第四話 架空

、という行為を行う個体を罪の重い順に殲滅していきたいですねぇ」


 オムライスの上にケチャップでハートマークを描きながら菅原が言った。気持ちは分かるが、発言と行動があまりにも正反対で結構怖い。

 書道サークル、爽谷先輩は嫌な記憶を掘り返しながら証言をしてくれた。浅瀬船中学校七不思議の件だ。


 中学生の頃、爽谷先輩はいじめに遭っていた。浅瀬船中学校の体質は過去も現在もあまり変わることなく「いじめられる側にも非がある」「学校に来たくないなら来なくても良い、その後のケアはしない」と言う最悪スタンスだったらしい。幸いにも爽谷先輩は両親と相談の上で通信制の高校に進学し、その後大学を受験し合格、現在に至る、という話なのだが、それにしても浅瀬船中学校は最悪だ。不登校者がそのまま引きこもりになってしまうというのも分かる。そもそも「いじめられる側にも非がある」というスタンスがあまりにも時代遅れ。アウト。

 通信制の高校に通っている頃、爽谷先輩はSNSを通じて色々な人と知り合ったという。中でも多かったのは、自分と同じ元不登校児、それからいじめ被害経験者。同年代からかなりの年長者(という言葉がなかった頃にその手の行為を受けた、と自称する人もいたという)まで様々なタイプと知り合い、彼らと言葉を交わすことで心の傷を癒すことができたのだと言っていた。

 そんな中、今でも交流のある同世代の友人が言い出したのだという。「学校に仕返ししようよ」と。


「なかなか過激ですね。放火ですか?」

「それは犯罪だね」


 放火はしなかったらしい。その代わり、爽谷先輩と友人はSNSで知り合った『』を名乗る人物に相談し、『浅瀬船中学校七不思議』を作り上げたのだという。


 相談相手の『怖い話蒐集家』は今もSNS上で活動している。僕も知っているユーザーだ。男性なのか女性なのか、年齢がいくつぐらいなのか、何も分からないけどその人が書く怖い話は面白い。リアリティもある。あと、本を出しているのも知っている。「あの人が、あの当時なんで手を貸してくれたのか分かんないんだけど」と爽谷先輩は言った。「どこの誰かも分からない高校生が、七不思議を作るのに力を貸してください、っていきなりDM送ってきたのを馬鹿にしたり無視したりしないで手伝ってくれたのは、嬉しかったな」と。

 そうして作り上げた七不思議を、『怖い話蒐集家』の人と一緒に拡散し、爽谷先輩曰く「根拠も歴史もない真新しい七不思議」は浅瀬船中学校に百年前から伝わる話、という形で定着した。浅瀬船中学校自体は今年で創立二十七年目になるという。百年という時点で架空の話だって分かるじゃないか……と思ってしまったのだが、先輩やSNSで知り合った不登校友だちも、そもそもそういうつもりだったらしい。「百年前からって時点で、ちょっと考えたら作り話って分かるでしょ? でもそれで良かったの。あの学校にはそういう怖い七不思議がある、って一瞬びっくりさせることができれば、それで」──と。


「坊ちゃんの先輩は今お幾つでしたっけ?」

「二年上だから、……二十一歳」

「高校生の頃に七不思議を作ったと仰っているということは、五、六年前ということですね。もう少し近い可能性もある」」

「うん」

「七不思議の根本を誰も調べなかったということか。馬鹿馬鹿しい」

「……」

「……」


 テレビ台の前に置かれたソファから、ものすごく不愉快な声が聞こえた。

 光臣だ。

 錆殻邸が大破し、僕と菅原は仕方なく光臣を引き取った。國彦は通っている大学に事情を説明し、大学寮に一旦入寮することになった。できれば光臣も連れて行ってほしかったのだが、さすがにそれは無理だったらしい。

 ローテーブルの上に、無表情の菅原がオムライスを持っていく。黄色い卵の上にケチャップの赤で「滅」と書いているのをさっき見た。


「伯父さんが引き受けた案件ですよ。ちゃんと考えてください」

「うるさい。俺にはもう何も関係ない」

「光臣さん、今夜からベランダで寝てくださいね」

「菅原おまえ、いつから俺にそんな口を利けるようになったんだ? だいたいこの『滅』ってどういうつもりだ?」

「私はもう坊ちゃんの秘書! ですから!!」


 最悪空間である。


 僕と菅原が暮らしているこの家も、別に僕や菅原、それに光臣の持ち物というわけではない。いわゆる事故物件だ。マンション全体が事故物件なのだ。その『事故』部分を祓いながら、僕たちは生活している。最上階から一階、エントランスまでの祓いが終わったら荷物をまとめて引き上げて、マンションは光臣の手を介して持ち主に返却される。そう。この『祓い』自体も本来は光臣の仕事なのだ。

 そして幸か不幸か、今僕たちが暮らしている部屋はかなり広い。4LDKの大きめのお部屋。なので光臣ひとりが増えたところで何の問題もないはずなんだけど──


「光臣さん! この部屋は禁煙です! 坊ちゃんは未成年なんですよ!」

「知るか。煙草ぐらい好きに吸わせろ」

「ベランダで寝るんだからベランダで吸ってください!」

「いちいちうるさい! おまえがベランダで寝ろ!!」


 なんでこうなっちゃうんだ。やっぱり國彦に頼んで、光臣を引き取ってもらおうかなぁ……。


 菅原謹製のオムライスを食べ終え、爽谷先輩から聞いたに思いを馳せる。偽物も本物も、七不思議にはそういう区分はないのだろうけど。でも、「いじめられた時に全然助けてくれなかった学校に仕返ししたい」っていう感情で、何人かではやっぱり、どちらかといえばなのだろう。『』という所謂学校の七不思議ではあまり聞かないフレーズが散りばめられている理由もなんとなく納得がいく。他の学校に伝わる七不思議と被らないように、『怖い話蒐集家』さんが気を遣ってくれたのではないだろうか。


(──それじゃあ、どうして)


 浅瀬船中学で語り継がれているのはなのに、苅谷夜明さんの身に本物の異変が起きたんだ?


 分からない。用務員室で血を吐いて倒れていた、という情報はライター・響野の書いた記事から得たもので、響野は学校関係者に直接取材をしたと言っていたから本当のことなのだろう。そして問題の七不思議に用務員室は登場しない。


「だいたいの『怖い話』は嘘だ」


 光臣が言った。オムライスにスプーンを突き立てながら、彼はテレビを睨み付けている。いつものクイズ番組だ。しかも今日は生放送。本当だったら光臣も出演予定だったのだが、菅原がマネージャーさんに電話をかけて断っていた。「おうちが炎上したせいでメンタルも炎上したらしくて……」とさらさらと言葉を並べる菅原に光臣がブチ切れていてかなり嫌だった。クイズ番組の司会者の芸人も「光臣先生がおらんかったら盛り上がれへんわ〜」などと軽薄な口調で言っているが、本心から光臣がいなくて困っているわけではないことぐらいひと目で分かる。世の中ってそんなもん。それよりも。


「去年の暮れ。預けた仕事があっただろう」

「はあ……?」

「なんでそんな偉そうなんですか?」


 僕は呆れている。去年の暮れは仕事が多かった。そして菅原はキレている。


「日本海側の街で。海に化け物が出ると」

「……あ〜」

「ありましたね。緑色の化け物」


 あれ結局なんだったんだろう。真冬、夜になると化け物が出る。若者が何人も海の中に連れ去られている、ということで僕と菅原は海辺の街に走り、それで結局菅原が──


「あれは、

「は!?」

「何を訳の分からないことを……私は見ましたよ。緑色のぬらぬらした化け物」


 僕の前には食後の紅茶、光臣の手元にはコーヒーを置きながら、菅原が呆れたように鼻を鳴らす。そう。化け物そのものと相対したのは菅原だ。でも僕も、遠目からではあるが菅原と化け物が戦っているのを見た。コーヒーと引き換えに、光臣がスマートフォンを菅原の手の上に乗せる。胡散臭げな表情で小首を傾げた菅原が、


「ぼ……坊ちゃん!!」

「はい!」

「なんですかこれは!!」

「だから言ったろう。嘘だ」


 コーヒーを飲みながら、光臣が吐き捨てた。光臣のスマホの液晶画面には、あの年末に戦った緑色の化け物のスケッチに加え、設定が事細かに書き込まれた画像が写し出されていた。


「あの土地で育って、今は美大に通ってるとかいう若いやつが、町おこしのためにとか言ってその化け物をしたらしい」

「設定!?」

「もちろん土地の側はそんな物騒な化けモンをゆるキャラ扱いできないって言って拒否。その数年後に──事件だ」


 良く見ると、デッサンの端に日付が書かれている。五年以上前の絵だ。


「架空と現実が、ある時突然混ざり合う」


 スマホを光臣に返しながら、菅原がぽつりと呟いた。独り言だ。



 光臣は黙ってコーヒーを飲んでいる。僕の紅茶は、冷めてしまった。

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