02.近寄らないようにしてるんです

 このあとは新郎新婦をお祝いするパーティーだ。広間にはもう万全の用意がなされているはず。

 我々ひら職員は静かに仕事に戻ります。露台に詰め掛けていた女官や従僕たちは三々五々散らばっていく。

 さて私も――と体の向きを変えたら、袖を引かれた。

 引いたのは隣に立っていたカタリーナだ。


「ロッテはパーティーなんでしょ?」

 青い瞳はキラキラ輝いている。私は吹き出した。

「何言ってるのよカタリーナ、行かないわよ。国王陛下のお祝いの席だよ、特に爵位も何もない家の人間が出られるわけないじゃない」


 パーティー出席者は国内有力貴族の皆々様。

 もちろん、花嫁アンネマリーの実家も、馬車を乗り継いでやって来ている。


 アンネマリーの実家、シェーナーブルンネン公爵家は二代前の国王の末弟から始まる。

 この王弟殿下が相当な切れ者だったそうで、南のベルテール王国との戦争における和平の立役者だった、というのが今世での知識。

 

 和平なんていうと穏やかだけど、実のところは負けだ。南の暖かい地域の農地欲しさに、領土拡張を目指した侵攻をしかけて、追い払われた。それが40年前のこと。

 南の王国は、戦争をきっかけに王家を中心とした政治体制がしっかりして、産業文化ともにものすごく発展している。

 負けた北の地は活気が喪われ、さびれる一方。そんな中でもシェーナーブルンネン公爵の領地は風光明媚で知られ、鉱山を基盤に経済も持ちこたえている。

 今回の結婚は、先代が若くして身罷ってしまい、幼い当主を立てた国王本家が助けを求めたというのが政治的な理解だ。


 そう。だから『当のお二人が幸せかどうかは関係ない』ってカタリーナも言っちゃうわけだけど。


 ああ、考えが逸れた。


「とにかく、私は出られませんよ」

「そんなことないでしょう?」


 こてっとカタリーナが首を傾げる。うう、こういう可愛い仕草が似合うのが羨ましい!

 って、そうじゃなくて。


「逆にどうして私が行くと思ったの?」

「ヴァイオリンを弾きに行くと思ったのよ」

「ああ、なるほど」


 私はまた笑った。

 何を隠そう、今世の我が家は国内で有名な演奏一族なのだ。


 前世の音楽の成績は万年3だったけれど、さすがに体が出来上がる前の小さな頃から鍛えられただけあって、今世の私は音感リズム感もかなり良くなったし、そこそこに演奏ができる。

 音楽楽しいよ。前世ももっと真面目にピアノ教室通えば良かったと思った。


 でも。

 こういう大きな場には、お家の位が高い、男性奏者が呼ばれるのよ。おのれ階級差別、おのれジェンダー差別。

 ……という負け惜しみもあるけれど。

 突出した才能があるかと聞かれると全然そんなことはない。


「私なんか、まだまだ修行が足りてないよ」


 そう、首の後ろを掻いたら。カタリーナの眉がハの字を書いた。


「そう、なのね」

「そうよ」


 あああああ、罪悪感! 可愛いな、カタリーナ。こんな友人を心配してくれてありがとう!


「もっと練習、頑張るよ」

「それなら尚更。いつかイリュリアに留学できるといいわね」

「あー…… うん」


 覚えていてくれてるなぁ。そうなのよ、知り合ったばかりの頃、ヴァイオリンに関する半分冗談の夢として、ベルテールよりさらに南のイリュリアに音楽留学に行ってみたいって言ったんだよね。

 その心は『レッツ国外逃亡』。せっかくの演奏家一族だから。父母姉兄弟、6人揃って脱出したい。王国滅亡エンドの前に。


 しかし、本当に滅びるとしたら。

 私は露台の向こうをもう一度見遣った。

 丘の上に立つ王宮は、歴史を感じさせる石組の建物。ステンドグラスや彫刻で飾られた教会もある。煉瓦造りの建物が並ぶ街並みも、とても美しい。

 これが炎に包まれる――うん、想像したくないな。


 太陽が沈んだ後、空気はどんどん冷えていって、気持ちも沈んでいく。これはよろしくない。


「戻って食事にしない?」


 今度は私がカタリーナの袖を引く。

 彼女はにこりと頷いてくれて、私たちは露台からの階段を降り始めたのだが。


「ごめんなさい、ロッテ。ちょっと待って!」


 カタリーナがあさっての方向へ走り出す。


「何処行くの!?」

「ロッテ、ほら見て! 白銀騎士団よ!」


 ぱっと笑顔を咲かせたカタリーナが指差す先。手入れされた庭園のあちらこちらに立っているのは、腰に剣を下げた人たち。


 おお、マジで白銀騎士団だ。

 王宮の近衛であり、国王の私兵でもある一団。白地に銀の縁取を施した上着が制服だから、そう呼ばれている。

 腕前はもちろん、外見もハイスペックな面々だ。


 そう…… 外見がハイスペックってところでご理解いただけるだろう。メンバーの一部が攻略対象だ。

 だから私は、見るだけにして、近寄らないようにしてるんです。

 なのにカタリーナはずんずん庭を進んでいく。


「騎士団に何か用なの?」

「ううん、特別な用事はないの。ちょっと、間近で見てみたいだけ。だって、兄がいるんだもの」

「はい?」


 うん。仲良しなお兄様がいるってのは聞いてる。でも王宮で働いているなんて聞いてない。


「お兄様がお仕事してるところを初めて見られるわ!」


 はしゃぐカタリーナの横で私は服の上から胃を抑えた。

 願わくば、攻略対象じゃない人でありますよう。


「見て、ロッテ! あそこにいるのがお兄様よ!」


 カタリーナが手を振る。振り返ったのは、彼女と同じ銀髪の人。

 背が高く、凛と立つ騎士。


「あれが兄! スヴェンよ、よろしくね」


 スヴェン。ええ、存じ上げております。攻略対象のお一人じゃないですかやだー!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る