第5話

 翌朝。若干寝坊した。

 急いで制服に着替えて家を出ると、ちょうどめあも同じタイミングだったらしく、ばったり出くわした。


「おはよ」

「おはよう、いい天気だな。蝉が楽しく歌っていて気分も晴れやかだ」

「ハイもう発言がおかしい。けいちゃん、絶対昨日なんかあったでしょ」

「ぐっ!?」


 勘が良すぎるぞこいつ……!?


「今度は誰? クラスの子? 先輩? それとも先生?」

「いやーなんつーか……」

「なに?」

「強いて言うなら……不登校児童?」

「は、はあ? 大丈夫なのそれ。ていうかどこで知り合ったの?」

「まあな。色々あってさ」

「どうせ数週間の短い恋だろうけど、あんまり変なことしないでよね。おばさんも心配するし」


 まったく、俺が怪しいことしようとするとすぐオカンのカードを切りやがる。いや別に怪しいことしようとしてないけど。


「ま、バイブルがあれば成就確実だな」

「またそのうさんくさい本? 何回騙されれば気が済むの、もう……」

「う、うさんくさいとはなんだ。今回に限っては本当にいけそうなのに……オイ、なんだその目は!」


 めあは呆れたような、そして哀れむような目つきで俺を見つめてきた。


「だいたい、なんでけいちゃんはそんなに恋愛に必死になってるの。さっぱりわからないよ、わたしには」

「そもそも生物の存在意義とは種の存続にあり——」

「それ、こないだ高校生カップルの成婚率は10%以下だから今がんばっても時間のムダって話にならなかった?」

「なったけど……」


 いや、でもガチャのSSR排出率が3%でも回すだろ!? 手術の死亡率だったら1%でも高いと思うだろ!? ……というのは屁理屈だろうか。


「ほーら、漫画の読みすぎで憧れが膨張しちゃっただけなんでしょ、どうせ」

「ぐぬぬ……」


 ちなにマジで『GUNUNU』と発音している。反論がパッと思いつかないがとりあえず相手の意見に反対であることを表明するためだ。


「60%くらいの楽しさがずっとつづいてるくらいでちょうどいいんだよ、学校生活なんて」

「ぐぬぬぬぬ……」


 俺はどうにか言い返したくて、言葉を捻り出すようにして言った。


「——あれだよ、青春単位」


 それを聞くと、めあはさらに怪訝な顔をする。


「……なにそれ?」

「青春を過ごすことで取れる単位。これを落とすと原級留置処分となります」

「最悪な単位制高校じゃん……」

「青春単位を落とさないためには50分の青春を1年間に35コマ過ごすことが必要です。そのために本校では異性とお付き合いすることをオススメしています」

「ええ……」


 実際、彼女ができないまま現状維持で3年間が終わったら、俺は青春ゾンビとしてモラトリアムをさまよいつづけることになるだろう。そう考えると精神衛生のためにもやはり恋人は必要である。


「……じゃあさ」


 なんて高尚なことを考えていると、めあは俺の顔を覗き込むようにして尋ねてくる。


「なんだよ」

「たとえば、こうやってわたしとおしゃべりしながら歩いてる時間は、青春単位にならないの?」

「は……?」

「異性、だけど?」

「……ええと」


 やめてくれ、俺は人と目を合わせて喋るのが苦手なんだ。親しさの度合いとか関係なく、自分自身の言葉に責任をもたなければいけないように感じてしまうから。

 めあが下を向きながら適当に聞いてきたんだったら、こちらも適当にかゆうまとか返してただろうに。


「で、どうなの?」

「いや……まあ、あれだな。授業時間20分過ぎたくらいで遅刻して教室入ったときくらいの評価、みたいな」

「もー、なんなのそれ!」


 めあはバカバカしそうに笑う。

 よかった。なんとかかいくぐった。


「てかわたしたちすっごいゆっくり歩いてるけどさ、今何時なんだろね」

「あ……時計見たくねえ」


 そんなこんなで、授業時間を20分過ぎた頃、学校に到着した。

 教師に理由を聞かれ「ゆっくり歩いてたから」と正直に説明したら割としっかり怒られた。この屈辱が先ほど俺の下した評価と考えると、少々手厳しかったかもしれないと思った。

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