第七話 私は絶対悪くない/狐

 狐が見てる。

 狐が見てる。

 狐が見てる。


 どうして?


 苅谷かりや夜明よあけのことは嫌い。初対面から大嫌い。

 真っ直ぐの黒髪、白い肌、一重まぶたの陰気な目。

 一重には人権ないんだよ? なんで二重になるように化粧しないの?

 整形したっていいぐらい。ブスは嫌い。ブスには人権ないから。


 声も嫌い。訛りがあるのも嫌い。訛りを直そうとしないのも嫌い。

 「苅谷さんの訛りってちょっとカッコいいよね」とか言ってたクラスメイトの体操服は焼却炉に放り込んで、教科書は纏めて男子トイレの個室に突っ込んだ。北斗ホク──小林北斗に頼んだら、すぐやってくれた。持つべきものは彼氏だよね。苅谷夜明のことを「いい」って言う人間はすぐ、ひとりも、いなくなった。苅谷夜明は孤立無縁になった。


 それなのに、あいつは毎日学校に来た。ひっくり返された机を元に戻して、切り裂かれた教科書を開いて、ノートが破られることも予想していたみたいに毎日新しいノートを持参してきて、ぱっと見ですぐに『イイモノ』って分かるシャープペンシルを使ってて苛々する。北斗ホクに苅谷夜明のペンケース盗ってきてって頼んだけど、あいつ、本当の私物に関しては警戒心がとんでもなかった。野生のクマみたい。教室で流行ってる犬ごっこにも絶対に参加しなかったし、そのくせ遠藤からの嫌がらせは平然とスルーする、みたいな──ああもう、本当に腹が立つ。あいつのことが、本当に嫌い。


 北斗ホクが西林に声をかけて、苅谷夜明の髪を切ろうとしたこともあった。休み時間だった。苅谷夜明はいつも通り自分の席に座って本を読んでた。キモい本。カバーぐらいかけろっつーの。なんか、宗教とか、殺人とか、そういうことについての本だと思う。うちらの化粧品よりも、ああいうキモい本を学校に持ち込むやつを取り締まってほしいって思った。

 で、苅谷が本に没頭してるから、後ろから北斗ホクが近付いて。髪の毛を掴んで、引っ張って、西林がハサミで切ろうとして──そうしたら、苅谷夜明は低い声で「触らんとって!」って唸って、持っていた本の角で北斗ホクの──の鼻を持っていた本の角で思いっきり殴った。

 北斗ホクが鼻血を出して倒れているのに、苅谷夜明は謝りもしなかった。最悪。


 だから、私と北斗ホク、それに美樹、あと苅谷夜明に恥かかされてキレてた遠藤と、あとサッカー部の試合を見に来るように誘ったのにシカトされて怒ってた西林とで、あいつが二度と学校に来たくなくなるようにしてやろって話になった。

 今までだって転校しまくってたって話だし。別にうちの学校に卒業までいる必要なんてないじゃん?


 5人で、苅谷夜明を観察した。それで気付いた。あいつ、読んでる本は毎日違うけど、使ってるしおりは同じなんだ。

 大事なモノなんだって、すぐに分かった。


 そこからはすぐ。今度は5人で苅谷夜明を取り囲んで、本を取り上げて。「返せや!!」って叫ぶ声で、このやり方が正解だったんだって分かっていい気分だった。

 本を西林に放り投げて、西林がしおりを破った。苅谷夜明は真っ青になって、その場に膝を付いた。私の勝ち。私たちの勝ち。北斗ホクが苅谷夜明の背中を蹴った。あの女は何も言わなかった。遠藤が床に落ちてた本を拾い上げて、柔らかい文庫本だったから、ページをビリビリに引き裂いた。あの女は、それでも何も言わなかった。


 美樹が、西林が持ったままだったしおりを取り上げて、苅谷夜明の目の前でひらひらと揺らした。そこでようやく、あの女は顔を上げた。目に涙が浮いていた。


「返してほしい?」


 返してあげる気持ちなんてないくせに、美樹はそう尋ねた。

 私たちは爆笑してた。

 周りにいる他のクラスメイトは──誰も何も言わなかった。

 だから、ねえ、悪いのは私じゃないんだって。私と北斗ホクは、別に悪くないし、美樹も遠藤も西林も、あいつが失礼だから躾してやっただけなんだって。

 見て見ぬ振りしてたクラスの連中も、全員同罪じゃん?

 そうでしょ?


 なのに、どうして。

 ベッドの中にいる私を、狐が見てる。

 なんなの。

 使

 だからなの?


 帰ってよ、出て行って。

 私の青春めちゃくちゃにしないで。


 狐が見てる。

 狐が見てる。

 狐が見てる。

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