第6話
放課後になって、佳乃はいまだ千鶴と仲直りできずに1人で教室に残っていた。袮亜の言葉が脳内から離れない。こびりついて剥がれないシールの跡のようないや〜な残り方をして、忘れようにも忘れられなかった。
偽物と仲良くしろだなんて馬鹿なことを言う。2人の千鶴は同一人物であって同一人物ではないのだから、本物であることが明確な方の交友を大切にした方が良いことは考えなくても分かるだろうに。佳乃はぶつぶつ呟きながら、しかし、一理あるとも思った。
「そもそも袮亜とて男なのだから彼に乙女心が分かるはずもない。こういうときは女子に相談するのが一番だろう」
佳乃は図書室へと向かっていた。
『図書室の幽霊』を自称する少女が本を読んでいるはずだ。
日野宮高校の図書室はあまり大きくない。そもそも生徒数が2〜300人の学校だから蔵書もあまりなく、佳乃の肩までしかない本棚(郷土資料や化学系の本がすきっ歯に並んでいる)が数列と、現代小説の大きな棚が図書室の奥の壁にデンと設置されているだけ。彼は本棚の間を縫うようにして図書室の奥へと向かった。彼女はいつも左奥の壁に寄りかかって古い本を読んでいた。
「さくら、いるか?」
「視認してから声かけてなんの意味があるの。いるよ。なに?」
「実は聞きたい事があってな」
佳乃がそう言うと本を読んでいた少女――
「灰崎のお願いが面倒じゃなかった事なんてないでしょ」
「そうだっけか。いや、今回は簡単だ。知らない間に恥ずかしい姿を見てしまった女子にどうやって声をかけたらいいか――――」
「警察」
「おい!」
さくらはにべもなく言った。たしかに簡単な答えではあるけれど……と佳乃が悲しんでいると、彼女はため息をついて話を続ける。
「まず状況が理解できないんだけどさ、知らない間に恥ずかしい姿を見るってなに? 盗撮? のぞき見? 灰崎ならいつかやると思ってたから驚きはないけど」
「そうじゃないんだ。あー、説明が難しいんだけど、見せてきたのは本人なんだ。ただ、それは彼女本人じゃなくて、その子の知らない本人っていうか……うぅん、どうやって説明したらいいんだろうか」
偽物と本物、2人の千鶴がいて、本物の方は何も知らないのに偽物がノリノリで恥ずかしい所を見せてくる。なんて、どう説明したって伝わらない気がする。
佳乃は困り果てて「いや、いい。忘れてくれ。ごめん」と話を濁そうとするが、しかし、さくらは何か思い当たる事があるかのように俯いてぶつぶつ呟き始めたではないか。
「あれ、さくら? おーい」
「もしかしたら、いや、そんなはずはない。他人が簡単に観測できる事象では……」
「さくら? さくらー?」
目の前でぶんぶんと腕を振ってみるが、反応は無し。心当たりがあるとは思っていなかっただけに佳乃は取り残されたような気分になって声をかけ続けた。
しかし、やっぱり反応は無かった。
なんで心当たりがあるんだろう。とも思った。
さくらと祢亜には不思議な縁があるから、偽物を看破した祢亜のようにさくらもどこかで目撃していたのだろうか? そうも考えてみたけど、分からない。
そもそも祢亜が目撃していたこと自体が衝撃なのだ。さくらまでが「うん、見えてるよー」なんて言い始めたら千鶴はどうなる。学校に来れなくなるのではないか。
恥ずかしさと恐怖で家から出られなくなるのではないか?
佳乃はそれが怖かった。
「おい、さくら、さくら」
もしかしたらとんでもない事が起こっているのではないか。
そんな漠然とした不安が佳乃を襲って居心地の悪さを隠せずにいると、何か納得したらしいさくらが顔をあげて「よし、じゃあこうしよう」と言った。
「どうするんだ」
佳乃がどこかホッとして訊ねる。
「とても良い案を思いついたよ。それに、灰崎が置かれているであろう状況もなんとなく想像がついた。その前に一つ確認しなければならない事がある」
「確認しなければならない? なんだよ」
「とっても大事な事なんだけどね。灰崎はその本人じゃない女の子の事をどう思っている? それによってとるべき選択肢が変わる」
本人じゃないというと……偽物の千鶴の方だろうか。
破廉恥、エロス、まあ、そういう男の欲望を詰め込んだようなやつだと思っているけれど、それをそのままさくらに伝えることは憚られた。「まぁ、目の毒というか、あまり関わりたくない……かな」
伝え方としては間違っていないはずだ。
さくらは「だろうと思った」とため息をついた。
「それなら話は簡単。偽物の要求を呑みなさい」
「お前までそういうことを!」
佳乃が見放されたように感じるのは仕方のないことだろう。
さくらなら実用的なアドバイスをくれると期待していただけにこの回答は痛い。
しかしさくらは佳乃の言葉狩りをするように、
「お前までという事は、祢亜にも言われた?」
「う……」
「やっぱり。祢亜がそう言うなら間違いないね。私は彼と同じ推論を立てている」
「……はぁ」
類は友を呼ぶ。なんて悲しい言葉なのだろう。
佳乃は彼らの性質に嘆くたびに、それに近しい捻くれ者である自分にため息を禁じえなかった。
「助けを求めておいてため息とはなんだ。いいか、灰崎が助けろと言うから私なりに解決策を考えてだな」
「ああ、はいはい、分かってますよ。ありがとう、さくらさん」
このままコイツに喋らせたら話が長くなると直感的に察した佳乃は肩をすくめて話を切り上げた。さくらは何か言いたそうに佳乃を見上げるけれど、むすっとして読書に戻った。
知りたい事を知る事はできなかったけれど、今の佳乃が頼れる相手は祢亜とさくらの2人くらいのもの。後はもう、2人の言うとおり偽物に接触するほかないのだろう。佳乃が礼を言って図書室を後にしようとした時だった。
「誰と話しているの?」
どこかおどおどした様子のある千鶴が、本棚の向こうに立っていた。
いきなりのお出ましである。
佳乃はびっくりして声を出しかけたがすんでのところで持ちこたえて「悪い。うるさかったか?」とむせ気味に言った。
「うるさいっていうか……なんていうか……まぁ、不思議……?」
「………?」
佳乃が女子と話しているところがそんなに不思議なのだろうか。佳乃はひどく傷ついたが、しかし、深く追求すると今度は塩を塗りこまれそうなのでやめた。
「なにか用か?」
「あ、うん。生徒会の用事が終わったんだ。一緒に帰ろ?」
「ほう……? 急にどうした?」
佳乃が訊ねると千鶴は急に胸の前で手のひらを合わせて、もじもじとした様子で目線をそらした。
今朝の様子とは明らかに違う。本物ならこんな風に一緒に帰ろうなんて言ってこないだろうし、偽物ならもっとぐいぐい来ると思われる。
佳乃には、それが偽物の千鶴であるか本物の千鶴であるか判別しがたかったが、偽物が攻め方を変えてきたと思えば、これも男心をくすぐる策であろうと考えて不自然ではなかった。
佳乃はいぶかしんだが、千鶴はそれに気づいていないようだ。自分の事で精一杯のようにも見える。
「そ、その……ほら、朝の事、ちゃんと話しておかないとだし、やっぱり、佳乃くんに嫌われたくないっていうか……今日一日、寂しかったっていうか……」
「ふぅん……」
これが演技ならばたいしたものだが、よし、2人に言われた手前無視するわけにはいかないと彼は考えた。
「そそそ、それに、今日はお父さんもお母さんも家にいないから……」
「分かった。一緒に帰ろう」
「うぇぇぇぇぇぇぇぇ!? 嘘!? いいの!?」
一応断っておくと、佳乃は両親不在の部分を聞き落としていた。彼はただ友人たちのアドバイスに従っただけ。虎穴に入らずんば虎子を得ず。を実践しようとしただけである。なぜ千鶴が顔を真っ赤にしているのか理解ができなかった。
「ふぇ……、へ、お、お泊り……? お泊り!?」
「お泊りとは、どういうことだ?」
「やぁぁ、いきなりそんなぁ……まだ心の準備ができてないけど……佳乃くんなら……」
「聞いちゃいねぇ……しかし、言動的に偽物の方か?」
佳乃は一抹の不安を抱えながら、しかし、やると決めたらやるしかないと覚悟を決めた。
試しに手を取ってみると千鶴は弱々しい声で「にゃぁ……」と鳴いた。
やっぱり本物なのかもしれない。
清楚で可憐な幼馴染の秘密を知ってしまった僕が出会ったのはもう一人の幼馴染!? しかもそっちの方が積極的に仕掛けてくるからすごく困る あやかね @ayakanekunn
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