第3話
父は高血圧や糖尿病といった成人病を患い、長年に渡って入退院を繰り返してきた。
本人にはあまり自覚症状が無かった物の、人工透析をしなければならないほど病状が悪化し、心臓の周辺の血管にも詰まりが発生していたため、二度ほどカテーテル手術を受け、ステントと呼ばれる金属製の部品で狭窄部分を広げていた。
その三回目のカテーテル手術で、意識が戻らなくなり、植物状態のまま1ヶ月を経過した後、静かに息を引き取ったのだ。
手術の失敗ではない。
私は今でもそう信じている。
詳細については専門外なので書くことは控えるが、父が受ける三回目のカテーテル手術は、とある理由によりそのリスクが跳ね上がるということで、家族は事前に十分な説明を受けていた。
手術の直前にお見舞いに行った時には、余りあるほど元気一杯で「隣のヤツのイビキがうるさくて全然眠れないから、こんな所にいたら死んじまうよ!」と皮肉たっぷりの文句を垂れていた。
その父の手術が終わり「無事に成功しました!」と執刀医から説明を受け、ホッと一安心した後で、とある薬剤に対するアレルギー反応により、そのまま意識不明となったのだ。
本人に苦しみが無かったのがせめてもの救いだったと納得して、遺された家族で悲しみを分かち合った。
そうして迎えたお通夜の日に、父とは特に仲が良かった母方の伯父が、一晩中お通夜に付き添うと申し出てくれた。
父が亡くなってからの数日間は本当に慌ただしく、時間的な余裕がない中で親類縁者などへの連絡や、お通夜・葬儀などの段取りを整え、まずは滞りなくお通夜を迎えられたことに安堵したのだが、その時点で疲れ果てていた。
そんな私達にとって、伯父の申し出は本当に有り難い事だった。
お通夜の参列者が帰った後、ようやく静かになった部屋で、線香の火が絶えないよう交代しながら新たな線香に火を灯す。
今夜はこの世で父と過ごすことの出来る最後の夜だ。
明日になれば永遠の別れが来る。
父の穏やかな顔を見ると、これまで反発ばかりしてきた自分の愚かさに打ちのめされ、本当は尊敬していたのに、その気持ちどころか感謝の言葉すら一言も伝えていなかった事を心底後悔した。
胸が張り裂けそうな苦しみに襲われる。
そんな想いが胸の中を駆け巡りながら、棺を静かに覗き込んでいると、伯父が背後からそっと近寄ってきた。
伯父の方を振り返ることも出来ず、しかし悲しみを悟られまいと思い、ふと質問を投げ掛けてみた。
「お通夜では、どうして線香の火を絶やしてはいけないのですかね?」
目の前には蚊取り線香を細く小さくしたような螺旋状の線香があり、頻繁に線香に火を付けなくても長時間火が絶えないようになっている。
「さぁ…。諸説あるみたいなんだけど、大昔は亡くなった人を土葬にしていたじゃない? 地面を深く掘って亡くなった人を埋めるのだけど、時に野生動物が掘り起こして遺体を傷付けてしまうことが有ったようなんだよね。それを防ぐために火を焚いて煙をおこし、掘り起こされないようにしたのが始まりだという説を聞いたことが有るんだ。お通夜の時に線香の火を絶やさないというのは、その名残なのかもしれないね。邪悪なものから亡くなった人を護るためのね。」
他にも色々な説があるとの事だったが、その時の私にはその説明が一番シックリ来る物だった。
しかし、なんとなく強がりを言わなければならないような気がした私は、伯父の説明に対してついつい余計な口を挟んでしまった。
「私は…。こんな事を言ったら不信心者と思われてしまうかもしれませんが、そういうシキタリとかってあまり信じてないんですよね。例えばちょっとこの線香の火を、試しに消してみようかなぁとか…。」
叔父は静かに応えてくれた。
「まぁ、実際のところ線香の火が途絶えたところで、どうという事は無いのかもしれないね。それでも先人が知恵を絞って長く続いてきたシキタリについては、ある一定の敬意を払うべきかもしれないよ? 私は火を絶やさない方が良いと思う。勿論うっかりして火が消えてしまうことも有るかもしれないけど、敢えてやるべき事では無いと思うな。」
勿論私にしても線香の火を絶やしてみようなどと本気で考えていたわけでは無いのだけど、伯父の強い勧めを受け入れて、新たな線香を追加した。
「明日はまた大変だから、少し仮眠を取ったらどうかな? その間、線香が消えないように私がしっかり見ててあげるよ。すぐ横にある仮眠室を使うと良いよ。」
伯父の提案を素直に感謝して仮眠室に行き、横になるとすぐ眠りに就いた。
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