13.黒づくめがぞろぞろと

 間もなくデザートまで食べ終わるかなという頃、白銀騎士団が二人、部屋へ静かに入ってきた。

 一人が入口に控えて、もう一人は壁際のデニス様とアルに近寄って、順に耳打ちする。

 内容はなんだろう。聞き終わったどちらも険しい顔になっている。

 そのまま新たに入ってきた二人はドアの横に立った。デニス様とアルは小声で何かを言い交わしている。部屋に控える騎士が急に2倍になってしまった。

 なんだろう、気になる。私だけではなくて、他の給仕にあたっているメンバーもちらちら見ている。


 彼らが動いたのは、陛下が最後の一口を飲み込まれた後だった。

 足音もなく陛下に近寄ったデニス様が、身をかがめ、何かを小声で囁いた。すると、陛下の顔も険しいものになる。

 ひえええ、まだ13歳だというのに! 主君というお顔をされている! なんてこった!


 咳払いをして、陛下は椅子に座りなおした。


「王妃。どうも、王宮に忍び込んだ者があるようだ」


 王宮に侵入者。実に不穏な響きですね。

 さっきちらちらしていた顔ぶれは、身を固くして陛下と王妃様を凝視している。


「それで?」


 あああああ、通常運行! 王妃様、冷たすぎます!


「それで…… ああ、それで、だな」


 陛下はしおしおとされて、年相応のお顔になって。またすぐに引き締まった表情をされる。


「我らの身に何かが起こってはいけないのだ。だから、王妃にも護衛を付けさせてもらいたい」

「結構でございます」

「これは私の決定だ」


 お、陛下が冷たい王妃様に食いついた。


「今これから部屋に戻るのに白銀騎士団を付ける。普段から白銀騎士団は王宮の、我々の私邸部分を警護してくれているが、今ばかりはさらに力を入れたいということだ。頼む」

「侵入を許しておきながら、ですか。構いませんけれども」


 言っていることは実に辛辣なんだけど。アンネマリー様がにこり頷いたら、部屋の空気が緩んだ。や、緩む必要はないんだ。不審者がいることには変わりないんだから。

 椅子から立ち上がり歩き始めた王妃の後ろを、先ほど来たペアが付いて行く。陛下の退室にはデニス様とアルが。

 残った私たちは食事の片づけを始めた。


 このまま! お仕事! 何事も起こらず過ぎるといいなぁ。


 とっくに日は落ちた時間帯、王宮の中には灯りが灯る。

 決して暗くはない廊下を通って、厨房にお皿やらなんやらを下げに行った。

 すると、アルを通じて仲良くなったおじさんに、「こいつを王妃様の部屋に」と言ってトレイを渡された。

「お食事を済ませたばかりなのに?」

「ああ。食事のすぐ後に持ってくるようにって指示が来てんだよ。わりいな」

 いい匂いの焼き菓子だ。

「美味しそう」

 でも、食事の直後にいるかなぁと思う。思うけど、引き受けないという選択肢は無い。


 落ち着かない気持ちを抱えたまま王妃様の部屋に行くと、部屋にはカタリーナもいた。

 そうか、夜のお着換えを手伝う係か。

 ちなみにドアの前には先ほどの白銀騎士団の二人が立っていた。警備は万全。

 ほっとして、トレイをテーブルに下ろす。テーブル前の長椅子、毛足の長い織のラグがかけられた其処に深く身を沈めていた王妃様は、ふと目を開けた。


「ねえ」


 はい! 私ですね!?


「ヴァイオリンを弾いてくださらない?」


 今?

 目を丸くしていると、傍にカタリーナが寄ってきた。


「ごめんなさい、ロッテ。勝手にだけど持ってきちゃった」


 抱えていた私のヴァイオリンケースをずいっと押し出された。

 本当だ、私のヴァイオリンだ。

 ……食事のお役目の後、私がこっちに来なかったら、どうなっていたんだろう。


 ざらりとした不安が胸の中に広がっていくのが分かる。

 なのに、ヴァイオリンケースを受けとって、演奏の準備を初めてしまう。

 弦を整えてアンネマリー様を見遣ると、頷かれた。


「恋の歌を」

「ええ、お願い」


 そろそろネタぎれですよー、と思いながら。

 最初に呼ばれた時にも弾いた歌を、もう一度。

 遠くの恋人を想う歌。どんな時も心変わりなどないと信じ、再会を祈る歌。あなたを信じると高らかに告げる、この歌は。


 ガシャン。


 突然の大きな音に、腕が止まる。

 王妃様のかける椅子の後ろ、大きな窓が割れた音だ。


 違う。割られた音。

 ガラスが粉々になって、ひしゃげて折れた窓枠の間から黒づくめの人間が入ってきた。


 不審者! あからさまな不審者! ここ二階なのに、どうしてそうなるのよ!


 一番窓近くだったのはカタリーナだ。彼女が悲鳴を上げる。

 ドアが荒っぽく開いて、白銀騎士団の二人が飛び込んできた。すでに鞘から抜かれていた剣でもって、不審者に斬りかかる。


 不審者は一人、二対一だからきっと、と思ったのに、窓からもう三人、黒づくめが入ってくる。

 二対四。

 窓の外、庭もざわめきが大きくなる。外でも誰かと誰かが戦っている。


 アンネマリー様は座って、目を閉じたまま。カタリーナはそのソファの背もたれの向こうに立っているけど、顔が反対側を向いているから、何を考えているのかは分からない。

 そのカタリーナの前に、黒づくめが一人立って。カタリーナがひときわ大きな声を上げる。

 なのに、黒づくめはひょいとカタリーナを担ぎ上げて、窓に向かっていくじゃないか。


 部屋の中は二対三になったけれど。

「カタリーナ!」

 私が名前を呼んだところでなんとかなるわけじゃない。

「ロッテ!」

 黒づくめの肩に担がれたカタリーナも私を呼ぶ。

「助けて!」

 助けたい! 助けたいよ! でも、どんどん遠くなる。脚が動かない。


 窓の外へ、カタリーナが、不審者に連れ去られてしまった。


 白銀騎士団の二人が手間取っている間にまた別の黒づくめが長椅子に寄ってくる。


 背中を汗が伝う。

 私はどうしたらいい?


「とりあえず、姿勢を低くしてな」


 急に聞こえた大好きな声に、はっとなった。肩をぐっと押されて、その場にしゃがみ込む。


「アル……!」


 肩を抑える手、その腕を視線で追えば、いつもの笑顔。その向こうにはデニス様も立っていて、ウインクが飛んできた。スヴェン様もいて、こくり、頷かれる。


「失礼!」


 それだけ言ったスヴェン様は大股で走って、アンネマリー様がいる長椅子に足を掛けた。

 突き出した剣が、長椅子を挟んで対峙した不審者の剣とぶつかる。その横からデニス様が椅子を跳び越えていく。

 四対三だ。

 そう思う間もなくまた、窓から黒づくめがぞろぞろと入ってきた。

 みんな同じ服で、同じような体型。個性などない姿形と動きに、ぞくりと肌が泡立つ。


「建物の中にいると見せかけて、外に隠れていたか」


 ポツンと呟いて、アルも乱戦に飛び込んでいこうとしたんだけど。

 スヴェン様の剣が、黒づくめの腕を切った。切り落としたのだ。

 血しぶきが、鮮血がぱっと舞う。ごとっと音を立てて、右手と、握られたままの剣が床に落ちる。

 とっさに目を背ける。待って、刺激がつよい。喉の奥を上ってくる吐き気に堪らず床に手をつく。吐きたくないからと息を吸えば、さびた匂い。血と、剣の。


「逃げるぞ!」

「いい、無理に追うな!」


 白銀騎士団の声が聞こえる。

 廊下からはまだ人が走り込んでくる。女官長も来たらしく、王妃様と喋る声がする。


「あなたは一度部屋に戻るように」


 女官長様、その指示はどういうことですか。

 無言で見つめても答えはない。戻れ、ということらしい。


 カタリーナは? どうなるの?

 それに。さっき戦っていたスヴェン様は? デニス様は? アルは? 無事なの?


 よたよたと廊下に出る。ヴァイオリンはケースに仕舞って抱えている。

 部屋を出たのはいいものの、歩けずにいたら、白銀騎士団が何人が走っていった。

 その中にいた、大好きな背中。走り去りそうになって、一度戻ってきた。


「アル!」


 今の私、弱々しい声をしてるな。


「怪我はない?」

「ないさ」

「スヴェン様とデニス様も」

「かすり傷一つない。スヴェンは返り血を浴びても平然としてたさ」


 それはそれで、心配なような。それに。


「カタリーナは?」

「……窓から見える範囲にはいなかったな」


 そう、と言って俯く。


「すまない。あんたの友人なんだよな。心配だろう」


 そうだよと頷くと、アルはくっと喉を鳴らして、指先で私の瞼の下に触れてきた。


「今夜いっぱいで周辺だけでも洗い出すことになった。おそらく外にいるだろうから」

「アルはどうするの?」

「そりゃあ、洗い出しに俺も行くのさ」


 言って、彼はこともなげに笑う。


「スヴェンの妹は俺たちが必ず救い出す。心配いらないさ」


 彼は走って、他の白銀騎士団たちと一緒に行ってしまった。


 その背中を見て、今、イレギュラーな自体の中で、改めて私を圧し潰す不安の正体に気付く。


 カタリーナが心配なのはもちろんなんだけど。

 これがアルブレヒト闇落ちルート――ゲームのトゥルーエンドに向かってしまったらどうしようと感じているんだ。

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