第35話 嫌な事件だったね……
「嫌な事件だったね……」
その事件を知る人間はみな口を揃えてそう言う。
8年前に起きたドコノ村128人集団失踪事件。
そしてそれより少し後にテロワ丘陵で起きた大富豪プロヴィデンス氏の怪死事件。
回収されたプロヴィデンス氏の遺体が煙のように消えたという事件。
それからというもの、テロワ丘陵近隣に住む住民達はプロヴィデンス氏の館、プロヴィオ屋敷周辺に近付こうとしなかった。
また、調査に乗り出した衛兵らが相次いで発熱や意識混濁などの体調不良に見舞われたことから、館の調査は冒険者ギルドへと回されることになった。
すると不思議な事に、冒険者らが屋敷内に立ち入っても特に被害も出ないという事態になった。
これは生前のプロヴィデンス卿が役人嫌いだったという逸話が絡んでいるのではないか、と噂する者達も出始めた。
脱税をしているのではないか、役人に見られたら困るものが隠されている、集団失踪事件はプロヴィデンス卿の仕業、などなど。
真実は誰も知る事が出来ないゆえに、様々な噂や憶測が飛び交う事となった。
そしてフィリアとリーシャ、バルトがプロヴィオ屋敷に挑む今日、その謎が解かれる……かもしれなかった。
〇
「ひゅー。いつ来てもデカイ屋敷だなあ」
「ほんと、ここを大きな宿場にしたら繁盛しそうなのにね」
「きっと聖職者達は絶対に来たくないと思いますよココ」
「そんなにやばい雰囲気なのか?」
私達はプロヴィオ屋敷の門をくぐり、正面入口まで辿り着いた。
今回は足をとられて転ぶなんていう失態は犯していない。
「やばいという程ではないですけど、ずっと誰かに見られているような、肌にねっちょりとスライムが纏わりついているような、そんな不快感マックスな感じですね」
「なんだそりゃ、気持ち悪いな……」
「いやでも、フィリアに修行してもらったから分かる。凄い分かる、なんかずっと見られてる感じするもん」
「分かりますか! でもそれがどこからって言うのが特定できなくて……でも私は地下室が怪しいと睨んでるんですよ」
「うっし。そしたら速攻地下室行くか」
「そうだね。上の階はもう終わってるんでしょ?」
「はい、もう終わってます」
「んじゃ行こう」
「はい!」
正面から入り、そのまま階段を降りて地下室へと直行する。
相変わらずまとわり付くような粘度の高い空気の中で地下室の目的地へと辿り着いた。
そこは相変わらず埃っぽくカビ臭く、そして昨日の状態のまま。
むしろ変わっていることがあったとしたらそっちの方が怖い。
「あっあれです! あそこ!」
そして私は昨日見つけた場所に指を向けた。
亀裂はそのままで、何もかもそのまま。
「んん……確かに奥に何かあるな」
バルトが亀裂を覗き込みながら唸る。
「っせいやっ!」
そしておもむろに壁をパンチ、すると実にあっさりと壁は崩壊し--。
「扉、ですか」
「こんな所、図面にないよ」
「隠されし禁断の扉……的な?」
壊れた壁の向こうには、大きな鋼鉄製の扉が地面に設置されていた。
図面には地下一階までしか記載がないのに、目の前には事実デカデカとしたご立派な扉が鎮座ましましている。
そして壁が崩れた途端に漏れ出す大量の嫌な空気。
瘴気とも言っていいほどの濃厚さに、思わず頭がくらくらする。
「これ……開けていいの……?」
「依頼内容は……屋敷の内部調査なので……見つけてしまったら開けるしかないんじゃない?」
「……わかった。開けるぞ」
扉に手をかけるバルトの様子を見守り、ごくりと生唾を飲む。
錆び付いた扉はギギギ……という音を立ててゆっくりとその口を開いていった。
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