第14話 変態野郎め

「うぐっ……あっ! はぁっ!」


「プリシラ! フィリアさん! プリシラが!」


「大丈夫です。呪いと闘っている証拠です。バルトさん、暴れるようならしっかり押さえていてください」


「お、おう! まかせろ!」


 びくんびくんと体を跳ねさせるプリシラを横目に、呪物へ意識を集中させていく。

 こいつめ……滅茶苦茶抵抗してくるじゃないのさ……!


 鏡の中に何飼ってるっていうのよ。

 力を送り込めばその分の強さで張り合い、押し返してくる。


 負けないわ……よぉっ!

 展開した術式と周囲に漏れた法力で髪の毛がゆらゆらと揺れる。


 まるで海に漂う海藻みたいだ。

 海藻は好きだ。

 美味しいし、なによりお肌にいい。


 でも今はそれどころじゃない。

 これが終わったら海鮮料理でも食べに行きたいな。

 だから早く消え失せなさいよ! このすっとこどっこい!


『させぬ……させぬぅ……』


(く……自我持ち!? 厄介ね!)


 カタカタと震える鏡からおどろおどろしい男の声が脳内に響いてくる。

 まれにこういう自我を持った呪物というものが存在し、それらは特異呪物として処理される。


 という話を授業で習ったのを思い出す。

 解呪に最も手間と危険が伴う呪物だが、手を出してしまった以上引くことは出来ない。

 

『邪魔はぁ……させぬぞぉ……』


(何が邪魔よ! 鏡の中でこそこそと! この陰湿野郎め! 〇ん〇んもぎ取るぞ!)


『女アァ……女ァ……俺んだぁ、俺の女だぁあアァ』


(気色悪い事言ってんじゃないわよ! さてはアンタ、彼女か嫁か、女に手ひどく捨てられたのかしら? それで逆上して、卓上鏡に呪いをかけて自分の魂も鏡に移した、、そんなところかしらね!)


『許さんん許すまじぃい……殺す、呪うぅ離さんぞオオォいやだああ』


(く……怨念と憎悪が流れ込んでくる……気色悪いったらないわ! 真夏の夜に筋トレして汗びっしょりかいたパンツくらい気色悪いわよ!)


『パンツぅう……俺の……ぱ……女ああぁあ』


(パンツに釣られてんじゃないわよ! 人の思考を読まないでくれる! 早く消えろストーカー粘着インキャ野郎!)

 

 さらに法力を流し込み、それを盛大に爆発させる。


「滅!」


『おのおおおれええええ』


 バン! という音が鳴り、卓上鏡が爆発、粉微塵になった破片からはゆらゆらと瘴気が漂っていたが、それもすぐに消えた。


「ふう……」


 額を拭うと袖がびっしょりと濡れており、思っていたより相当な汗をかいていたらしい。

 

「プリシラ! プリシラ!」


「大丈夫です、はぁ……解呪は終わりました。今は寝ているだけですよ」


「本当!? よかった……!」


 プリシラはベッドの上でぐったりとしているが、胸はゆっくりと上下しているので大丈夫だ。

 

「おつかれさん。やっぱりすげぇなぁフィリアは。まるで噂に聞く聖女様みたいだったぜ」


 私が安堵のため息を吐くと、頭の上にぽん、とバルトの手が置かれ、ぽんぽん、とリズミカルに頭頂部が、頭頂部があがあがあが!


「ふ! あえぇ!? んなっなんでぽんぽんしているんですかっ!」


「お? あぁすまん、ついな」


「ふえええ」


 気を抜いた瞬間に頭を撫でてくるとかこの人は天性のたらしなんだろうか。

 きっとそうだ、そうに違いない。


 少女の純情を弄ぶ軽薄マンなのだ。

 だから嬉しいなんてカケラも思ってないし、ドキドキなんてしてない!


「本当凄いよ。改めてお礼を言わせて。プリシラを助けてくれてありがとうございます」


「んん! いえいえ! ビショップとして当然の事をしたまでです!」


 リーシャは深々とお辞儀をし、涙を流しながらそう言った。


 家にまとわりついていた悪意、もとい瘴気もどうやら鏡と一緒に弾け飛んだらしく、あの嫌な感じはもうどこにも残っていなさそうだった。


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