第2話

不思議な夢を見た日から数日が経過したある日の晩に、ふと気が付くとまた「あの場所」に立っていた。

トウモロコシによく似た背の高い植物が、見渡す限り広がる不思議な畑。

そしてその畑の中に真っ直ぐ伸びる一本道。

背後には暗くて深い森と、その奥には山がそびえ立っている。

少年の顔を再びジックリと見る。

やはりどこかで会ったことが有りそうだ。

凄く身近なところで絶対に会っている。

それなのにどうしても思い出すことが出来ないでいた。

とても歯痒い気持ちだ。

ふとお爺さんが口を開いた。

「ここまでは穏やかな一本道だった。誰も迷うことはない。しかしここからは違う。これから君の案内でこの少年を導き、暗い森を抜け、山の頂上にある安全な場所まで連れて行かなければならないのだ。」

お爺さんの表情は真剣そのもので、その厳しい瞳からは、この任務がとても困難であることが読み取れた。

思わず息を飲む。

「私はこの少年の付き添いをする事は出来るが、この森の中を案内する事は出来ない。君が間違い無くこの少年を導かなければならないのだ。わかるかね?」

「はい…。でも僕には目的地が判りません。この森を道なりに抜けて行けば良いのですか?」

少年の案内役を仰せつかったものの、まだ事態がよく飲み込めていない。

不安な気持ちを言葉にして、お爺さんにぶつけるしか無かった。

「目的地の心配はしなくても良い。この森を道なりに進めば辿り着けるのだ。しかし気を付けなければならないことがある。それをこれから説明する。よく聞き、決して忘れぬように肝に銘じなさい。」

「判りました!」

そして視線をふとお爺さんの手許に移すと、いつの間にか両手に松明を持っている。

周囲は暗くなり始めており、まるで照明のスイッチを操作しているかのように、見る見るうちに暗くなっていく。

松明の明かりが周囲を柔らかく照らし始めていた。

「これから、この松明を君たちに一本ずつ授けることにする。松明の炎は安定して強く燃えているように見えるが、決して手から離してはならない。もしほんの一瞬でも手離してしまうと、炎は消え、二度と燃えることは無いだろう。判ったかな?」

「はい! 判りました。手を離さなければ良いのですね?」

私が復唱すると、お爺さんは少年の方に目を向けた。

少年も「判りました。」と短く返事を返している。

お爺さんは我々二人の様子を見てから、一度深く頷き、次の言葉を紡ぎ出した。

「それではこれから君たちに松明を手渡すぞ。一度手にしたら、何があっても決して手を離してはならぬ。よく心して受け取るように。」

お爺さんはそう念を押すと、まず私に、それから少年に松明を手渡した。

とても力強く燃えており、手を離したくらいで簡単に消えてしまうような代物には見えない。

「くれぐれも手放さないようにな! 決して炎を絶やしてはならないぞ!」

その力強いお爺さんの言葉を聞きながら、ふと目が覚めた。

その言葉にはとても現実味があり、まるで寝ているときに耳元でしっかりと話し掛けられたような生々しさが有った。

お爺さんの言葉が頭の中でこだまする。

『決して炎を絶やしてはならないぞ』と…。

そうして目覚めたのは、父のお通夜が執り行われる日であった。

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