第34話 プロヴィオ屋敷の怪異譚

「あー……あそこかぁ」


「リーシャさんは知ってるんですか?」


 リーシャは突然押し掛けたにも関わらず、心良く家に上げてくれた上にお茶とお菓子まで出してくれた。

 このお菓子もプリシラが作ったものらしいけど、普通にお店で売っているのと何ら遜色がないではないか。


 しかもだ、この前行ったスウィーツのお店の話をリーシャから聞いたプリシラは俄然やる気を出してお菓子作りに精を出しているらしい。

 お貴族様のお屋敷でもよくお菓子を作っており、そこでは非常に高いクオリティを求められるので練習が欠かせないのだとか。


 なんだろう、とっても負けた気がする。

 自慢じゃないけど、私は生まれてこの方所謂いわゆるお菓子と呼ばれる物体を作った事はない。


 作ろうと挑んだ事はあるけれど、大体が詳細不明の物体になってしまう。

 プリシラと私の違い、それはただ経験の差が大きいとか、そんなシンプルな問題では無い気がする。


 ちなみに料理もあまり得意では無い。

 茹で、蒸し、焼き、煮る、これは出来る。

 ただ絶品かと聞かれたらとてもとても胸を張れるものでもないし、張れる胸もないのだ。


「知ってるも何も去年私もやった依頼だもん」


「あらま」


「でも地下室に怪しげな場所なんて気付かなかったなぁ」


「そうなんですか……」


「確かに凄い嫌な感じはしたかな、私は一階らへんで感じたけど」


「やっぱりしましたよね?」


「でも他の人はあまり感じないみたい。さすがに地下室に行ったら違うみたいだけどね。私は早く帰りたくて仕方なかったから余所見もせずにチェックしてったよ」


「わたしも余所見していたわけじゃあないんです、たまたま目に入ったというか、向けさせられたというか……そんな変な感じなんです」


「しかも向こう側に何かがあったんでしょ?」


「はい」


「で、明日一緒について来て欲しいと」


「はい、ダメですか?」


「先約があるわけでもなし、大丈夫だよ。一緒に行こ!」


「やったぁ! ありがとうございますリーシャさん!」


 ぱくぱくとお菓子を全て平らげ、リーシャの協力も取り付けた私はルンルンで次の日を迎えた。

 そして暇そうにブラついてたバルトを強制連行。


「何で俺なんだよ!」


「別にいいでしょ? 暇でしょ? 暇してたじゃないですか。断る理由ありますか? 無いですよね!」


「わーったわーった! 分かったから引っ張るなって!」


 その光景を見ていたリーシャがプークスクスと笑っている。

 今ではクマも無くなり、病的美少女から普通に美少女にジョブチェンジしている。


 なんてことだ、ますます私に勝ち目がなくなるじゃないか。

 別に争っているわけではないけれど、何かこう、女として負けているというか、なんというか。


「んで何だよ用事って。俺は買い物の荷物持ちなんてやらないぞ」


「違うよう。一緒に来て欲しい依頼があって……」


「依頼……? どんなんだ?」


 私が口を尖らせて言うと、バルトはすっと笑みを浮かべる。


「プロヴィオ屋敷の調査……」


「あーあそこかぁ……いいぜ」


「ほんとっ!? ありがとうー!」


「報酬は山分けな?」


「それはもちろん!」


「よしきた!」


 

 そうと決まればギルドの扉を開け、外に出る。

 日差し照り照りな青空の下、私達は乗合馬車の停留所まで和気藹々と、らんらんらんと、おしゃべりをしながら歩いていった。


 〇


「ところで……知ってる? プロヴィオ屋敷の怪異譚」


「ひぇっ、なんですかそれ! 今から行く場所なのにどうしてそういう事を言い出すんですかね!?」


 乗合馬車に揺られながら、暇を持て余したリーシャがそんな事を言い出した。

 ほんとにヤメていただきたいことこの上ないのですがね。


 リーシャはそんな事は知らぬ存ぜぬとばかりに勝ち誇ったような顔をして、つらつらと続きを語り出した。


「八年前に急逝した大富豪、プロヴィデンス卿は亡くなる前にとてものめり込んだ事があったのよ」


「ふぁぁ人の話を聞かないつもりですねええ」


 ていうかプロヴィオ屋敷ってプロヴィデンスって人の名前をもじっただけだったんだ。

 そんな軽い現実逃避をしていても、リーシャの声が自然と耳に流れ込んできてしまう。


「それが何かは誰も知らないんだけど……プロヴィデンス卿は生涯独身を貫いていて、メイドの一人も雇わなかったらしいの」


「一人であんな大きなお屋敷に? 掃除とかは?」


「そんなの知らないよう。一々突っ込んでこないで黙って聞いて」


「えぇ、怒られた……ごめんなさい……」


「でもね。何故か夜な夜なプロヴィデンス卿ではない誰かの人影がちらほら見られたり、プロヴィデンス卿が死んでからもその人影が見えたりするんですって」


「へ、へぇー……」


 色々と突っ込みたいけど、突っ込んだらまた怒られそうなので適当な相槌を打っていく私。


「禁忌の研究をしていた、とか錬金術を行っていた、とか悪魔を呼び出す実験をしていた、とか色々な噂が流れていたみたいでね……プロヴィデンス卿が亡くなった後、屋敷は国が接収して取り壊す計画が経ったの。でもその工事に関わった人達が変死や自殺、事故にあったりして結局取り壊し計画自体がなくなってしまった。それ以降国は内部の調査を冒険者に依頼しているんですって」


「何ですかその都市伝説……それ昨日聞いてなくてよかったですよ」


「おん? どしたよフィリア。顔色悪いぞ? 酔ったのか?」


 げんなりする私の顔を覗き込んだバルトがそんな事を言い出す。

 んが!


 私はあいにく馬車で酔うなんて事はしません!

 酔ったとしてもリカバリーがあればすぐに治しちゃいますんで。


「違いますっ!」


「あ、さてはリーシャの話にビビったな?」

 

 ビビってなどいない。

 けど不気味な話ではあるな、とは思う。


 聖職者なんかをやっているものだから、そういう話には耐性があるし、なんなら夜中、トイレに行きたくなって起きたとしよう。


 そこでたまたまゴーストと出くわしても漏らさない自信がある。

 だから別にビビってるとかそういうんじゃあありませんことよ。

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