第42話 S〇N値急降下

『kg`3+*`:dneua……』


『みゃsんdすふぉ……』


『kじあpkdんcばp、えr:;@^』


「ひぃ、ひぃ……」


 扉越しに聞こえてくる意味不明な言葉、その一語一句が脊髄を、脳髄をねっとりと撫でつけてきて悪寒が止まらない。


 あの異形のモノ達は一体全体なんなの!

 あれもネクロノミコンの禁術が生み出したモノの一つなの?


 大きな茹で卵に人間の目が無数に浮き出ていたり、ミンチ肉みたいな頭から蜘蛛みたいな足が生えてたり、人の胴体がムカデみたいになってて足先全部人の頭だったり、水死体みたいな触手が絡まりあったような生き物とか、全身に口が付いてる四つ目のなめくじとか。


 なんかもう見るだけでメンタルが持っていかれる。

 これこそまさに名状しがたいナニカってやつ。


 表現で表したら、それを考えたら、ごりっとまるっとメンタルが持っていかれる。

 なんだっけ、なんとか値ってやつ。


 息をするだけで気付かれそうだし、なんなら生きているだけで気付かれそうな気がする。


『あいあいあいあいあいあいあいあいあい』


「ぴゃああ!?」


 隠れている部屋のクローゼットからそんな声が聞こえ、反射的に飛び上がった。

 クローゼットがガタガタと揺れていて、中に何かがいる、というよりはきっと今出てきたのだろう。


 クローゼットの内側には鏡が取り付けられている事が多い。

 きっとその鏡から出てきてるんだ。


 開けたらダメだ。

 絶対に。


 私が背にしている扉の外には正体不明のナニカが蠢いているから出ていけない。

 けど這い出ている最中なら……さっきみたいに粉々に砕けば消える!


 見ればきっとメンタルがさらに削られるだろうけど、でもやるしかない。

 先ほどまでかけていた護雷聖域壁はすでに解けている。


 扉を開け、距離を取り、攻撃聖法でズドンといちころ。

 それしかない。


「それいけ根性うううう! はいこんにちはぁ!」


 高鳴る鼓動を押さえつけてクローゼットの扉を開ける。

 脱兎の勢いで後方に飛び、


「【ホーリーパニッシュメント】!」


 突き出した掌から光弾が射出され、クローゼットごと破壊する。

 

『おろおろおろろろろ』


 粉砕された衝撃で分断されたソレがぼとぼとと周囲に散らばる。

 卒倒しそうになりながらも術を連打してソレを撃ち抜いていく。


「はぁ、はぁ、見ただけで、ってのがきついわよね。まぁでも、これくらいなら、耐えられる……」


 よれよれになった自分の心をブレイブハートで奮い立たせる。

 ブレイブハートは初級の初級なので使い勝手がいいけど、あまり長い事続かないのが欠点。


 もっと効率よく使えるのがあるけど、私の法力も無尽蔵ではない。

 この先何があるか分からないし、無駄打ちはしたくないのだ。


 ホーリーポーションや聖水をもっと持ってきていれば違ったんだろうけど、生憎そこまでの数は持って来ていない。


 念の為に持ってきた法力を回復させる数少ないホーリーポーションも残り一本。

 何かないか、突破口はないのか。

 考えろ、考えるんだ。


 今日の晩ご飯とか考えてる場合じゃ無い。

 それは現実逃避って言うんだ知ってるか私。


 お腹空いてるのは多分向こうも同じ、空腹同士仲良くやろうじゃないのさ。

 黒い煙になって霧散するナニカを見つめながら、私は脳をフル稼働させて自分の使える百以上の術の中から今使えそうな術をリストアップしていく。


 局地的に使うもの、対人向け、フィールドに干渉するもの、多人数向けのもの、結界、妨害、要塞、ありとあらゆる可能性を考えて順番を組み上げていく。


 半分ほどになった私の法力と、残り一本のホーリーポーション。

 応援を呼びに行ったバルトとリーシャがどれくらいで戻ってくるもかも分からない。


 外に出るわけにもいかない。

 なら最善の解は見つからないように息を潜め、じっとしている事が一番なのだろう。

 けどきっとこうしている間にも屋敷の中の鏡から、名状しがたいナニカが次々と這い出てきている。

 なら、それなら私のやるべき事はひとつ。


「出てきたヤツを相手にするより、出入口を潰した方がいい。ね」


 汗ばんだ掌をぐっと握りしめ、私は行動を開始した。


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