後日譚 ロッセリーニの子供達

 ロッセリーニ辺境領主ガスペリの三番目の娘リータは、姉達のように王都にさほど憧れを持たなかった。二人の姉は幼い頃から両親が王都に出かける時は喜んでついて行った。華やかな都を散策すると目移りするほどに魅力的な品が揃い、おやつにはふわふわとしたクリームや果物がたっぷりのったお菓子が出される。パーティにお呼ばれするとドレスも新調してもらえ、お姫様のように品のあるお友達もできた。王都に住む祖父母も優しく、孫達を喜ばすためにあれやこれやと世話を焼いてくれる。流行のドレス、人気の本、珍しい装飾の髪飾り。それは夢のような毎日。二人にとって王都は夢の叶う都会であり、領に戻る時はいつも通じもしないだだをこね、諭されてしぶしぶ引き上げていた。


 上の姉クラーラは学校に行く年になると迷わず王都の学校を選んだ。学校で知り合った子爵家の次男と恋仲になり、卒業後も王都で暮らすと言っている。長い休みになってもあまり帰って来ず、リータはクラーラには数えるほどしか会ったことがなかった。下の姉カーラも王都での進学を目指し、準備に余念がない。

 しかしリータは生まれ育ったロッセリーニ領が気に入っていた。王都にあるものはライエで充分賄える。王都のパーティは堅苦しくてなじめず、スイーツは確かに絶品だったがお行儀重視でおかわりは許されず、祖父母の所に遊びに行くこと自体は楽しみだったが、姉達のようにずっと王都にいたいと思うことはなかった。


 リータは父が領の見回りに出かける時、よく一緒について行った。かつては隣国から攻撃を受け、戦場となったこともあるこの領も、リータが生まれた頃には二つ向こうの壁の外であっても争いはなく、平穏を取り戻していた。おかげで危ないからと止められることもなく、父はリータの望むまま領のどこへでも同行させてくれた。


 ある日、父について訪れた西の町リデトで、護衛の目をかいくぐり、一人で自由に町を歩いてみた。

 脇道に入ろうとしたリータに、

「そっちは危ないぞ」

と引き留めてくれた男の子がいた。男の子はレオーネと名乗った。

 レオーネに町を案内してもらっていると、そうしないうちにレオーネの父親が現れた。着ていた制服からリータの父の部下だろう。短い自由時間だったと諦めたリータだったが、リータを探していたと言っていた割にすぐに連れて帰ろうとはせず、リータとレオーネ、そして父親と一緒にいたもう一人の男の子を連れて食堂に行き、お昼ご飯をごちそうしてくれた。

 もう一人の男の子シモーネはレオーネにそっくりだった。レオーネとシモーネは双子で、顔は似ているのに、シモーネは人見知りなのか父親のそばから離れようとしなかった。

 町でレオーネ達がお菓子を買いたいとねだると、父親が他の兄弟の分も買ってやれと声をかけた。リータにも好きなものを買っていいと言ってくれた。レオーネの父親もキラキラと光るきれいな飴を手に取った。不意に見せた笑顔は優しく、リボンの色にまで悩む姿におそらく奥様にあげるのだろうなとリータは思った。

 リータも自分のだけでなく家へのお土産を選びたいと言うと、レオーネの父親はニッと笑ってうなずいた。


 その後、辺境騎士団の駐屯地で待つ父の元まで送られ、レオーネの父親がリータの父に今日のリータの様子を報告した。父も承知だったようで、少し遅くなったにもかかわらず笑顔で応えていた。

 大人達が話している間に、今日一度も話をしなかったシモーネが寄ってきて、

「ん、」

と言って飴を差し出してきた。リータが

「ありがとう」

と言って受け取ると、そのまま逃げるように父親の後ろに隠れた。

 さよならと手を振ると、レオーネは笑って大きく手を振り、シモーネは小さく手首を二、三回振った。


「楽しんだようだな」

 帰りの馬車で父に聞かれ、リータは

「はい」

と答えた。リータは母のために選んだ宝石のような色の飴と、カーラに選んだサブレを手にしていた。

「この前行ったエイデルも素敵だったけど、リデトもいい町ね」

「そのうち、ライエよりも大きな町になるかもしれないな。このまま平和でさえあれば。…ところで、今日出会った男の子達とは、仲良くなったのかい?」

 珍しく父に友達のことを聞かれ、リータは少し不思議に思いながらも答えた。

「ええ。レオーネって言うの。後から弟が来て、そっくりなのでびっくりしたの。レオーネとシモーネは双子なんですって。でも全然性格が違うのよ」

「そうか。気に入ったのはレオーネ君か」

 父は何か言いたげだったが、リータの思いはちょっと違っていた。

「先に仲良くなったのはレオーネだけど…」

「だけど?」

「素敵だったのは、二人のお父さんね」

 意外な回答に父は声を上げて笑った。

「そうか。気に入ったのはニコロか…。だが残念だな。あの男は奥方をこよなく愛しているんだ」

「わかってるわ。奥様にとってもきれいな飴を選んでいたもの」


 リータは、あの時飴を選んで微笑んだニコロのことを思い出していた。

 何かをプレゼントされる時、あんな風に自分のことを思い浮かべながら選んでもらえたなら、きっとそれだけで幸せだろう。


 リータはまだ見たことのないニコロの妻をちょっぴりうらやましく思いながら、別れ際にシモーネが手渡してくれたオレンジの飴を口に含んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

インドリヤ  根にもつ魔法 河辺 螢 @hotaru_at_riverside

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ