第47話
親であれば、子供に目が行って当然だと思っていた。だからこそ自分は父に見捨てられていたのだと、そう思っていた。
父は自分のことに、領のことに必死で、先に進まなければいけなかった。その中で、任せられる人がいる娘のことを後回しにしていた。それは娘としては悲しいけれど仕方がないことなのだと、今のモニカには思えた。
自分もまた大人になったからと言って自分の周り全てに手を差し伸べることなどできていない。むしろ今なお助けを必要とし、差し伸べられる手にすがりついて生きている。
母が騙されかけたこと、母の死のことは初めて聞いたが、妙に納得できた。気付いていない訳ではなかった。自分が辺境地から出たい母の身代わりだったということに。そして身代わりを勤め上げられないほどに、自分と母の思いは正反対だったことに。
最後に父と一言でも交わせていたなら。
それでもモニカは最後のロッセリーニとして、真に頼れる者に領を任せる決断を変えることはなかっただろう。
「ロッセリーニの名は君には重すぎるのだろうか。…どうだい、一つ賭けをしないか」
ガスペリは隣にいた自身の妻を手で示した。
「私には今九歳と三歳の娘がいる。そして今、もう一人この春に生まれる予定だ」
「それは、おめでとうございます」
モニカの言葉に、ガスペリの妻エレナは恥ずかしそうにうなずいた。
「この子が男の子なら、この辺境領を継がせようと思っているが、上の二人はどちらも都会志向が強くてね。大きくなったら王都に嫁に行きたいそうだ」
モニカのいとこ、伯父の娘達もまた婿を取って領を継ぐのは嫌だと早々に相手を見つけ、領から出て行った。そのため父が伯父の跡を継ぐ約束をしていた。
「もし、私の次の子供が女の子で、君に男の子が生まれたら、その子にこの辺境領を継がせる、というのはどうだろう」
「それは…」
これから生まれてくる子供に、しかも自分には授かりそうにもない子供を賭けに巻き込むのはモニカには気が進まなかった。しかし、
「それくらいここを継ぐ者は限られているということを、君も覚悟しておいてくれ。私は君の父に頼まれ、君にも頼まれてこの地に任についているが、私もまたずっとここにいられるとは限らない。この難しい地を治める覚悟を持った者を育てなければ。…君は、あの王にこの地を継ぐ者を任せられるか?」
それはモニカが拒否した選択肢だった。
あの時、王に任せて自分の伴侶を決める気がなかったからこそ、ガスペリを推薦したのだ。王に任せてロッセリーニ領を守れると思わなかったからこそ…。
「今は、家もお金も全てお預けします。今の私には不要なものです。ロッセリーニ家のものは、すべてロッセリーニ領のもの。…できれば、ガスペリ様に後継ぎが生まれ、私の子供が領主様をお支えできるようになるなら、こんな幸せなことはございません」
自分に子供ができるかどうかはわからないが、卑下することなく素直にそんな夢を語れた。モニカは少しだけ自分が変われたような、そんな気持ちになっていた。
それでもその後も時々モニカは夢の中で幼い子供に戻り、ニコロと共に夢の魔法を使って、閉じ込めていた心を解放した。
ここでならつらいことはつらいと泣き、腹が立つことには怒り、時には復讐を果たすことだって許された。
たとえ、モニカの兄を背後から打った魔法使いが洞窟で氷柱が突き刺さって死んでいても、それはただの偶然。遠い見知らぬ地で起きた、知らない出来事なのだから。
リデトに戻り一年後、モニカは念願の子供を授かった。双子の男の子だった。その二年後には男の子が、その三年後には女の子が生まれ、四人の子供に恵まれた。
魔力の強い子も弱い子もいたが、魔法の強弱よりも魔法の質、そして魔法以外の特技こそ自らを助ける。
男の子三人は、母の兄の残した剣を狙って互いに研鑽を積み、女の子は魔力を分析する方法を学び、兄弟の中で一番の魔法使いになった。
しかしどんなに魔力が強くなっても父を超えるものはおらず、なおかつ魔法の使えない母にかなう者はいなかった。
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