第4話

 その後、公園のベンチに二人座って話していた。ちょこんと座るアルトアイゼンさんはまるでビスクドールのようだが、膝に乗せられたノートパソコンがけっこうデカくて、そのアンバランスさがなんだかシュールでいとをかし。


「そういえばさ、なんであんなとこ入ってたんだ? 作業できる場所ならネカフェとかあるだろうに」

「色々と試してみたのだけれど、私、あのトンネルの中がいちばん集中できるの」


 作業場の候補として遊具のトンネルが出てくるセンスには脱帽だ。本人は至ってマジメに言っているのもポイントが高い。


「それにしても、こっちの夏は蒸し暑いわね」


 アルトアイゼンさんは白いハンカチで汗を拭う。

 たったそれだけの動作でも映画のワンシーンのように美しく見えてしまうのは日本人特有の白人コンプレックスというやつが遺伝子に染みついているためなのか、それとも単に俺がこの人を好きだからなのか。なお正解は後者である。


「やっぱアルトアイゼンさんの地元は夏でも涼しいのか?」

「残念ながら涼しくはないけれど、ここまでの蒸し暑さはないわね。もっと乾いているわ」


 なるほど。ヨーロッパの中でもなんとなくイギリスとか出身だと勝手に想像してたけど、この口ぶりからしてどうやら地中海方面らしい。


 少しの間、沈黙が流れる。

 俺は何か話題を振ろうと思考をめぐらすが、そんな中、アルトアイゼンさんが小さく口を開く。


「……その、ごめんなさい」

「……え? どうかしたのか」

「私と話していても楽しくないでしょう」


 アルトアイゼンさんはほんの少しだけ寂しそうな顔をして言った。


「私、こっちに来てまだ日が浅いし、悪い意味で変な子だそうだから、あまり友達もいなくて。人とお喋りするの、あまり得意ではないの」


 その言葉を聞いて、俺はひとつ思い出すことがあった。


 そう、愛染恋之助著・『想い人を確実に落とすための10ヶ条』の第3ヶ条である。

 それは『想い人がひとりぼっちなら、あなたが最初の友達になってあげましょう』というもの。

 今まさに、それを実行する絶好の機会ではないか。


「俺がいるじゃん、友達」

「……?」

「こんなに仲良くなれたんだし、もう俺たち、友達だろ? 少なくとも俺はそう思ってるけど」

「もちろん」

「嬉しいわ。ありがとう」


 完璧に決めてしまった。

 この「友達になろうよ」とかじゃなくて、「もう既になってるよ」っていうね。実を言うとこれもいつものバイブルの受け売りではあるが、ここまで効き目があるのは初めてだ。


「それに、俺はアルトアイゼンさんのそのセンスが好きだよ。なんか、心の奥から惹かれるものがある」

「えっと……ありがとう」


 アルトアイゼンさんは頬をリンゴ色に染めていた。それはただ暑さからきているだけなのかもしれないが、あまり表情をコロコロ変えたりしない彼女がそのときだけ見せた沁み渡るような笑顔に嘘はなかったと信じたい。


「あ、あら。もうこんな時間ね」


 アルトアイゼンさんは左手首の内側につけた小さな腕時計を確認して言った。


「そろそろ門限か」

「いえ、お店が閉まってしまうから」

「店……?」

「晩ご飯よ。よかったらあなたも一緒に行く? 私の地元の味よ」

「いいのか? じゃあお言葉に甘えて」




 ☆☆☆




 ……と、軽く乗ってしまったものの、俺は正直不安だった。


 アルトアイゼンさんの地元の味……というとイタリアンか何かだろう。

 しかしながら俺の所持金は樋口5000葉オンリー。店のランクによっては皿洗いを余儀なくされてしまいそうだが……。


「着いたわ」

「え……? 本当にここか?」


 目の前にはでかでかと『うどん処』の看板が。


「いや、でも地元の味って……」

「地元の味よ。私香川出身だもの」

「は?」


 先ほどのやり取りを思い出す。

 夏。暑い、乾いている……たしかに香川の気候もそれに当てはまる。


「え……じゃあアルトアイゼンさんって……」

「日本生まれ日本育ちよ」


 何を聞かれるかわかっていましたと言わんばかりの素早い返事。


「そうだったのか……なんつーか、ごめんな」

「気にしなくていいわ。私が口下手だから勘違いさせてしまっただけよ」


 そんなやりとりをしたのち、俺たちはうどん屋に入った。

 アルトアイゼンさんはざるうどん定食を注文し、自分の顔ほどもある大きなえび天に塩を振っておいしそうに頬張っていた。通。たしかに日本人だ。

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