第4話
電車を降りる。駅のすぐ前には車一台がギリギリ通れるくらいの小さなロータリーがあり、ロータリーを出ると四方向に道が伸びている。ちょうど『大』という漢字のように道路が敷かれていて、『大』の上の出っ張った小さなところに立っていると思っていただきたい。
住宅街というほど整った街並みではないが、家屋が通りに沿って建っている中に商店がこっそり混じっている。そんな通りが三本あり、唯一上り坂になっている右上の道には何も建っていない。その坂を上っていくと佳乃たちの通う学校、日野宮高等学校があるからだ。
佳乃はため息をついて蛇腹に折れる上り坂を見上げた。
「はぁ、今日は特別気分が重い。それもこれも全部あの偽千鶴のせいだ……あれのせいでマジ千鶴との仲がこじれたらどうしようか」
これからの学校生活が不安で仕方がない。あれが他人に見えていないのだけが幸いだけれど、もし授業中に絡まれたりしたらどうしようか。
ただでさえ最近の千鶴は挙動不審な所があるのに……。
佳乃は、あの胸に屈せず学校生活を送れる自信が無かった。
「ちゃおー佳乃くん」
……というのに、出た。偽佳乃。
「うわっ!」
「あはは、びっくりした?」
背後から抱き着いてきたのか、たゆんとした感触に背中を押されると同時に千鶴が首に手を回して拘束してくる。
これは何なのだ? 出てきてほしくないときに出てくる。心の清らかな佳乃だけに見える
柔らかい匂いに柔らかい体。あと柔らかい胸。存在そのものが柔らかい千鶴はそれを存分に使って佳乃に抱き着いていた。
「離せよ!」と文句を言うと、千鶴は耳元でこう囁いた。
「ダメだよ? 私は佳乃くんにしか見えていないの。もしここで声を出したら佳乃くんは不審者確定だよ?」
「ぐ………」
「だからぁ、こういう事をしても、誰にも見られないわけ」
千鶴は佳乃の体から手を離し、自身の体の下の方へと持っていく。
何をするつもりだろう。と佳乃がおっかなびっくり背後を振り向くと、
勘弁してくれ。
千鶴はスカートの端をつまんで持ち上げていた。
彼女は、今日は高校の制服を着ていた。朱色のブレザーに紺色のスカート。赤色の蝶ネクタイが可愛らしいけれど、スカートの下にはガーターベルトを履いている。
昨日もそうだったけれど、この偽千鶴はなぜこうも煽情的な格好をしているのだろうか。
胸元も第二ボタンまで開けている。柔らかそうな2つの球体が狭いところに詰め込まれて今にも溢れんばかりだった。
「ね、見たいよね。見たいでしょ?」
すすす、と裾がゆっくりと上がっていく。白い太ももが陽の光にさらされ、佳乃は思わず目を背ける。
「さあ、どうするの? このままだと下着が見えちゃうけどさぁ、私を止める? それとも誰にも見えない立場を利用して見ちゃう? 佳乃くんはどうするのかなぁ?」
「………………………」
「見てはいけないものを見てしまうのって背徳的だよね。興奮するよね? 隠されてるから見てみたい。晒してはいけないものだから見てみたい。だってこんなの水着と役割変わんないのにさ。佳乃くんは昨日見てるはずなのにさ。顔を赤くして目をそらしてるんだもんね。いいんだよ? 見たいなら見ちゃお?」
「千鶴の顔で、そういうことを言うな」
千鶴が築き上げた信頼。評判。そういうものが壊れる様を見ているようだった。
千鶴の顔をして、千鶴の体で、千鶴が避けてきたことを狙ってするこいつはなんだ。
なぜ性的な事ばかりをするのだ?
「だってそれがあの子の願いだから」
「は?」
心の中を読まれたような一言に佳乃は思わず振り返った。
しかし、
「ふふっ、ざーんねん。もう少し早く振り向いていれば見えたかもねー」
千鶴はもうスカートを戻していた。
佳乃は安心したような残念なような、少し複雑なため息をついた。
「あれ、もしかして見たかった?」
「んんんなわけあるか! 僕は学校へ行く! 付いてくるな!」
「顔真っ赤。腰が曲がってるぞー」
「うるさい!」
佳乃は、まだ煽り足りないような千鶴を放置して学校へと歩き出した。
偽千鶴に付き合っていたらずっと彼女のペースに呑まれてしまってきりがない。それに、偽物と会話をすることが千鶴への裏切りのように佳乃は思った。
千鶴と築き上げた友情や思い出に土足で踏み込まれるような嫌悪感があった。
千鶴はこんなことをするヤツじゃない。
『だってそれがあの子の願いだから』
偽物がついた嘘に決まっている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます