第38話 ここは私が食い止める!

「どっどどどどぉしますかっ!!!」


「どうもこうもねぇ! 動けるか!?」


「私は平気!」


「私も大丈夫です!」


 屍蝋達はあぅーうぁーとゾンビのような呻き声と助けの声を発しながら、緩慢な動きでこちらに迫ってくる。

 私が放った術により、ネクロノミコンの金縛りのような状態からは抜け出せている。

 目の前の屍蝋がキリキリキリと首を回転させながら私の目を見る。


「走るぞ!」


 大剣を盾のように構えたバルトが突進をしかけ、集まりかけていた屍蝋達を吹き飛ばした。

 階段を駆け上がり、扉を閉めようとするのだけど――。

 

「ダメだ! 何でかわかんねぇけど閉まらねえ!」


「でもこのままじゃあいつらが!」


 リーシャが指を示した先は、屍蝋達が階段に足をかけた所だった。

 上ってくる。


 という事はこいつらが外に出る。

 屍蝋達が外で何をするかは分からないけど、それが良い事であるわけがない。


 なにより、こんな異形達が村や町に流れ込んだら大パニックになるのは確実だ。

 ここで押しとどめないと。


「……バルトとリーシャさんは逃げてください」


「は?」


「何よそれ、まるでフィリアが残るみたいな……」


「まるでもしかくでもなく、そのつもりです」


「お前こんな時までふざけ--」


「ふざけてません!!」


 この時出した声は過去一の大声だったと思う。

 こうするしかないのだ。


 別に私は死ぬつもりなんてサラサラない。

 屍蝋達をこの場で押し留められるのが私しかいないというだけの話だ。


「私がここで食い止めます。その間にお二人は近くの教会に助力を求めに行って下さい。今からギルドに向かうより数倍早いです。そしてこう告げて下さい。プロヴィオ屋敷に超級呪物ネクロノミコンがあり、すでに目覚めていると」


「でも……そしたらフィリアが行って話した方が……!」


「なら誰がコレを食い止めるのですか」


「それは……」


「屍蝋達は確実に人間だった者達です。何らかの外法によりああなってしまったのでしょう。外法というのは恐らくネクロノミコンに記述されていたもの。そしてそれを行ったのは間違い無くプロヴィデンス卿です。屍蝋達はもう人間ではなく、不死者の類になっています。先程から助けて、もうやだ、と泣き言ばかりのたまっていますがこの屋敷から外に出て生者を見たら、生者達が自分達の苦しみを知らずのうのうと生きている憎むべき対象となる可能性もあるんです。そうなったらどうなると思いますか? 目も当てられませんよ」


「う……」


「早く行って下さい! バルト!」


「ぬあああわかったよ! 死ぬなよ!」


「もちのろんです!」


 バルトは未だうじうじしているリーシャの腕を掴み、強引に引っ張って一階に駆け上がって行った。


 この近くのどの辺りに教会があるのかは分からないけれど、バルト達が行って帰ってくるまでの間、私はこの亡者を押し留める。

 絶対に通してなるものかよ!


「私は結構やる女なのよ! 【アンチアンデッドウォール】!」


 不死者に対する聖なる壁を生み出してみたものの――。


「……だめか」


 どういうわけか壁は屍蝋をアンデッドと認識せず素通りだ。

 体を蝋化させる事でアンデッド反応を消している……?


 そんな事が出来るのだろうか、もしかすると別の要因でアンデッドとして認識されないのかもしれない。

 それなら――。


「【プリズマティックプリズン】」


 私が指定した範囲、階段の壁と天井から光り輝く細い三角柱が交差するように何本も伸び、聖なる牢獄を作りだした。

 この術であればアンデッドだろうがモンスターだろうが閉じ込める事が可能だ。


 屍蝋達は三角柱に手をかけ、体を押し付けるようにして助けの声を発している。

 殺してくれ、許してくれ、助けてくれ、逃してくれ、などなど悲痛な声が耳を、頭を、胸を掻き乱していく。


「これは……中々に効くわね……メンタルがゴリゴリ削られてく……こいつら、声に、喉に何か呪詛的な術式が編み込まれてるわね。嘆きを聞くだけで精神が追い込まれるような、耐性の無い人が聞いたら無性に死にたくなるくらいの、そんな術式」


 死にたくなる、もしくは発狂するか、廃人になるか、焦燥感や不安、恐怖に蝕まれて他人を襲うようになるか……。


「むしろそうやって他人を襲わせるように仕向ける為の……? 恐怖が産まれれば恐怖が伝播し、さらなる恐怖と混乱を呼び、鼠算式に、倍々計算で負の感情が増大する……一体ここで何が行われていたっていうのよ……プロヴィデンス卿は何を考えて何がしたかったっていうの……」


 自分にブレイブハートをかけ、プリズマティックプリズンに群がる哀れな者達を見つめる。

 一安心して思考の迷路に入りかけた時、それは聞こえた。


 水に濡れた掌か足の裏がゆっくりと動いているような、ぺちゃっ、ぺちゃっ、という不気味な音。

 それが私の後ろにある一階へ続く階段の上から、聞こえてきた。

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