03.近寄らないでください

 振り返ったスヴェンは、右手を胸に当て、ゆっくりと会釈した。

 それに応えて、カタリーナが手を振る。高く手を上げてブンブンじゃない。胸の前で可愛らしく。

 それでも目立ったんだろう。スヴェンに別の騎士が二人近寄ってきた。両脇からぽんぽんと肩を叩き、カタリーナに視線を向けてくる。三人で喋っているのが見える。


 スヴェンは耳や首筋に掛からない程度に髪を短くしていたけれど、もう二人は見事な長髪だ。一人はひとつに括って肩の前に垂らしていて、もう一人は風になびくがまま。

 揃いも揃って長身の、腕も脚も長いイケメンたち。


 ゲームのメインビジュアルを飾っていたな、と私は遠い眼をしてしまった。

 その彼らは頷き合って、こちらに向かって一歩踏み出した。


 ねぇ、警護中でしょ! お仕事中でしょ-!

 近寄らないでください。近寄らないでください!


 そんな願いも空しく、三人組はまっすぐ歩いてくる。


「お兄様!」

 カタリーナが小走りで三人に向かう。私を置いて。

 うん、それでいいよ。私のことは一時忘れてちょうだい。

 もちろん、この願いは叶わなかった。カタリーナが今度は私に手を振る。私は首を横に振る。ご紹介ありがとう。十分だよ。

 じりっと後ろに足を運んだところで、集団から一人、踏み出してきた。


 髪を一つに結わえているほうだ。一歩一歩、それはもう優雅に歩いてきて、私の正面に立って。

「これはまた美しいお嬢様じゃないか」

 そう言った。


 ああああああああ! やめて、その声で喋らないで!

 なんて思う一方で、ゲーム通りなんだなと妙に感心してしまった。

 彼の声と科白は知っている。cv.が私の推しだったばっかりに! 前世の姉に聞かされましたからね!


 懐かしい、胸の奥が熱くなる声。


 完全に動きがフリーズした。彼はぷはっと吹き出した後、私の手を恭しく取った。


「ご一緒願うよ。我が友人がご挨拶したいと言っているからね」


 アッハイ。この声には逆らえない。前世からの業だよね、仕方ない。

 連行、もとい、誘導されて。私はカタリーナと二人の騎士がいるところまでやってきた。

 背景には星空とそれに向かって伸びる尖塔の影。ああ、カゲナミの世界だ。

 ゴクリと喉が鳴る。


「ねえ、ロッテ、お兄様を紹介させて? 不愛想だけど、決して怖い人ではないから」

 カタリーナは私の緊張を誤解してる。

「真面目と不愛想が紙一重なだけさ。優しい男だよ」

「そうそう。ちょっと真面目に過ぎるだけで、怒ってるわけじゃあない」

 長髪二人がフォローを入れてくれる。そうか…… そうなのか。


 つい吹き出してしまったら。

 じゃあ、とカタリーナは微笑んで私の横に立ち、スヴェンを見上げた。


「お兄様、紹介させて。こちらがロッテ。ヴァイオリンの名手よ」

「名手って……」


 その一語はちょっと、と戸惑う間もなく。

 スヴェンがまた、右手を胸に当て、頷いた。


「スヴェン・カスナーだ。ロッテ嬢、お話はかねがね」


 ちょっと低めの、落ち着いた声。背は抜群に高いけれど威圧されている感じはない。

 不愛想と言われていたけど、ちょっと表情が分かりにくいだけって感じだ。今は緊張しているんだろう、頬がわずかに引き攣っている。人見知りなのかもしれない。

 そう思うと、ちょっと可愛く思えた。

 この人が、悲しみをあらわにして泣いたら…… そうね、そそるかもしれないわね。


 なんて思っていたら。スヴェンは胸に当てていた手を私に差し出された。


「音楽家に手は大事なものだろう。差し支えなければ」

「全然問題ないですよ」


 握手かな、と私も右手を差し出す。

 そのままスヴェンにとられた右手は静かに持ち上げられて、彼の顔の正面へ。


 ひっ! 唇! 手の甲に唇当たりましたけど!


 叫ぶことも、身動きもとれなくなる。

 横ではカタリーナが笑っている。


「うふふ。お兄様、ロッテは恥ずかしがり屋さんなの」

「そうか」

「あんただって十二分に恥ずかしがり屋だろうに」

「頬が真っ赤だよ? 無理していない?」


 スヴェンの両脇にまた長髪二人組が立って。そして私に視線を向けてきた。


「せっかくだ、俺たちも挨拶させてくれるかな」


 もう逃げることはできない。

 今度は髪を結わえていないほうが一歩踏み出した。


 暗くなってきた中で分かりづらいけど、彼は見事な金髪の持ち主。垂れ目でふわふわした雰囲気の持ち主だ。

 でも肩ががっしりしてる。声も良く通る。


「デニス・ヘルゲだよ。よろしくね」


 ぱちんとウインクを決めてきた。元気いっぱい。

 でも、その明るさが裏の無い感じで、とても落ち着く。


「ロッテ・ヘルマンです。よろしくお願いします」


 どこも力まず、素直に頭を下げる。

 姿勢を戻した時、デニスはニコニコだった。ああ、癒されるなぁ。

 という普段と泣いた時の落差がクセになる…… うん、そうね。そうかもね。


 頬の内側がひきつった時。


「俺も改めて良いかな?」


 良い声という爆弾が飛んできた。良くないよ。

 そろりと顔を向けると、さっき私を引っ張ってきた彼。


「不躾にすまなかった。音楽家に手は大事だったな、怪我はないかい?」

「え、ええ、大丈夫ですよ!?」


 私の声は裏返る。だが、相手は、そうか、と笑みを浮かべた。

 なんか余裕たっぷりの笑みだ。体付きも三人の中では一番細いのに、すごい自信たっぷりな雰囲気。


「アルブレヒト・エルベン。よろしく頼むよ、ヴァイオリンの姫君」


 と、右手が差し出される。握手じゃないな、分かってる。じりっと身を引くと笑われた。


「またの機会としよう」


 またはないですよ! まったくもう!

 しかし、本当に余裕たっぷりだな。何されても笑っていそうで、その分怒らせたら凄いことになりそう。憤激した顔を楽しまなきゃいけないのはこの人なんだろうか。


 ――って。私なんで、それぞれのトゥルーエンドを想像してるの?


 はっとしたところで、挨拶も終わりだった。


「さて、仕事に戻るか」

「ああ」

「隊長に報告に行かないとね」


 手を振って、彼らは去っていく。向こう先にもう一人、ひときわ豪勢な上着を着た騎士がいる。

 あれがランドルフ隊長、なのかな?


 問題はその向こうからアンネマリーも近づいて来ているのが見えることだ。

 パーティーの主役が会場の外にいるのはなんで? イベント?

 私以外にも気が付いた人が増えてか、妙なざわめきが辺りを包み始める。


「アンネマリー様がおいでね」


 お願い、カタリーナ。いろいろ追い打ちをかけないで。


「彼処で何をしてらっしゃるのかしら?」

「私たちには関係ないよ、多分! 知らないうちに帰ろう!?」

「そうね……」


 ちらちらと後ろを振り返るカタリーナの腕を引いて、私は王宮の奥の、割り当てられた部屋に急ぐ。


「推しの涙が私の幸せ」じゃないんだわ。

 何がどうして泣かれるのか思い出したくない。早く国外逃亡したいよぉ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る