第25話

 そこから十分も行かないうちに、道の左上と右下にライラックの木が道を囲むように数本生えている場所に着いた。花の季節になれば、トンネルのように見えるかもしれない。その先に見える一本の大きなマグノリアの木。聞いていた通りだ。

 モニカは馬から降りた。

 マグノリアの木の向こう側に少しだけ広く平らな場所があり、そこに…。

 言われた通りの場所があった。そこは草が生い茂り、かつて掘り返した所など、もう誰にもわからない。

 今朝摘んだ花は少ししおれ始めていたが、それを草原の真ん中に置き、そっと祈りを唱えた。

 そこは、死んだ兄が埋葬された場所だった。



 かつてライエを離れる前に、ライエにある兄の墓に兄と同じ隊にいた人が来ていた。立派な花を供えてくれていた。花を手に墓地に来たモニカを見て誰かわかったのだろう。一礼し、モニカが尋ねるまま兄の最後の様子を聞かせてくれた。


 モニカが渡したギマの実のお菓子をねだる若い隊員達に与え、退却の日まで残っていなかった。

 戦いは引き分けだった。戦闘をやめ、退却する所を狙って背後から投げられた氷矢の魔法。防御魔法で防ぎ、退却を急ぐよう命じた。それなのに若い隊員ロメオが敵に向かって行った。一矢報いなければ気が済まなかったのだろう。もう一度防御魔法を繰り出せるほどの魔力は残っていなかった。それなのに兄はロメオを追った。

 ロメオと兄が死に、隊から離れて死んだと聞いたロメオの母は、ロメオを守らなかった、ロメオを犠牲にして隊は逃げ延びたと言って泣き叫んだ。子供を失い、気が動転していたのだろう。父もモニカもその根拠のない罵倒を受け止めるしかなかった。

 でもモニカも父もわかっていた。兄は見捨てたりしていない。ロメオを守ろうとしたからこそ死んだのだと。命令を聞かない若者を見捨てることができれば自分は助かったのに、魔力が尽き、氷の矢を受けて死んでしまった。


  自分の隊員の魔力を考慮し、

  どの魔法が効果的か、

  どれだけ魔力に余力があるか、

  常に考えて戦いを構成する。


 いつも兄が言っていた言葉だ。それなのに自分の魔力を見誤った。

 それを…、責められるわけがない。そんなのは戦いの理想に過ぎない。

 帰ってきてほしかった。帰ってきてと叫びたかった。

 領主の娘だから泣いてはいけないなんて、そんな聞き分けのいい娘でなんかいたくなかった。本当の自分は、いつだって泣いていた。



 兄様。私は領を手放してしまいました。

 力のない私を許してくれますか?

 兄様の代わりに私が死んでいたら。

 兄様が生きていたら。

 きっとみんな笑って、安心して生きていけたのに。

 帰ってきてほしかった。

 ずっとずっと、恨み続けて、忘れてなんてあげません。


「兄様…」

 モニカはいつの間にか流れていた涙をハンカチで拭いた。

 馬のいる道に戻ろうと振り返ると、背後に案内してくれた男が立っていた。

「案内してくれて、ありがとう」

 そう言って男に礼をして道に戻り、馬に乗ろうとしたところを突然男が腕をつかんで引き留めた。モニカは驚いて身をすくめた。

「ロッセリーニから、ここに、…墓参りに来たのか」

「ええ。…もう帰るわ。これ以上先にはいかないから、安心して」

 しかし、男は手を離さなかった。

「おまえは、セルジョ・ロッセリーニの、…妹か」

 この男は、ここで兄が死んだことを知っている。モニカは返事をしなかったが、自分がロッセリーニの生き残りであることを知られてしまった。

「とりあえず、一緒に来てもらおうか。…逃げれば切る」

 相手の馬は一回りは大きく、気性も荒そうで、全力で逃げても振り切ることはできないだろう。モニカは言われたまま男の後ろについて、足を踏み入れるつもりのなかったその先の道へと進んで行った。

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