04.お二人に会話がない

 近寄りたくない、関わりたくない、が私の本音だ。

 でも、オトナなので、本音と建て前の使い分けはしております。

 できちゃうから、今日は此処にいる。


 結婚式から三日後。

 私は、国王陛下と王妃様の夕食の場で、食事をサーブするお役目を仰せつかっていた。

 うん。別に食事のサーブは初めてのお役目じゃない、ローテーションだけどさ。今はちょっときつい仕事だ。


 広い部屋、大きな窓、ふかふかの絨毯。重厚なテーブルに敷かれた白いクロスの上には、舶来の皿が並んでいる。

 大きめのお皿に、ちょこん、ちょこん、と少しずつ料理が乗せられている。前菜から始まるフルコースのお料理。二人が食べ終わったら、次の料理を運ぶ。それだけのお役目だといえば、それだけだけど。

 部屋が静か過ぎるのがきつい。新婚のお二人に会話がないのだ。大変気まずい。


 気まずいあまり、ちらりと二人を見てしまった。


 国王陛下――エドゥアルド王は十三歳。よくもまあ、こんな幼い子を結婚させようと思ったものだ。国の偉い人ってのは鬼畜しかいないのだろうか。

 まだ体は大きくなっていく途中。線が細くて、顔立ちは幼い。読書が好きで、夜遅くまで読んでばかりいたら近視になったらしく、分厚い黒縁の眼鏡をかけている。

 眼鏡で目立たないけど、右目の下側にほくろがあって、笑うとえくぼができる。キュートで可憐なショタ枠の王様。泣かせると身の内のSが大騒ぎすると誰かさん談。


 そしてゲームのヒロインであるアンネマリー。二十四歳の今既に妖艶な美女だ。

 デコルテの開きが大胆な、チャコールグレーのドレス。プラチナブロンドの長い髪は額を見せたアップスタイルになっている。首筋も丸見えで、とにもかくにも大変セクシー。

 目元も口元も隙の無いメイクが施されている。

 仕草も、グラスを持ち上げる指先まで神経が行き届いているのが分かる、優雅なそれ。

 ゲームのヒロインというのを差し引いても、美の結晶、みたいな感じの女性だ。


「ねえ、貴女」


 突然の呼びかけに、目が丸くなる。

 アンネマリーがこちらを向いていた。濃い紫の瞳がひたと私を見つめている。

「ワインを頂ける?」

 はい、喜んで!


 海上貿易で渡ってきたのだという赤ワインを、グラスに注ぐ。まったりとした香りが広がる。

 美味しそうだな、と思えないのは仕事で嗅いでいるからだ。そうに違いない。


 くっとグラスを持ち上げて、白い喉を動かして、ワインを飲み込んで。

「あら、好い味」

 くすっとアンネマリーが笑って、振り向いてきた。

 視線が嚙み合った後。


「ありがとう」


 彼女は柔らかく笑った。


 いやいやいや、私は注いだだけですよ。

 頬が熱くなる。ごまかすように頭を下げる。

 やだ。一介の女官にまで御礼をおっしゃるなんて、アンネマリー様ったら、お優しい王妃様じゃないの。


 壁際の定位置で、ひっそりと深呼吸。

 同時に。


「アンネマリー」


 国王陛下が口を開いた。ちょっと掠れた声に、部屋中の視線が向く。


「ワインは…… 美味しいのか?」

「ええ、とても」

「では、先ほどのステーキはどうだっただろうか」

「火加減が絶妙で、大変柔らかくて食べやすいですわ」

「そうか」


 ほっとしたように、エドゥアルド王が笑う。


「こんな他愛無いことで言い、私はもっと貴女と話したい」


 だから、と息を吸って、王は言った。


「もっと食事を一緒に取らないか?」

「いいえ。無理にご一緒にすることはございません」


 スパっと。早口でアンネマリー王妃は言った。


「食事を一緒にというのは、予定を合わせるということでしょう? 陛下、あなたには毎日政務があるのでは?」

「あ、ああ……」

「私にも私の役目がございます。ハルシュタットの国を良くするための役目が。食事のために役目をおろそかにするようではいけませぬ」


 王妃は微笑んでいる。でも、陛下はあからさまに落胆している。

 聞き分けのない子供なんて年齢ではなくなっているけれど。大人として振舞うにはまだ幼い陛下。

 ぎゅっと胸の奥が握られたような気分になる。


「お話は終わりですか、陛下」

「あ、ああ……」

「わたくし、食事も済みましたので、失礼させていただきますわ」


 慌てて近寄った侍従が椅子を引くと、王妃はすっと立ち上がった。

 国王陛下は肩を落として、俯いた。


 見えているはずなのに、見向きもしないで、流れるように彼女は歩く。私の前を通った時、ふわり。香水とワインの香りが混ざって漂った。


 パタン、と扉が閉まる音が響いた後も、陛下は椅子にじっと座ったままだった。

 だから誰も動けない。

 うん。気まずい。


 固まったままの空気を溶かして動き出したのは、国王の後ろの壁際に控えていた白銀騎士団――白い上着の男性だった。


「陛下」

 と硬い声を響かせて、栗色の髪のがっしりとした体格の騎士は、国王の傍の床に膝をついた。


「お食事はお済でしょうか」

「あ、ああ……」


 がばっと顔を上げた、その眼鏡の奥が光る。涙だ。

「すまない、ランドルフ」

 ぐず、と鼻を啜って、幼い王は口を開いた。

「心配をかけている」

「とんでもないことです」


 力強く頷いた騎士は、白銀騎士団一有名な人だ。ランドルフ・エックホーフ隊長その人。

 堅物なんて言われるけれど、職務に、主人である国王に忠実そのものなだけだと思うんだよね。

 直接喋ったことはないけれど、今まで見かけた中で、私は良い人だなって感じている。攻略対象でもなんでもないってのもまたポイント高い。

 今もまた、国王の片手をしっかり握って、王が泣き止むのを待っている。


「私は…… もっと強くならねば。亡き父上、亡き母上に誇れる王にならねば」

「陛下は十分立派に務められていますよ」


 ランドルフ隊長の言葉にブンブンと首を振りたいのを我慢した。

 うん。陛下はご立派ですよ! その年で責任ある立場にいらっしゃるだけで立派です!

 とはいえ。政治的に苦しい立場なのは間違いないし。せっかくの結婚もうまくいくか、不安しかないよね。


 ランドルフ隊長も言葉を次ぐ。


「陛下が満足されていないというのであれば、我々も努めさせていただきます」


 ありがとう、と言って陛下も立ち上がった。


「戻ろうか」

「はっ!」


 歩き出した国王の後ろに、ランドルフともう一人、白い上着の騎士が付く。

 今気が付いた。

 壁際に白銀騎士団が二人控えていたのは見えていたけれど。ランドルフ隊長と、もう一人はアルブレヒトだったんだ。


 仕方ない、気付いていなかったのは仕方ない。だって、緊張してたし。特に声が聞こえたわけでもなかったからね!

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