第六話 響野憲造②

 記者──響野がノートパソコンを広げて見せてくれたのは、電子版週刊誌の1ページだった。


「とはいえこれはボツになったネタなんだけどね」

「そうなんですか?」


 菅原が珍しく身を乗り出して見ている。そういえば昨晩も響野の記名記事に反応していたし、やはりこの男には何かがあるのかもしれない。

 記事のタイトルは──『売れっ子? イケメン? その正体はインチキ霊能者! 錆殻光臣のすべてを暴く!』。


「出禁って……」


 タイトルで何となく察しはついたが念の為確認すると、


「そう〜。錆柄光臣関係の番組とか会見とかそういうの全部出禁! 俺だけじゃなくてファイヤーのみんなと鵬額社の一部もNG食らっちゃってて、いや〜困った困った……」

「全然困ってないですね」


 と菅原が僕の耳元で囁く。距離が近いので、もちろん響野にも聞こえている。


「うん。正直それほど困ってない」

「にしても、この記事」

「そうなんですよ。俺らが出してる週刊ファイヤーって雑誌……知ってる?」


 改めての問いかけだ。僕と菅原は同時に頷いて、


「昨日、電子版の記事を見まして。でも雑誌自体は休刊になってるんですよね?」

「本物の匂いがしました」

「本物の匂い……は良く分からないけど」


 腕組みをした響野は、ニコニコと笑いながら続ける。


「そう、週刊ファイヤー自体は休刊になってる。大阪にあった出版社が潰れちゃったんだ。それで、俺と一部の編集の人間が『週刊ファイヤー』の名前ごと鵬額社に買い取られて、主に埋め草を書いているんだけど」

「埋め草ってなんですか?」


 菅原の問い掛けに「いい質問!」と響野は明るく応じる。


「これ見て、これは鵬額社が出してるファッション誌の電子版なんだけど」


 と差し出されたノートパソコンを、菅原は目を丸くして覗き込む。


「ファッション誌? というと、お洋服のことがメインなんですよね?」

「その通り。でも、お洋服のことだけ書いてると、こことかそうなんだけど、空白ができてしまうことがあるんだよね」


 響野が指し示す『ここ』にはファッション誌とは何ら無関係の怪談のような短い文章が載せられている。


「こういう、空白を埋める記事を『埋め草』と呼びます。ちなみにこの怪談を書いたのは俺です」

「怖い話、お好きなんですか?」


 菅原が重ねて尋ねる。響野は肩を竦めて、


「縁があるだけ」

「縁が」

「縁が……あっ、そうだ、それでどうして光臣関係を出禁になったんですか?」


 話が大きく逸れてしまった。軌道修正する僕の顔を見てまたニコニコと笑った響野は、


「この記事! 週刊ファイヤーはもう休刊してるんだけど、毎年夏と冬に電子版で復活を許可されてるんですよ。で、俺、去年の電子版の目玉記事としてこれを書いたんだけど……」


『売れっ子? イケメン? その正体はインチキ霊能者! 錆殻光臣のすべてを暴く!』


 改めて見ると、完全に喧嘩を売っているタイトルだ。


「響野……さんは。伯父がインチキ霊能者だっていう何か根拠があってこの記事を?」

「まあね」


 返答は、あっさりとしたものだった。


「俺にもの知り合いがいるから」


 菅原が声を上げる。明らかに、少しではあるが明確に興奮している声音。

 僕と菅原は、お互い以外に本物を知らない。響野の知り合いの本物が本当に本物なのだとしたら、ぜひ紹介してほしいぐらいだ。

 しかし。


「よく出禁で済みましたね」


 あのプライドの高い光臣相手に。そんな気持ちを込めて発言すると、それね、と響野は無精髭の浮いた顎を撫でながら呟く。


「この記事自体は錆殻光臣側からのNGが出て掲載中止になって、記事を書いた俺と、週刊ファイヤーの母体である鵬額社のことも訴えるって話になってたんだけど」

「訴えられなかった?」

「そう。なんか。なかったことみたいになって。俺は出禁になってるからマジで『』にはなってないんだけど」


 良く分からないんだよね。響野はそう言ってまた笑った。良く笑う人だ。


「で──俺はもう錆柄光臣本体に近付くことはできないんだけど」

「それはそうですね」

「でも、まさかその甥っ子さんが俺に声をかけてくれるなんて思わなかったな。浅瀬船中学校の件だろ?」


 いちいち説明しなくても話が早いのはありがたい。僕はひとつ頷いて、手を伸ばして響野のパソコンに触れる。


「今年の九月末に出た『週刊ファイヤー』」

「はいはい。『ちょっと遅めのお盆の大恐怖スペシャル』ね」


 ダサいなぁ。タイトル。


「浅瀬船中学校で起きたいじめ事件──がメインじゃないところが、引っかかったんです」

「なるほどねぇ。インチキ霊能者錆柄光臣とは格が違うな。目の付け所が俺好み」


 と、眼鏡の縁に軽く触れて響野は満足げな表情を浮かべる。


「浅瀬船中学校では、主犯格が二人、参加した学生が三人、合計五人の学生によるいじめ事件があった。これは事実。ただし、。俺は、ここは突くべきではないと思った」


 ジャーナリストとして、だろうか。


「いや。金儲けをしたい一介の記者として」


 あんまりちゃんとした理由じゃなかった。


「金儲け……?」

「そう。言うてどんなお仕事でも最後はお金ですからね。俺は定期復活を許されてるファイヤーのDL数を増やして儲けたい。あわよくば紙の雑誌として完全復活させたい」

「はあ……」

「となると、現在我が子が意識不明の状態で入院しているいじめ被害者家族のところにアタックするのはあまりよろしくない。で、加害者側を突っつこうと思ったわけだ」

「へえ……」

「そうしたら、これ」


 響野の指先が、九月に発行された電子版週刊ファイヤーの一ページを指し示す。


『A中学校いじめ加害児童の元に悪魔が? これは呪いなのか?』


 だからダサいんだよな、煽りが。


「ダサいぐらいの方がいいんだって。文学的なタイトル付けても誰も読まないでしょ」

「そういうもんですか」

「そういうもん!」

「悪魔って」


 菅原が入ってきた。瞳孔が開いている。

 悪魔。

 その響きに菅原はずいぶんと惹かれている。


「本当に、いるんですか」

「分からん」


 響野の返答はシンプルだった。


「ただ、俺は──」


 菅原の顔を見上げ、それから僕の顔に視線を移した響野憲造は先ほどまでの妙なテンションが嘘のように穏やかな声で言った。


「加害児童五人の家に行き、インタビューを試みた。その結果、、という結論に至った」

「根拠は?」

「勘」


 頼りになるのかなんないのか、わっかんないなこの人。

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