第43話 名を呼ぶ暗きもの
「ふう、はぁ……これで何個目……? 外も暗くなり始めてる……バルト、リーシャ……まだなの?」
ガチャアン! と派手な破砕音が部屋の中に鳴り響き、破片を一つ残らず粉々にしていく。
逃げに逃げて逃げ続けながら、私は現在最上階の角部屋にいる。
鏡の破壊作業は下から進めるより上から進めたほうが逃げ道も確保しやすい。
それに上がって分かったことだけど、どうやらナニカ達は一階に集合しているらしく、三階にはまだナニカの姿は見当たらなかった。
気付かれていないのか、放置されているのかは分からない。
けどこのチャンスを逃すつもりはない。
三階の部屋は二十四。
その一部屋一部屋をシラミ潰しに探索し、どんな小さな鏡も、反射する物も叩き割り、粉々に粉砕していった。
体に張り付いたリーシャの血が乾き、パリパリになってローブもバリバリになっていて動き辛いったらありゃしない!
あぁ水浴びしたいお風呂入りたいシャワー浴びたいハーブ入りの石鹸で体ごしごししたい!
血生臭いのはリーシャの血だけではない。
この屋敷全体に血生臭いような魚臭いような生臭さが充満しつつある。
百億パーセント、ナニカの影響によるものだろう。
あの……なめくじのような頭をした触手魚は全身からどす黒い粘液を吹き出しており、それがとても臭かった……鼻がもげて脳髄が腐り落ちるかと思った。
「今日は……満月か……最悪ね」
月の光が魔力を帯びているのは常識の範囲だけど、悪しき者達が活発化する要因の一つでもある。
有名なのは人狼、ウェアウルフだろう。
月の光を浴びると人から狼男へと変身するというアレだ。
一説にはそれも何らかの呪いだという話だけど。
呪い呪い呪い、この世には呪いや瘴気、負の悪意が渦巻きすぎている。
いっその事冒険者と解呪の専門家の掛け持ちでもやろうかしらね。
「はぁ……よりにもよってこんな日に満月とか……本当についてないわね私」
けどこれであの日だったらもっと最悪だった。
月一で訪れるあの日は私の法力を著しく減退させる。
程度の違いはあるけど、一番ひどい日で通常の十分の一まで落ち込む事もザラだ。
『ィィィィ……』
遠くでナニカの呻き声が聞こえる。
まずい。
さっきより近い。
きっと二階にまで上がってきてる。
それに地下で屍蝋を押し留めていたプリズマティックプリズンの効果は既にない。
間違いなく一階に上がってきていることだろう。
想像するだけでなんとか値が急降下しそうだ。
鏡を破るペースを上げ、ようやっと最後の一枚らしき鏡を粉砕した所で--。
『にょmyだよsdkれ;pkd』
ナニカが三階まで上がってきた!
「【イグナイト】!」
ブレイブハートの上位版を自分に施し、扉を開けた。
屋敷には明かりがない。
なので私はこうするのだ!
「【クリアランスライト】」
私の周囲に複数の聖なる光が浮かび上がり、次々と前方に射出されていく。
そのおかげでナニカの姿がよく見えること見えること。
「うー気持ち悪っ。さっさと二階にいかなきゃ! ちょっとどいて!」
階段を登ってくるナニカに向けて聖法を放つと実に苦しそうな叫び声を上げて溶けていく。
一体二体ならまだ余裕で迎撃できるけど無駄撃ちは厳禁。
道を塞ぐモノだけを処理して二階へと降りる。
二階にもナニカはちらほらといるが、そこまで数は多くない。
一番近くの扉を開けて閉める。
私の周囲に浮かぶ白い光が部屋の中を照らすがナニカの姿はない。
ふう、と小さく息を吐いて作業にとりかかる。
一部屋、二部屋、三部屋とスピーディに粉砕していき、這い出るモノ共を煙に還していく。
「フィリアーーーー!」
その時、待ちに待っていた声が屋敷の外から聞こえた。
やっと! やっときた!
呼んで来てくれた!
「フィリアーーー!」
……おかしい。
この声は本当にバルトなのか?
声は私のいる部屋の窓の外から聞こえる。
そっと窓際から下を見るが、確かに人影はある、あるのだけど。
「フィリアーーー!」
何で一人なんだ?
バルトらしき人影は庭に棒立ちになり、声を上げている。
バルトはリーシャと共に応援を呼びに行った。
なのに一人でいるとはどういう事か。
バルトだけ先に戻ってきた?
それとも何かがあって引き返してきた?
いいや違う。
あれは--。
「【ホーリージャベリン】!」
「フィリアーーーー……」
私の放った攻撃が思い切りバルトに直撃する。
そして……人影はぼろぼろと崩れ去った。
きっとあれは釣り餌だ。
おそらく一階にいるナニカがバルトの……え、まって。
何で外に出てるの……?
「フィリアーーー!」
くそ! まただ! 一体何体が外に出たっていうのよ!
それにどうやってバルトの声を……!
「フィリアーーー! 無事か!」
「フィリアー! 教会の人を連れてきたわよ!」
えっ、ここにきてリーシャまで?
こずるい事をしてくれる!
「そう何度も騙されると……ってあれ? 本物?」
窓際から再度聖法を放とうとした時、庭を囲む柵の外側から松明を振るバルトとリーシャ、それに法衣を来た人の姿も見えた。
助かった……!
あれこそ本物だ!
「みんな! 私はここ! でも中にはやばいのがうろついてて!」
「あなたがフィリアさんですか! 一人でよくぞ耐えました! これより我らが突入いたします! フィリアさんもどうかご助力願えればと思いますが!」
「で、でも……!」
声を張り上げる法衣の男性と背後にある扉を交互に見る。
二階にはまだそこまでいないけれど、一階はきっとナニカの群れがひしめいている。
どうしたものかと思い悩んでいるとリーシャが再び声を張り上げた。
「飛んで! フィリア!」
「はぁ!? ここ二階ですよ!? 打ち所悪かったら死んじゃいますよぉ! 首ゴキィってなりますよぉ!」
「死なないわ! あなたは私が守るもの!」
「でもおお!」
私がいる部屋と柵の外側は少なく見積もっても五メートル以上はある。
それほどの距離を飛べるほど私の脚力は強靭じゃない。
かと言ってここで飛び降りたらきっと中庭に転落するだけだ。
それに中庭には釣り餌バルトを作ったナニカがいるかもしれないし……。
ガツン!
「うひぃっ!?」
背後の扉から何かを叩きつけたような音が聞こえる。
バガン!
大声で騒ぎ立てたからナニカかが嗅ぎ付けたのか……!
ええい仕方ない!
「んんんん! 信じるわよリーシャ! 死んだら恨むからあああ!」
「任せて!」
「とべえ! フィリア!」
ゴシャア! という扉が破壊された音と、私が窓枠を蹴ったのはほぼ同時だった。
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