第八話 僕

「また出禁になっちゃった!」


 ──週末。苅谷かりや夜明よあけさんが入院している病院の最寄り駅、そのすぐ側にある喫茶店で僕と菅原と響野憲造は待ち合わせをした。さほど混み合っていない、個人経営と思しき小さなお店だ。全席喫煙。それ自体は僕は別に構わない。菅原は喫煙者ではないけれど煙の匂いが好きなようで、こういうお店に来るとフンフンと鼻を鳴らして受動喫煙を楽しんでいる。

 で。

 先に店に到着して、コーヒー紅茶パンケーキを堪能していた僕たちを見るなり響野憲造は笑顔で「出禁」と言い放った。光臣の記者会見のことだと、一拍遅れて気付いた。


「見てましたよ、会見」

「ありがとー! すごい怒られちゃった!」

「伯父にですか?」

「いや、会社の人から」


 それはそうか。光臣は光臣で響野の質問に普通にキレる姿が生配信で全世界に垂れ流されていたもんな…どうしたものか、本当に…。


「そもそも、どうやってあの会場に入ったんですか? 前から出禁だったんですよね?」

「そうそう。今回の件でダブル出禁だから今後は本当にどこにも潜入できないな〜」

「ダブル出禁」


 菅原が目をパチパチと瞬く。


「響野さん、楽しそうですねぇ」

「そお?」

「出禁、というのはあまり良くないことだと認識していたのですが」


 これは菅原が正しい。


「響野さんは、光臣さんに対して思うところがあるんですか?」


 お冷とお手拭きを持ってきてくれた黒いエプロン姿の男性にコーヒーを注文した響野が、菅原の質問に目を丸くする。豆鉄砲を食らった鳩のような顔だ。


「思うところ」

「ずいぶんと執着されているように見えるので」

「執着……」


 透明のグラスに注がれた水をひと息に飲み干した響野は、


「執着はしてないつもりだけど」

「そうですか?」

「でもさ、光臣さんってマジのインチキじゃん?」


 じゃん? は僕に向けられている。まあ、そうですね。光臣は、インチキですね。

 曖昧に頷いた僕の顔を響野はニコニコと見詰め、


「マジのインチキがここまで人気ってさ、それこそその……まあきみらは生まれる前の話でしょうけどね。80年代、90年代のオカルトブームとか。テレビに霊能者出して行方不明者探す番組とか。そういうのがめちゃくちゃ流行ってた時ならともかく、21世紀の今現在、あの人が人気あるっていうのが、俺はシンプルに、不思議で」


 80年代、ギリギリ響野も生まれてないんじゃないだろうか。どっちでもいいけれど。それはともかく、僕はあまりテレビを見ない。菅原はそこそこ見る。でも僕たちふたりに共通して言えるのは、光臣が出ている番組は見ない、という点だ。何が悲しくて他所行きの演技をしているクズ親戚をテレビでまで見なくてはいけないのだ。嫌だ。

 しかし、響野が言うことにも一理ある、気がする。動画配信サイトなんかを覗いていると、大真面目に『プロ霊能者』を招いて行方不明になった子どもを探したり、既に殺されてしまった人の遺体がどこに隠されているのかを「霊の声を聞いて」聞き出す番組がたくさん作られていたのだなと実感することがある。当時番組に出ていた霊能者、その全部が偽物ってわけじゃない。菅原と一緒に動画を見ていると「この人は本物ですね」と言われることが稀にあり、そういう人に対しては僕もなんというか──言わないだけでピンと来ていたりする。そしてそういう本物は、21世紀にはもういない。


 光臣は偽物の日本代表みたいな人間だ。お祓いにも効果はないし、人探しだってうまく行かない。でも、人気がある。変だよな、たしかに。


「こないだの会見も結局、浅瀬船中学の件と関係あるとは断言しなかったし」

「ね〜。さすがに言うと思ったんだけどさ。だって家にバフォメット出たんでしょ?」


 コーヒーを運んできた男性の肩がびくりと揺れるのが分かった。気軽に「家にバフォメット出た」とか言わないでほしい。響野憲造、声大きいし。


「響野さん、それは、シー……」

「あっごめ……すみません、家にバフォメット出てない」

「出てない」

「でも錆殻光臣が人気なのは謎」

「まあそれは」


 と、コーヒーにミルクを注ぐ響野の首筋に汗の粒が浮かんでいるのに気付く。今日、そんなに暑かったっけ?


「緊張してますか」


 菅原が口を開いた。甘い紅茶を飲み終えた菅原が、じっと響野の眼を覗き込んでいた。


「……まあね」


 短い沈黙ののち、響野が短く認めた。


「苅谷夜明さんにお会いするのは、何回目ですか」

「本人には会ってないよ。何せ意識不明の状態で入院中だからね。保護者──ご両親にお会いするのは、今日で三回目かな」

「苅谷夜明さんは」


 菅原が、低い声で続ける。


「なぜ意識を取り戻さないのでしょう」

「医者判断では、

「なるほど」


 なるほど。僕もその点は気になっていた。彼女がどのような手段で自死を試みたにせよ、肉体に大ダメージを受けた状態で三ヶ月近くも意識不明の状態というのは──それは、回復の可能性もかなり低いのではないかと内心不安に思っていたのだ。

 子どもが二度と意識を取り戻さない、自死を完遂してしまうかもしれない状態の保護者を顔を合わせるのは、響野でなくても緊張する。それに僕たちは……僕と菅原は、いじめ加害児童の親から祓いを依頼されている光臣の代理人だ。言うなれば、敵だ。


「一応、ふたりのことは伝えてある」


 響野が唸るように言う。


「先日の地獄みてえな会談のこともね」

「地獄みてえな」


 言葉の通りでは、あるが。


「ふたりは錆殻光臣の代理人ではあるけれど、いじめ加害者の肩を持っているわけじゃない──っていうのは分かってもらえたと思う。あとはもう、その場その場をアドリブで乗り切るしかないな」

「誠実にいきましょうよ……」


 アドリブって。この人ほんとにちょっと変。

 とはいえ、僕もなんだか緊張してきた。実際、おかしなことは色々と起きている。光臣を昏倒させたバフォメット(仮)。黒くなる盛り塩。少しキレ気味の菅原(今はそうでもない)。その他。色々。


 苅谷夜明さんをこの世に連れ戻すためにも、事件解決の糸口を、探さなくては。

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