第3話

 さらにその翌日、放課後。

 めあは部活仲間と晩飯を食べて帰るとかで、俺は男友達と帰っていた。ちなみに、この男友達というのは昨日一緒に帰ろうと誘ってきたのとはまた別の奴だ。


 最近たまたまめあと一緒に帰ることが多かっただけで、普段の俺にとってはこういう場合がスタンダードだ。


「もうすぐ夏休みだな」


 男友達がつまんだシャツの首元をパタパタ動かして涼みながら言う。


「テスト越えてからだけどな」

「うわ……そうだった。え、どうなん。宗谷は。成績とか良い方の部類なん?」

「良い方に見えるか?」

「見えないな」

「そのとおり。えっと、お前は? 塾とか通ってるんじゃなかったっけ」

「いや、通ってないぞ。そして成績も悪いぞ」

「ダメだな、お互い」

「な」


 俺は俗に言うコミュ障とかではない(と思いたい)のだが、こういった知り合ってからまだ日が浅い人とサシで喋るのはあまり得意ではなかったりする。

 というのも、相手のことをあまり知らないから、趣味は何だとか好きな〇〇は何だとか、そういったお互いの基本情報の交換だけでコミュニケーションが完結してしまうことが多いのだ。だから浅くてとりとめのない会話が延々と続き、俺自身も、相手としても退屈なのではないかと感じてしまう。


 だから仲良くお喋りしたいときはなるべく相手の情報は事前に知っておくのが吉。ゆえに俺はいつも想い人のリサーチを忘れない。


「あ、じゃあ俺こっちだから。またな」

「おう」


 交差点で男友達と別れた。俺はひとり、帰路を歩いていく。

 公園の横を通りかけ、立ち止まった。


「…………」


 ふと、昨日のことを思い出す。

 狭いトンネルの中で丸まりながら難しい顔でパソコンをいじる、金髪碧眼の幼い少女。


 俺は公園内に入る。

 いや違う。決して変な気持ちを起こしたとかじゃない。マジで。俺どっちかというと年上好きだもん。単なる好奇心である。


 俺はポケットからスマホを出し、音楽アプリを開く。EDMを再生、からの一時停止の状態にして、スマホ本体の音量を最大まで上げておく。変に勘違いされて防犯ブザーとか鳴らされたら困るから、かき消す用だ。一応ね。


 例の遊具へ向かう。トンネルの中を覗き込むと——なにも見当たらなかった。


「何をしてるの?」

「!? いでッ!!」


 突然後ろから声をかけられ、俺は驚いて天井にゴツンと頭を強打する。


「えっと、大丈夫?」


 頭をおさえながら後ろを振り向くと、声の主は——例の少女だった。


「あ、ああ。なんとか。たしかにこれは全治100年の痛みだな」

「全治100年……? なにかしら、聞き覚えが……あっ! あなた、昨日の!」


 少女はそのワードから俺のことを思い出したようで、大きな青い目をさらに大きく見開いた。顔中目だらけだった。

 ……なんて、呑気にモノローグしてる場合じゃない!


「待て、俺は不審な人物じゃないんだ! 防犯ブザーはやめてくれ!」


 俺は海外の刑事ドラマの犯人のように手を挙げて必死に弁明した。


「ぼ、防犯ブザー……?」

「ランドセルの肩のベルトあたりに持ってるだろ……!?」

「持ってるわけないじゃないの。ブザーも、ランドセルも」

「え……そうなのか?」

「私これでも高校生よ。いえ、これでもじゃなくて、このとおりね」


 少女は頬を膨らませながら言う。やっぱ見かけは高校生には見えない。


「う、嘘だろ……? 7年くらい冷凍保存されてたのか……?」

「違うわ! 正真正銘の女子高生よ」

「ほ、ほんとかよ」


 でも、たしかに彼女の日本語はやけに流暢だ。こんな見た目をしてるから、たぶん第一言語は日本語ではないだろう。そのうえでここまで達者に喋れるというのは不思議だが、そのくらい生きているとなれば納得もできる。


「そうか……。ええと……昨日はごめんな。びっくりさせたり、子供だと勘違いして早く帰れとか言ったりして」

「本当、無礼極まりないわよ。……まあ、本当に悪いと思っているなら今日のところは許してあげるけれど」


 以外とすんなり許してくれてよかった。俺の中での金髪ロ……少女は、高飛車な性格でこういうとき絶対許してくれなさそうなイメージがあったから。


「……ええと、その……あ、自己紹介がまだだったな。俺、宗谷そうや恵生けいせい。よろしく」


 たまたま2回会ったことがあるだけの関係ではあるが、二度あることはなんとやらだし、とりあえず名乗っておいた。あとかわいいし。


「アルトアイゼンよ。ファーストネームはいこい。これからよろしくする機会があったら、よろしく」

「ああ、よろしく。ところでさ」

「なにかしら?」


 俺はアルトアイゼンさんが右腕で持っていたノートパソコンを指さした。


「そのパソコン。前もこのトンネルの中でカタカタやってたけど、ゲームでもしてるのか?」

「はあ……あなたは本当に失礼ね。仕事に決まってるじゃないの」

「そ、そうか。決まってるか。すまん」


 あまり釈然としなかったが、とりあえず謝っておいた。

 仕事……もしかしてあれだろうか。投資的なやつ。いつだったか、SNSで小学生投資家がニュースになっているのを見たことがあるし。


「……なるほどな。でも、なんでわざわざこんなところで?」

「まあ、内容が内容だしね。私自身は誇りを持ってやっているけれど、やはり世間からすれば『うさんくさいもの』として扱われてしまうのよ」


 うさんくさい……さてはあれか。俺も詳しいわけではないが、FXとかいうやつ。ネットサーフィンをしているとよくそれ系のうさんくさげな広告を見かける。


「やっぱ、けっこう儲かるのか?」

「そうね……印税だけで私1人なら食べていけるくらいは、なんとか」


 インゼー……?

 ちょっとよくわからないが、なんかの投資用語だろうか。


 ……うーん、何か壮大な勘違いをしているような気もするが、まあいいや。


「……でもさ、俺も大層なことは言えないけど、悪いことしてるわけじゃないんだし、もっと自信もって堂々とやってもいいんじゃないか? その歳で自立して働けるなんてすごいよ」

「……ほ、本当? はじめてよ、そこまで言ってくれた人は。その、ありがとう」


 アルトアイゼンさんははにかむように微笑んだ。なんかのCMで使われてそうな、可憐かつ上品で、絵になる笑顔だった。


 そして俺はもう、その瞳の虜になってしまっていた。

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