立った。だが、その時に腹を立てた自分がよく分からなかった。なんてことを考え込んでいたら、デニスにもスヴェンにも兄貴面をされて困ったよ」


 まっすぐに見つめられて。


「まあ、鬱陶しい兄貴分たちのおかげもあって、結論は出たんだが」


 でも視線は逸らせなくて、ただただ、見つめ返す。


「俺はあんたの視線を俺に向けさせたいんだ」


 コツン、とレンガを打つ靴音。

 アルブレヒト様はぴったり私の横に立って。


「声だけかい?」


 ぐっと顔を寄せてきた。


「顔にも自信があるんだが」


 知ってる。イケメン眩しい。

 

「他には何が必要だい?」

「ストップストップ!」


 私が身を引くと、その分追ってくる。手ごわい! 手ごわいよ!


「何を言っているか分からない」


 一応ボケてみたんですが。


「愛の告白だが」


 ストレートに返ってきた。


「勘弁!」


 ここでボケを重ねられるほど若くないのがツライ。

 とりあえず右手でヴァイオリンケースを抱えて、左手で顔を覆う。その左手を握って、どけて、顔を覗き込まれた。

 イケメン眩しい。

 見つめ合えば、頬が熱い。


「アルと呼んでくれ」


 良い声って怖いな!


「呼んでくれるんだろう?」


 甘い笑みもついてきて、抵抗できませんよ、もう!

 一度横を向いて、深呼吸して。それから、振り向いて、口を開いた。


「……アル」

「なんだい、ロッテ」


 っんとに良い声ですね!


 また、その場にへなへなとしゃがみこんでしまった。

 しかも今度は立てそうにない。

 完全に腰が抜けている。良い声って腰に来るんですよ、仕方ないですよね。


 それに。

 良い声だからってだけじゃない。この、アルブレヒトという人の想いが直接伝わってくるから。

 作り物じゃない――生きている人の、この声の持ち主の、想いが。

 持ち主から、私に、直接。


「どうした」

「ちょっと、刺激が強すぎて」

「なんだいそれは」


 笑って。騎士様は手を出してきた。

 その手に掴まると、引き上げて、立たせてくれて。そのまま抱きしめられた。

 わー、ひとのからだってあったかいなー。

 バクバク、バクバク、うるさいのは私の鼓動だけ。アルのほうは。

 

「あんたも充分良い声をしてるじゃないか」


 耳元で穏やかに囁いてきた。

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