第39話 暗闇に蠢くモノ
「う、うそでしょ……? まだ他にもいたの?」
恐らくバルトらは脱出する際に一階の扉を閉め忘れたのだろう。
さすがに玄関口を閉め忘れたということは無いと思いたいけど。
水に濡れたような音はゆっくりと、けど確実にこちらに向かって来ている。
しかもぺちゃっ、ぴちゃっ、という音に、他の音も紛れている事にも気付いてしまった。
ざり、ざり、ぐちゅ、にちゅ、こつ、こつ、こつり、がちゃ、がちゃ。
ひっかくような音、ミンチ肉を揉んでいるような音、硬質な何かが床を叩く音、甲冑がこすれるような音。
様々な音が混じり合いひしめきあいながら徐々に近付いて来ている。
「……このままだと挟まれる、よね」
どんな者達が近付いて来ているかは不明だけど、良い者であるわけがない。
一階から上には特に気になるような物はなかったはずだけど、きっと気にならないようにカモフラージュされていただけなのだろう。
この屍蝋達のように。
じゃなければこの状況に説明がつかない。
ちょっとやばい。
ぞわぞわとした悪寒がさっきから抜けないし、むしろ増してさえきている。
けど何で?
ネクロノミコンが活発化しただけでこうも次々と起き出してくるものなの?
「……しまった」
そこで私は思い出した。
ネクロノミコンが何をしたか。
『やだ……やだやだ……!』
『ああああああ!』
脳裏にリーシャの恐怖に染まった顔とネクロノミコンによってぐちゃぐちゃにされた腕の映像が浮かぶ。
あの時あの部屋はリーシャから噴き出した血によって赤く染まった。
ネクロノミコンも、血を、新鮮な生き血を浴びて赤く染まった。
「それが狙い……? 意思のようなものは感じられなかったけど、やってくれるわね」
ネクロノミコンはリーシャの血を吸い、眠っていた力を活性化させたのだ。
それにより上階にいたモノ達が覚醒し、私という獲物に群がり始めているのだ。
これがモノ達の意思なのか、ネクロノミコンの意思なのかは分からないけど、狙いは確実に私だ。
「いたっ、なに? いてて……」
内腿の聖女の刻印がずきり、と痛み出す。
痛みは熱と鋭い痛みを伴いながら、その強さを上げている。
なんだこれ?
今までこんな事一度も無かった。
ひょっとして群がり始めているモノ達に反応して危険を知らせてくれてる?
我ながら実に都合の良い解釈だとは思うけれど、今はプラスに考えて希望を持たなければならない。
じゃなければきっと私でさえもこの異様な恐怖に飲み込まれてしまう。
飲み込まれたら最後、ネクロノミコンに魂の髄まで吸収され、輪廻転生の輪に混じる事なく悪夢の牢獄に囚われてしまうだろうな。
そんな未来は絶対にごめんだ。
私は冒険者として頑張って、治療院を建てて美味しいスィーツを食べ歩いて爽やかな笑顔を浮かべた頼り甲斐のあるマッチョ彼氏とラブラブデートして結婚して幸せな家庭を気付いてしわしわになって子供や孫に囲まれながら死ぬんだ。
最後の晩餐はお肉と海鮮がいい。
だからまだ私はこんな所で人生の幕を引くわけにはいかないのですわよ!
「響け雷鳴! 聖なる雷! 悪意ある全ての存在より守りし堅牢なる境界を巡らせよ! 聖雷で結びし聖域をこの場に! 聖法展開術式:【
今後のハッピーライフ計画を考えながら練りに練り上げた私の法力が一気に溶ける。
私の体が勢いよく帯電を始め、弾けた聖なる雷の舌が地面を細かく打ち据える。
やがて白く輝く細い稲妻が周囲に発生し、私を囲むように帯を作っていく。
最上級聖法の一つである護雷聖域壁。
術者や対象者の周囲に聖なる雷を帯びた聖域を展開し、害をなそうとする者を自動で迎撃してくれるスーパー結界。
これで背後からの不意打ちも対処できる。
なんだけど。
「さすがに……キツい……」
現在私は亡者人形を別の術で押し留めている最中であり、そっちにも法力のリソースを割かなければならない。
護雷聖域壁は最上級聖法であるだけに、持っていかれる法力の量も桁が違う。
どんどん消費していく法力を感じながら、まるで穴の開いた風船になった気分になる。
とりあえず--プリズマティックプリズンを維持したまま一階へ上がらなければ。
でないとこの狭い地下室で挟まれたら逃げ場がない。
私が離れてもプリズマティックプリズンはしばらく稼働を続けてくれるはずだ。
「行くわよ私。けっぱれ私。何が出て来てもビビらないわよ」
奥歯をぎりりと噛み締めた私は、意を決して一階の階段を駆け上がって行った。
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