第5話 中国での小学校生活〜青島編3.〜

いよいよ母とのお別れが近づいてきた。


初めて出席した授業で号泣し、なんとか残りの時間をやり過ごして母と幼い弟と一緒に、訪問者用の宿泊施設に戻った。

母とのお別れが近づくのを理解し、心がすごくザワザワしていた気がする。

ランプの明かりのみの薄暗い部屋。

普段なら暖かく感じる灯りで、落ち着く空間のはずが、あの時の私にとっては暗く重すぎた。

次に覚えている記憶は、母がベッドの端に座り、私は母に膝枕をしてもらい、ひたすら泣いていた。

午前中の授業の時みたいな、息ができない程の涙ではなかった。

多分泣いてもどうにもならない、私は泣いても母とここでお別れなんだという覚悟はしていたのだと思う。

母のズボンは私の涙で色が濃くなっていた。

弟は母に「なんでお姉ちゃん泣いてるの?」と聞いた。

母は「ママときーくんとバイバイするからだよ。」と言った。

その後の会話は覚えていない。

私はひたすら母の柔らかく温かい太ももの上に頭を置いて静かに泣き、母は優しくずっと私の頭を撫でてくれていた。


次の日、母とお別れの日。

私は多分普通に授業に出ていたが、何ももう覚えていない。

多分みんなと一緒に一日中授業を受け、夜になれば夕食を食べ、宿舎に行き、お風呂・寝る準備をし、ベッドに入った。

まだ眠りに入っていなかったのか、寝付けなかったのか、はたまたちょっとの音で目を覚ましたのか確かではないが、誰かが宿舎の部屋に入ってくる音がした。

私は最初、先生が生徒全員ちゃんと寝ているか見回りに来ていると思ったが、そうじゃなかった。

暗闇の中で人影が音を立てないよう、ゆっくりと部屋を移動しているのが見えた。

そしてその人影は、私のベッドの横にあるロッカーに来てしゃがんだ。

私の母だった。

私のロッカーの扉をゆっくりと開け、何かを入れていた。

あの時どうして母に声をかけなかったのだろうか。

寝ていないことがバレて母に怒られるとでも思ったのだろうか。

周りのクラスメイトを起こしてしまうと思ったのだろうか。

それとも今母に声をかけると、また泣いてしがみついて母を困らせてしまって、今度こそ母を離そうとしないだろうと思ったから我慢したのだろうか。

多分今書いた理由全部だったと思う。

母はロッカーに荷物を入れた後、また音を立てないようゆっくりとロッカーの扉を閉めた。

立ち上がる母を見て私は慌てて寝てるふりをした。

母はちょっとの間私の寝顔を見ていたと思う。

目を閉じてはいたが、人の気配を感じたからだ。

しばらく経った後、母はまた静かに歩き出し、部屋を出て扉を閉めた。

母が寮母と小さな声で話をしているのが聞こえたが、それも段々と遠くなっていった。

母がついに行ってしまった。

私はまた涙が止まらなかった。

周りのみんなは寝てしまっていたから、声が出せなかった。

私は布団を頭に被り、声を押し殺して泣いた。

私のロッカーに荷物を入れていた母の後ろ姿が何度も何度も脳内で再生され、その度に幼いながらも胸を締め付けられる感じがして、涙が溢れ出た。


こうして私は中国での小学校生活が始まった。

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