第40話 爆走!

 一見何も無い、平穏そうなプロヴィオ屋敷から飛び出した二つの影、バルトとリーシャは血相を変えて全力で丘を下っていた。

 

「急げ急げ急げ!」


「でもバルト! 私この近くの教会なんて知らないよ!」


「俺が知ってる! 一番近いのはデテリアの村だ!」


「テデリア!? 私が以前立ち寄った時には教会なんてなかったわよ!」


「最近出来たんだ! つい数ヶ月前だ!」


「でもテデリアまで馬車で二時間はかかるじゃない!」


「そこが一番近いんだ! 行くしかねぇ!」


 丘の斜面を滑るように駆け下りながら二人は急ぐ。

 たとえ馬車で二時間かかろうとも行くしか無い。

 そこしか助けを求められる場所がないのだから、何をしてでも向かわなければならない。

 

「死ぬなよ。フィリア!」


 バルトとてフィリアが死ぬとは思ってもいない。

 彼は始めてフィリアと出会った時の事を思い出す。


 もうダメかと思った矢先に現れた救いの手。

 自信に満ち溢れていながらもどこか田舎臭さの抜けない、どこにでも居そうな普通の少女。


 それがフィリアに対する最初の印象だった。

 しかしその実力を目の当たりにした時、印象はがらりと変わった。


 バルトはそれなりに長い年月を冒険者として生きて来た。

 だがたった数分で欠損した部位を修復し、傷ひとつない状態まで回復させるなどという離れ業を見せつけられたのは初めての事で、今までどれだけ優れたヒーラーでも不可能な芸当だった。


 フィリアはそれをほんの数分で完了させてしまった。

 その時のフィリアはとても神々しく美しく、まさに聖女のような雰囲気を纏っていた。


 リーシャの時もそうだ。

 プリシラの時もそうだ。


 本来解呪というものは仰々しい儀式のような行為を経て行われるものだと、そう思っていた。

 だがフィリアはまるで買い物に行くかのような気軽さでリーシャとプリシラの呪いを解いた。


 いつもはふざけているのか真面目なのかが分かり辛い少女ではある。

 だが彼女の持つ力は本物だ。


 いずれはきっとヒーラーの頂点に立つような奴だ。

 と、バルトはそう思っていた。

 だからフィリアが死ぬはずなんてない、そう信じていた。


「バルト! 肉体強化の魔法!」


「あぁ一番強いヤツで頼む!」


「もちろん! 【オーバーフルポテンシャル】!」


 強化の輝きがバルトとリーシャを包み込み、二人の地を蹴る力が爆発的に増大する。

 普段は強敵と戦う時に使用するオーバーフルポテンシャル。


 肉体が本来持っている筋力の力を完全に解放させ、限界を超える力を対象に与える魔法。

 その力がただ地を蹴り、足を前に出して走るという単純な行為にのみ行使されている。


 全速力の馬と並ぶほどの速度を引き出した二人は、土煙を上げながらテデリアまでの最短距離を爆走していく。

 そして――。


「見えた!」


「よし!」


 遠くに見えるテデリアの村の入り口、そしてその奥には真新しい十字架を掲げた教会が見えた。

 二人は速力を緩める事なく村に飛び込み、目を丸くする村人を無視して教会へと飛び込んだ。


「すみません!」


「助けてください!」


 蹴破られるように開かれた扉の奥には数名の聖職者がおり、その誰もが村人と同じく目を丸くしていた。


 それもそのはず。

 リーシャもバルトも、ネクロノミコンが活性化した時の一件――リーシャの腕が粉砕された時の――リーシャの血を全身に浴び、真っ赤に染まっていたのだから。


「ど、どうしましたか!」


 一番早く冷静になった聖職者が駆け寄り、二人を支えて中に招き入れる。


「プロヴィオ屋敷で、あの! あれです!」


「ネクロノミコンがあって! それで目覚めて! フィリアが危ないの! 助けて!」


 ネクロノミコン、その単語を聞いた瞬間の聖職者達の反応は劇的だった。


「ばかな……そんな恐ろしい物があの屋敷にあるはずがない……」


「だがあの付近で過去に何度も事件が起きている。それがネクロノミコンの影響だとしたら」


「確かに納得がいく。それにあの付近に立ち寄った際に感じる悪寒、怖気にも」


「血塗れの二人の必死な様子、嘘やからかいではない……お二方、ネクロノミコンは何十年もその行方が掴めていないかなり危険な一品なんです。それはどこにあったのです? あの屋敷には冒険者の方々が何度も訪れているはず」


 一人の聖職者が会話をじっと聞いて待っていた二人に近寄り、諭すように質問を投げかけてきた。


「地下室です。地下室に隠し扉があり、その先にも地下室があって、そこの小部屋にあったんです」


 バルトが事の詳細を簡潔に伝える。

 難しい顔をした聖職者達は一同に頷き--。


「もうしわけありません。私達では恐らく役不足で……」


「そんな! フィリアは今たった一人でバケモノ達を押し留めてるのよ! あの子が出来てあなた方に出来ないはずないじゃない!」


「な……! たった一人でですって!? それにバケモノとは……?」


「バケモノよ! 人形のような死体が……い、いえ、生きてはいるけど人形で、その、なんていうか……言葉で説明するのは難しいんです! お願いです! 助けに行って!」


 リーシャは聖職者のローブに縋り付き、涙を流しながら懇願を続ける。

 しかし聖職者達は首を左右に振る。


「落ち着いて聞いてください。私達では役不足とはいいましたがお手伝いをしないとは言っておりません。これから私達は一人残してプロヴィオ屋敷に行きます、あなた方も同行をお願いします。残りの一人にはもっと強力な助っ人を呼びに行ってもらいます。その方ならばお役に立てると思います」


「あ……! ありがとうございます! ありがとうございます!」


 リーシャはローブを握りしめていた手をすっと緩め、両手で顔を覆い泣き出してしまった。

 バルトは何度も何度も頭を下げ、感謝の言葉を吐き出した。


「ですがそんな危険な場所に行くのであればこちらにも準備が必要です。少しだけお時間を頂戴いたします」


 聖職者達は一同に頷き、テキパキと行動を開始した。

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