第24話

 もうしばらくリデトに残ることになったが、今度は夜勤も巡って来て、巡回もあった。時に巡回先で起こったトラブルに対応し、その日のうちに戻れなくなることもあったが、そんな生活の方が今まで通りだった。

 家族が決まった時間に帰ってくる、数日だけでもそんな生活を味わえたことは楽しかったが、無事の帰りを祈ることも、一人で眠ることも慣れていた。


 次の週には北部の町の応援要請でニコロは五日ほど家を空けることになった。

 モニカはしばらく一人になる時間を使って、常々行ってみようと思っていた壁の外に出かけることにした。リデトからさほど遠くなく、その日のうちに帰って来られる距離だ。つい先日の旅で馬の乗り方もちゃんと覚えていたことがわかり、自信をつけていた。万が一当日中に戻って来られない時のことも考え、少し多めに食料を用意し、ブランケットも入れた。街道には宿もあるので、いざとなれば泊ればいいだろう。


 ニコロが出かけた日に馬を手配し、早朝に出発するためその日の夕方から馬を借りて、二日後に返す予定で金を支払った。

「遠乗りの味を覚えたのかい?」

 一人で馬を借りたモニカに、貸馬し屋の主人が笑いながら尋ねた。モニカも笑顔を見せ、

「ええ。やっぱり馬はいいわね」

と答えた。


 朝太陽より早く目覚めると、軽く食事をとった。庭の花を摘んで切り口に水で浸した布を巻き、その先を小さな瓶に差し込むと、小さなバッグに入れて出発した。

 街を守る壁は出る時は比較的自由だが、入るときには審査がある。町の者であれば、出る時に名前と戻る日付を申請すれば戻る時に審査を省略してもらえる。モニカは名前と戻る予定に今日の日付を書くと、門を番している警備隊員が今の時間を書き込み、小さな札をくれた。今日の担当は顔見知りのヴァスコだ。

「モニカさんが門の外に出かけるなんて、珍しいですね」

「すぐ近くに行くの。でも門の外に出るのは初めてだから、道に迷わないように気を付けるわ」

「戻った時にその札を見せると、簡単な質問だけで中に入れますから」

 モニカは、渡された札を貸してくれた革紐に通し、首からかけて服の中に入れた。

 にこやかな見送りに手を振り、モニカは生まれて初めてリデトの壁の外に出た。


 早朝でもそれなりに行き来する人がいた。入門審査場の前は既に列ができようとしていた。通行証がない者、この国の者でなければ少し厳しい審査を受ける。それでも通行証を盗んだ盗賊が入り込むことだってある。

 しばらく街道を進んだ。壁の外は何度も戦いがあった場所だ。主な戦場は街道よりずっと北側で、街道はあまり大きな被害を受けていないと聞いていたが、それでも所々修繕され、周囲には崩れたままの建物や、焼け焦げた木がそのままになっている所もある。


 馬を休ませながら街道を三時間ほど進み、分岐の町で休憩を取った後、北側に折れて山沿いの道に馬を進めた。この先はリデトを侵略したがっている隣国オークレーとつながっている。

 三つ目の分岐を谷側に折れ、途中の川で馬に水を飲ませた。

 ここまでの道はほぼ話に聞いていた通りだった。もうそんなに遠くはないはず。


「こんな所で何をしてる?」

 急に声をかけられ、モニカが驚いて見上げると、馬に乗った大柄の男がいた。油断していたせいだろうか、何の気配も感じなかった。剣に手をかけてはいなかったが、帯剣し、矢を背負っている。

「おまえ…。この前、タラントにいた女か」

 そう言われて、この男が子供二人を迎えに来た人だと思い出した。あの時とは違い、見知らぬ国の服ではなく、蛮族がよく身に着けている服を着ている。やはりあの旅の一団は蛮族達だったのだ。

「あの子たちは無事に家に戻れたの?」

「ああ。家まで届けたよ。で、おまえは? ここで何してる」

 ちらりと見かけただけの相手だ。信用していいかわからないが、モニカは自分の行く先を知っているか尋ねてみた。

「この先に、ライラックの木がトンネルのようになっている所を知ってる?」

「ライラック…?」

「小さな紫色の花を咲かせる木なのだけど、この季節には咲いてなくて…」

 男は少し考えて、

「ああ、春になると紫の花が咲く木があるな。探している場所かどうかはわからんが、案内しよう」

 モニカは馬にまたがり、男についていった。

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